028_questlog.欠落
懐かしい夢を見た。
いや、懐かしというほど昔ではない。俺の記憶が確かなら先週の話だ。
エルンストがいて、佐々木さんがいて、他のバカ共もいて……俺を「テツ」と呼んでくる。
ただ、戦いの後がどうだったか思い出せない。
攻略戦が終わり、今日のところはログアウトするかと思ったような気はする。
だが、そこから先の記憶はない。
記憶の連続性で言うのなら、俺はあの日の攻略戦から、この世界までずっとログインしているということになる。
しかし、魔王討伐のクエストを受けた記憶もないし、知らないマップに投入されるイベントなんか見たこともない。
――俺の記憶の欠落。
そこに何かがあるはずなのだ。
「錆子、お前はどうなんだ?」
俺の視界の片隅に、錆色の髪をした電子の妖精が現れる。
〈どうって言われても……アンタが作戦中の間しか私は起動していないんだから、それ以外のことなんて分からないわよ?〉
「俺の記憶にアクセスできるんじゃないのか?」
〈意識の表層に出てこない記憶は見えないのよね。そういう意味じゃ、アンタと私に記憶の差はないの〉
「なんだよ、使えねえな」
〈仕様なんですけども……〉
俺がベッドから体を起こすと、左右からステレオで女性の声が聞こえた。
こんな状況はいまだかつて経験したことがない。
どういうことやねん!? と思ってベッドを見下ろすと、左手にルルエ。右手にカーライラが寝ていた。
視線を横にやると、床に転がる酒瓶と、大きなデスクの下で丸くなって寝ているイシュが見えた。犬か……。
そういえば、そうだった。
昨晩のことを思い出す。
モクレールに呼び出された俺は、夕方から夜更けまで宿をあけていたのだった。
そして、俺がこの部屋に戻ってきたときには、既に酒瓶が床に転がっていた。
なんで俺の部屋で飲んでんだよ……と思った。
イシュは既にデスクの下だったし、ルルエはベッドに突っ伏してぐっすりだった。
カーライラだけは、絨毯の上に座りベッドを背にボンヤリとしていた。
その後、意識のあったカーライラは自室に戻り、ベッドにルルエを寝かせた俺は仕方なく添い寝したはずなのだが……。
「なんで、カーライラが俺の横で寝てるんだ?」
俺の呟きにカーライラが目を開けた。
「……ん、ルルエが心配だったから」
「いや、そのりくつはおかしい」
質素な綿の寝間着を着たカーライラが身を起こす。
降ろしていた紅色の長い髪が背中に広がった。
「テツオにちょっと興味もあったしね」
今のカーライラは、先日と比べて随分と痩せている。背が高くて手足が長いのでモデルさんみたいだ。
特殊体質らしく、太るのも早いが痩せるのもあっという間だ。
その様を見たルルエは悔しがって、ハンカチを噛みちぎるほどだった。
しばらく火炎魔法の出番がなさそうだと思った彼女は、冒険者相手に自身の「燃料」を売りつけたのだ。不純物も水分も少ない質の良い燃料なので、ランプにも製薬にも使える高級品扱いなのだそうだ。人間製油所かよ。
「俺が怖くないのか……?」
俺がそう言うと、何が可笑しいのかクスクス笑い始めた。
「ぜんぜん怖くないから」
「最初は、地獄に落ちろって言ってたのにな」
カーライラは、ぽっと顔を赤くした。
「あれは、その、びっくりしたから……ごめんね、痛かったでしょ?」
「いや、あの程度、どうということはない」
俺の顔を見上げたカーライラは、不思議そうに首を傾げた。
「ほんとにその鎧、脱げないのね。兜すら外せないんだ」
首はとれるけどな。
ドン引きされるのがオチなのでやらないけど。
「そういうもんだと覚えておいてくれ」
俺とカーライラの会話で目が覚めたのか、ルルエとイシュが起き上がった。
イシュがデスクの天板に頭をぶつけていたのには笑ったが。
○
俺は冒険者ギルド併設の酒場に皆を集め、昨晩のモクレールとの会合の内容を話した。
簡単に言ってしまえば、遺物を見つけた経緯と、クーディンと名乗った猫とのやり取りの裏付けだ。
嘘をつく必要もないので、首がもげたこと以外は正直に話した。
ある程度は、モクレールも把握していたのだろう。さしたる疑義も挟まれず、すんなりと事情聴取のようなものは終わった。
その後は雑談交じりの、今回の事件の顛末だった。
ヴァロー盗賊団唯一の生き残りであるあの小男は、思いのほか良い情報を持っていたようだ。近隣の盗賊団のアジトの位置やら、頭目の名前などが判明したらしく、ずいぶんと感謝された。
かさばるので持っていかなかった美術品の数々は、盗まれた貴族の元へ返すことができたそうだ。教会は買い戻し金で丸儲け。貴族にしても、絶望視していた物が戻ってきたので大喜び。
おかげで南方神殿騎士団の名声はさらに高まり、貴族共に貸しができた、とモクレールは悪い笑みを浮かべていた。
