027_prequel.黒鋼騎士中隊

「おい、聞いてんのか、テツ?」


 聞き慣れたバリトンボイスに、俺は心の中で溜め息をつく。

 確かに俺は、子供の頃から『テツ』と呼ばれてきた。郷田哲雄、それが俺の本名だから仕方ないと言えば、仕方ない。

 

 でもね、この世界の俺には『シュタイクアイゼン』っていうカッコイイ名前があるんだよ。

 ほら、頭の上にも出てるでしょ?

 

 にもかかわらず、こいつらは俺を『テツ』だの『テツオ』だのと呼ぶ。

 何故か?

 決して、自分の間抜けさから本名がばれたとかではない。

 ある日、クランマスターが言ったのだ。

 

「そういや、お前の名前って、日本語にしたら『山登り鉄夫』だな」


 どうやら、ドイツ語でシュタイクが「登る」で、アイゼンが「鉄」らしい。しかも、登山用道具の名前だという。

 もちろん、そんな情報を俺は知らなかった。

 登山好きの友人が口にした言葉で、妙に耳に残っていたからだ。響きがカッコイイと思ったんだもん。

 

 その話を聞いたクランメンバーは言うまでもなく爆笑した。


「や・ま・の・ぼ・り・て・つ・お!」


「ヤヴァイ、腹痛い……!」


「テッちゃんかー、あはははは!」


 それ以来、クランのやつらは俺のことを「テツ」だの「テツオ」だのといいはじめた。

 事情を知らぬ他のクランの人たちからは、「なんでテツオなの?」と問われるのは、お約束だったりする。

 何が悲しゅうて仮想空間の中で、本名を呼ばれにゃならんのだ。

 以来、俺は憤懣やるたかない思いを溜め込んでいる。

 

 俺は目を通していた「作戦ボード」と呼ばれるウィンドウから顔を上げた。

 

 目の前には見慣れた景色――いや、奴らと言ったほうが正確か。

 黒いつや消しの塗装に、濃い赤で縁取りされた鋼鉄の装甲に覆われた男たち。

 どの顔も鋭角的なフォルムの面に覆われて、その表情はうかがえない。というか、そもそも存在しない。

 そんな漆黒の鋼鉄の男たちが、濃い緑に塗られた鉄の壁に囲まれた狭い空間に、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた。

 

「聞いてるって」


 俺は気だるげに応じた。

 俺の言葉を待っていたかのように、若いイケボの声が響いた。


「ようし野郎共、チャックを閉めて、ケツの穴にコルク栓をしめとけよ!」


 若いわりにどこかの軍曹みたいな口調だ。


「チャックもねえし、ケツの穴もねえよ」


 と、笑いを含んだバリトンボイスが応じた。

 この声の主は「佐々木さん」といって、クラン随一の火力を誇る砲兵アーティラリーだ。クラン設立後すぐに加わった古参の一人でもある。


「へっ、ちげえねえ」


 と誰かが言えば、むくつけき男共の低い笑い声が木霊した。言うまでもなく、全員男だ。それも、十中八九オッサンだ。

 かくいう俺も低い笑い声を漏らした。


「うるせえ! お約束なんだから、いちいち突っ込むなよ」


 イケボの男が吠えた。

 このイケボの男、名をエルンストと言って「黒鋼くろがねの騎士中隊」のクランマスターだ。

 ゲームのサービス開始直後から俺とつるんでいる腐れ縁でもある。

 

