032_anotherside.錆子2
「お前、黒騎士の妖精。違う?」
私はクーディンの金色の双眸に射竦められ、声が出せなかった。
そもそも、がっちり掴まれてしまって、満足に疑似肺から空気を出せなかったのだけども。
オリジナルの256分の1の処理速度で、懸命に考える。
この猫は、たぶん理論で納得させることはできない。「気に入る」答えしか受け入れないタイプの人間だと推測する。
だったら、最初から食いつきそうなネタをぶら下げる。
「そ、そうよ……黒騎士に合いたいの?」
私の言葉に、クーディンの視線が泳いだ。
「それは……」
あ、こいつ、何も考えてなかったな。
そういえば、あのバカとやり合ったときも、半ば反射で動いていたようなものだった。
もしかしたら、うまく誘導できるかもしれない。
「だったら、案内するから。このまま連れてって」
私の提案に、クーディンはしばし戸惑った後に頷いた。
「……わかった」
クーディンは私を握りしめたまま、深夜の領都を歩き出した。
○
ほんの10分ほどで、ルルエたちの泊まる宿についた。予定より、30分は早い。
やっぱり人間の街は人間が歩いたほうが早いよね。とっても楽チンだった。
宿に入る前に、クーディンのボロい毛布は捨てさせた。いくらなんでも、高級ホテル並みの宿に入る格好ではないからだ。
しぶしぶ毛布を捨てたクーディンの格好は、以前見た体をぴっちりと覆うボディスーツと革のブーツだけだった。どうやら、テツオに没収された鋼鉄のグリーブとガントレットは再支給されなかったようだ。
しかし変だなと思う。どうして異端掃滅官があんな場末の路地で毛布にくるまっていたのだろう。しかもかなり薄汚れている。綺麗な銀色だった尻尾は灰色になっていた。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
深夜番のガードマンっぽい人が宿の入り口に立っていたが、ユグリア教会の関係者だとすぐに察したのだろう。小さく頭を下げて何事もなく通してくれた。
目の前には、最近馴染んでしまったあのバカの部屋のドアがある。
クーディンは律儀にノックをした。
「どうぞ~」
中からルルエの声がした。
その声に、クーディンが怪訝な顔をする。
「……黒騎士じゃない」
「今はいないのかもね。待たせてもらったら?」
しばし逡巡した後に、クーディンはドアを開けて部屋の中へと入る。
部屋に入ると、向かいの壁際にルルエが立っていた。
クーディンが足を踏み出そうとした瞬間、その場で飛んだ。さっきまでクーディンの足があった場所に、鏃のついていない矢が当たって跳ねた。
部屋の右手奥には弓を構えているイシュ。
着地すると同時に、クーディンは私を放り投げ、目の前のルルエに飛びかかる。
ルルエは迎え撃つように両手を上げると、クーディンはルルエの脇の下を潜るように姿勢を低くした。そのまま背後に回りこむつもりなのだ。
だが、ルルエはそれを読んでいたかのように、体を捻ってクーディンの腰を掴んで強引に投げ飛ばした。
「な、んで……!?」
非力なプリーストのルルエに投げ飛ばされたことで、クーディンは動転していた。しかし、転んでも異端掃滅官。素早く両手を使い、反動で起き上がる。
そして、再び動こうとしたところで、バチンと音が鳴る。
クーディンの体に紫電がまとわりつき、ビクンと揺れてくたりと絨毯の上に転がる。
「いぎっ……ぎ……!」
苦痛に顔を歪め、ビクビクと痙攣を起こしていた。
すかさずイシュがロープを手にクーディンに飛びかかった。
そうして、クーディンはまたしてもイシュに
カーライラが細いワイヤーをたぐりながら部屋の奥から出てくる。
クーディンを見下ろしながら、
「死んでないとは思うけど……どうかな?」
と言って、投げ捨てられた私に問うた。
「ん、大丈夫。筋肉が少し痙攣してるだけ」
「なんとかなりましたね」
ルルエはほっと息をついて身体強化を切り、絨毯の上に転がっていた私を抱え上げてくれた。
「サビーちゃんも、お疲れ様」
簡単に言えば、事前に無線通信でクーディンがやってくることを伝え、罠を張っていたのだ。
イシュが細いワイヤーを矢の尻につけて張り巡らせ、クーディンが絡まったところでカーライラに高圧低魔流の魔力を流してもらったのだ。ぶっちゃけ、スタンガンだ。
部屋にあらかじめワイヤーを張らなかったのは、猫に看破されると思ったからだ。なんせこの猫、暗い坑道で虫型ドローンをいきなり叩き落とすぐらいの目をしている。
前回の経験から、ルルエを人質に取る可能性が高かったので、ルルエにはあらかじめ身体強化をかけておいてもらった。
「いったい、何がどうなっているんだ?」
イシュが解せぬという顔で、私に顔を向ける。