そして、今回の騎士団への
いくらなんでも貰い過ぎだろうと断った。
だが、美需品の買い戻し金でたいそう儲かった上に、遺物が行方不明になってしまったら、この十倍どころではない経費がかかったのは間違いない。だから、それぐらいは受け取ってもらわねば示しがつかん、と言われてしまった。
さらに、協力金とは別に、ユグリア教会南方教区枢機卿から個人的に謝礼が出ていた。
それは金のサークルクロスだった。ユグリア教会のシンボルであり、ユグリア信徒である証だ。ただ、金製というのは別の意味を持つらしく、それは教会が教徒でない者に与えた褒章であり、感謝の証でもある。裏面には枢機卿の刻印が打たれており、教会関係者に見せれば、たいがいのことならきいてくれる。それぐらい効力のある物だそうだ。
あと、オマケのように「聖戦士」の称号も賜った。
ユグリア教徒ではないが、教会を助けた者に贈られる名誉称号だ。神罰の代行者たる神殿騎士の位は、さすがにホイホイと与えられるものではないようだ。
異世界ロードが開かれそうだなと思ったが、とっくに開いてたわ。
なんというか、ルルエが
あの狂猫、クーディンがどうなったかと聞いたとき、モクレールはものすごく微妙な顔をした。「もう迷惑はかけないと思うが、もし何か問題があったら連絡してくれ」と言っていた。どうやら、指揮系統が違うらしく、正確な動向がつかめないようだった。
なんだか、微妙に悪い予感がした。
その後、何か必要なものがないかと問われ、ヴォーズ帝国と帝都の情報、再生者の動向についての情報が欲しいと言うと、モクレールは二日後にはできるだけのものを集めると応じてくれた。
「――という訳なんだが。何か質問は?」
俺の問いに、イシュ、ルルエ、カーライラはお互いに顔を見合わせ、首を横に振った。
錆子は俺の肩の上で、脚をぷらぷらしながら言った。
〈ま、ユグリア教会は、アンタに鈴つけときたいんでしょうね〉
その程度なら許容範囲だ。
この世界にきて、まだまだ右も左も分かってない聖戦士だからな。
「教会のことではないが、今回の盗賊団討伐の功績で、俺は銀級に昇格らしい。神殿騎士団から口添えがあったそうだ」
イシュがそう言うと、ルルエが手を叩いて喜んだ。
「おめでとう~!」
イシュは照れ隠しなのだろう、自重気味に笑った。
「8年もかかったがな……」
「イシュさんの頑張りが報われたんじゃないですか。よかったです。これで、イシュさんも私と同じ銀級ですね」
「え? ルルエも銀なの!?」
カーライラが驚いていた。
「そうですよー」
「そう……さすがプリーストってとこか」
俺はその言葉に、負のイメージを感じた。微かな妬みが含まれていると。
パーティメンバー間でそういう感情を抱いてほしくなかった。
「言っておくが、ルルエは冒険者を6年やってるからな?」
「げ、大先輩じゃん。ごめんねルルエ、生意気なこと言って」
「うん?」
ルルエは謝られたことにピンときていないようだった。ルルエはそれでいいと思う。
カーライラが10代で銀級に上がれたのは、多分に冒険者ギルドの思惑が含まれている。『延焼』などという物騒な二つ名と引き換えに得たものと言えるのだ。
「でも、このパーティ、みんな銀級か。いいね!」
カーライラが妙なことを言った。
「「え?」」
俺とルルエがキョトンとすると、カーライラはばつが悪そうに頬を指でかいた。
「あれ……もしかして、テツオって金?」
「いや、鉄だ」
「「は!?」」
イシュとカーライラが仰天していた。
そういや、イシュに言ってなかったけか。
「俺は最近、この国に来たばかりだ。冒険者登録もそのときにしたからな」
「……冒険者ギルドがないほどの遠国から来たのか」
「そんな国あるんだ……」
「まあ、そんなところだ。それより、これからのことを話しておきたい。さしあたって、モクレールからヴォーズ帝国の情報をもらう。その後、王都に向かって、再生者に接触する」
俺は皆を見渡して、理解したかを確かめる。
「再生者に接触……?」
「なんで?」
イシュとカーライラが首を捻る。ルルエはニコニコしている。
うん? 何か大事なことを忘れているような気がする。
錆子が溜め息ながらに言った。
〈……アンタ、二人に自分が再生者だって教えてないでしょ〉
そういえばそうだった……。
「あ、ごめん……俺、再生者だから」
「「はあ!?」」
イシュとカーライラは頓狂な声を上げる。
周りの冒険者たちが、ビクッとして酒をこぼしていた。
そういうことはもっと早く言えと怒られました。
ごもっともです、はい。
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