「隊長、いつもの通りでいいんだろう?」


 と若い男の声。

 隊長と呼ばれたエルンストは鷹揚に頷いた。


「おう、まずはテツオが攪乱、そっから蹂躙だ。それぞれの配置地点と攻撃ルートは作戦ボードに書いてあるからな、ちゃんと見とけよ」


「いつも通りだな」


 バリトンボイスの男がそう漏らした。

 周りの連中が俺を見て言う。


「おう、テツ、少しは自重しろよ」


「テッちゃん、いつもやりすぎるから」


 どいつもこいつも好き放題言ってくれる。


「べつに、すべてを倒してしまっても、構わんのだろう?」


 俺の会心の決めセリフを、男どもは鼻で笑った。


「できるんならな」


「でた、テツオの痛いセリフ」


「えー、いいじゃん? テッちゃんはこうでなきゃ」


 どうやら奴らのハートには響かなかったようだ。


〈高度5万〉


 脳内にぶしつけな女の声が響いた。言わなければならないから言ったまで……そんな声色だ。


「行くぞ野郎共! 柔肌どもに鋼の剣を突き立てろ! 中隊、出撃!」


 エルンストがそう叫ぶと同時に、部屋の床が音を立てて抜けた。

 眼下には薄い雲と、白く霞んだ緑の大地が見える。


〈降下開始〉


 黒い鋼鉄の男たちが高度五万メートルの空に放り出された。

 週に一度の大規模対人戦である「攻略戦」の始まりだ。


 高度がいくら高くとも、大気がある以上、早々に終端速度に到達してしまう。いまのところ、時速200キロ。

 俺は所定の位置へと向かうべく体を傾け、光学迷彩クローキングをかけ大空を滑空していく。

 

 先行して作戦地域に降りた俺は、色々と作戦ボードの指示に従って、仕込みをしていった。途中、敵の進行ルートが当初の想定と違うものだったとエルンストから連絡を受けて、急遽やりなおしたのでかなり慌てた。

 なんとかその仕込みが終わった頃、ユーグリアの一団がやってきた。

 頭身の高いイケメンと美女の集団だ。

 盾職タンクを外周に立て、プリーストを中心に円陣を組んで進んでいる。

 なかなか統率の取れた連中だ。


 俺は姿を消したまま、離れた場所からその一団を見つめていた。

 

 しばらくして、ユーグリアの一団の前方に、黒い機甲兵たちが現れる。言うまでもなく、「黒鋼の騎士中隊」のエルンストたちだ。


 ユーグリアのリーダーらしき盾職の男が叫んだ。


「黒地に赤……黒鋼の連中だ。正面からやりあうな! 遅滞行動をとりつつ後退。味方の部隊と合流して包囲する!」


 なかなか良い指揮官だ。

 彼我の戦力分析、状況判断、無理に戦おうとしない冷静さ。かなり戦い慣れてる。

 残念、そこが落とし穴だ。


 外周を守るようにしていた盾職が、機甲兵と相対するように前へと出ていく。

 円陣が崩れた。


「ポチっとな」


 俺がそう呟くと、ユーグリアの一団の左右から爆発音が轟く。


「ぐあっ!」


「な、なんだ!?」


「トラップだ!」


 俺の仕込み、その一。指向性対人地雷クレイモアだ。

 ガッチガチの盾職には効果が薄いものの、防御力の低い後衛職、特に「布」装備と呼ばれるプリーストやウィザードには刺さる。

 外周を守っていた盾職が前に出てくれたおかげで、効果てきめんだった。


 再びユーグリアのリーダーが叫んだ。


「プリーストは負傷者の治療、スカウトはトラップの解除、前衛は遅滞行動。急げよ、奴らはそこまできてるからな!」


 うんうん、定石をきっちり押さえた奴は好きだぞ。

 とてもやり易いからな。

 事前の打ち合わせ通り、エルンストたちはゆっくりと近づいている。

 まだ俺の仕込みはすべて出し切っていないからだ。


 俺は光学迷彩をかけたまま、ユーグリアの一団へと向かう。

 盾職は全面で防御態勢。斥候スカウト系の奴らはトラップの捜索で大忙し。回復職は負傷した連中の治療で下を向いている。

 光学迷彩は、斥候系の持つスキル「看破デテクション」で簡単に見破られるが、トラップ捜索に目が向いてる今なら見つかる心配もない。

 