私は、あのバカが遭遇した「帝国のスパイらしき人」との顛末を語った。私が分体であり、テツオはさらなる情報を得るために傀儡のフリをしていること。クーディンは、たまたま見つかってしまったということを。
「テツオさんって、なんというか、引きがいいですね」
「地雷をあえて踏みに行ってる感はあるけど……」
ルルエとカーライラは引き気味だ。
「おおむね状況は理解した。テツオのほうは、夜が明ければ下水道に入って話を聞けばいいな」
下水道がらみの依頼は結構あり、冒険者が下水道に入ること自体は珍しいことではないらしい。昼は側溝のスリットから差し込む光で、そこまで暗くないそうだ。
「それより、コイツだ。またしょうこりもなく、テツオをやりにきたのか?」
イシュはクーディンを顎で指した。
皆の注目を浴びたクーディンは、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「……そうじゃない。黒騎士には、手を出すなと言われた」
「なら、どうしてここにやってきた?」
「それは……妖精に連れてこられたから」
クーディンがちらっと私を見た。
私のせいにされても困る。そもそも、あのバカに会うつもりでここに来たのはお前の意思だろうと突っ込みたい。
「ていうかさ、アンタ、教会からどういう指示受けてんの?」
私の問いに、クーディンは真顔で答えた。
「私は黒騎士がアンデッドだって言った。だったら、その証拠を見つけるまで、帰ってくるなって言われた」
「うは……」
あんまりな答えに私は呆れた。
「みんな、ちょっといい?」
私はルルエたちを集める。
顔を寄せ合い、ひそひそと会話する。審議中というやつだ。
「あれってさ、事実上の左遷ってやつじゃないの?」
察しの良いカーライラが早々に結論をぶちまけた。
「だろうな……厄介払い。ついでに、黒騎士の監視」
イシュがさらに核心をついた
私の予想とほぼ同じ。
「デスヨネー」
「テツオさんがアンデッドじゃないことなんて、教会の人はみんな分かってると思うんですけど?」
ルルエだけは半歩遅れていた。
「決して出てこない証拠を探してこい、か……不憫ね」
カーライラが不憫仲間を見つけて同情的だった。
「どうしようもなくバカで子供だ。しかも世間を知らない。そこにまったく無自覚だ。度し難い」
イシュはあいかわらず猫人に厳しい。
でも、その言葉はクーディン本人ではなく、その背後の存在に向けられているような気がした。
「また証拠の捏造とかしないよね?」
「既に一度やらかしてる。もうやらんだろう」
「そうね。次やったら、消されちゃうよね、あの猫」
イシュトカーライラが危うい話をしている。
ルルエが首を傾げた。
「んーと……じゃあ、もうあの子はテツオさんに手を出さないってことですよね?」
「そういうことになるわね」
ひとまず、猫をどうするかは我々の中で結論は出た。要するに「ほっといていいや」である。
「でも、ちょっと可哀想ですよね。何も知らない子に無駄なことさせてるみたいで」
「ルルエは甘いわねえ……」
ルルエは私たちの輪から抜けて、転がっているクーディンの前に腰を落とした。
「ねえ、クーちゃんは、どうしてここに来たの?」
クーディンは、言うか言うまいかさんざん迷った挙句に口を開いた。
「…………お腹がすいたから」
「え……?」
ルルエが半笑いで固まった。
私とイシュ、カーライラは、お互いが聞いたセリフに間違いがないのかを確認するかのように視線を交わす。
「一つずつ確認させてほしいんだけど」
カーライラが尋問官のような目でクーディンに向いた。
色々と意味不明なところがあるが、クーディンの話を要約すると――
黒騎士を尾行していたら、財布袋に穴が開いていてお金がなくなった。教会には週に一回の報告義務があり、そのときに金貨一枚を活動資金としてもらえる。だが、それ以外での教会への接触は禁じられていた。数日前に教会に行ったばかりで、教会にはいけない。お腹が減ったからといって、神殿騎士団の世話にはなりたくない。お金がないので宿にも泊まれず、毛布を被って路地裏に転がっていたら妖精を捕まえた。そこで思いついた。秘密を探られたくなかったら飯を食わせろ、と黒騎士を脅せばいい――ということらしい。
「あーうん、突っ込む気もなくなったわ」
カーライラは匙を投げた。
イシュは苦々し気な顔だ。
「言われたことに疑問すら抱かず、ただ命令に従う……異端掃滅官というのはこういう連中しかいないのか?」
「……閉鎖的な組織だとは聞いたことがありますけど」
ルルエも困惑している。
なんだか私もどっと疲れた。疲れる体ではないのだけれど。
身長20センチの妖精さんには、ちょっとハードな任務だったと思うの。
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