 俺は倒れた仲間に手を当てて回復魔法をかけているプリーストの背後に、音もなく忍び寄った。

 背中の大きく開いたハイプリーストの衣装を着ており、尖った耳が長い金髪から飛び出ている。結構レベルが高そうだ。とはいえ、所詮は布装備。

 

 俺は綺麗な背中に短剣を突き立てた。

 

 ビクンと体を揺らしたプリーストは、声を上げる暇もなく前のめりに倒れる。

 その瞬間、光学迷彩が切れる。光学迷彩の仕様なので、こればっかりはどうしようもない。

 突然沸いた黒い機甲兵に、周りの連中はギョッとしていた。

 

「あ、アサシンだ!」


 俺はすかさず、仕込みその二を起動する。

 今の俺を中心に、半径10メートルほどの地面から、ポンと音が鳴って白い球がいくつも飛び出した。白い球は2メートルほどの高さで弾け、もうもうと白煙を吐き出す。

 煙幕だ。

 非殺傷であり、弱体効果もないので、トラップ判定にかからない。

 たちこめた白煙の中に俺は転がり込む。

 光学迷彩の再使用まであと5秒。

 煙に巻かれ、おたおたしている奴の首筋を掻き切る。


「ぐあ!」


 すぐさまその場から飛び退く。


「そっちか!」


 お間抜けさんが、俺がいた場所にエネルギー矢を放った。


「ぎゃあ!」


 可哀想な盾職の背中に刺さった。

 『狂乱と閃光の銀河ミルキーウェイ』はフレンドリーファイア有りのハード仕様だ。


「やめろ、味方だ!」


 うまい具合に混乱が巻き起こった。

 俺は再使用可能となった光学迷彩をかけ、さっさと現場から離脱する。

 そして、俺が煙幕の外に出た丁度そのとき、空からシュルシュルという音が聞こえてきた。

 俺は慌てて地面に伏せる。


「早い、早いよ佐々木さん」


 それは砲兵の放った対人砲弾だった。

 魔法を持たないザン機甲兵唯一の範囲攻撃だ。

 俺が起動した煙幕を中心に、砲弾が次々と炸裂した。

 えげつない砲弾で、地上1メートルで炸裂して、放射状に鋼鉄の玉が飛散するというものだ。対処方法は簡単だ。地面にべったり伏せればいい。くるのが分かっていればの話だが。

 あちこちで悲鳴があがった。


「ザンの砲撃だ、伏せろ!」


 その声が聞こえると同時に、俺は立ち上がって煙幕から遠ざかるように走りだす。

 次に降ってくる砲弾は、弾種が違うのだ。

 砲弾の炸裂音が消えるのと入れ替わりに、再び空からシュルシュルという音が聞こえてきた。

 

 俺は構わず走る。

 

 今度の砲弾は、高さ10メートルほどで炸裂した。

 その砲弾は、真下に向けて円錐状にフレシェット弾――小さなダーツ――を大量にばら撒いた。

 べったり地面に伏せていた者にはどうすることもできない。


 佐々木さんのエグい二段構えの砲撃だ。

 盾職が落ち着いてスキルを発動して対処すれば、さほど被害は出ないものではある。

 ただ、今回はうまいこと俺の攪乱が利いたようだ。

 ザン砲兵の砲弾は種類が多く、使い方を間違えなければ高い火力を発揮する。「砲弾が本体」と呼ばれるほどだ。そのせいで、砲兵フレーム自体は脆弱だ。回避力も防御力も低い。他種族の魔法使いウィザード相当なので、そういうバランスなのだろう。

 

 砲撃がやむと同時に、エルンストたち近接火力職が押し寄せてきた。

 俺の攪乱と砲撃で大混乱に陥ったユーグリアの一団に、組織的な反抗をする力は既になかった。

 早々に瓦解したユーグリアは潰走をはじめ、ザンの近接火力職が追撃していった。

 

 俺は一人、死体の転がる戦場に残って後始末だ。

 未使用だったトラップの回収と、瀕死の奴に止めをさすためだ。とはいえ、ゲームなので、瀕死でも少しは移動できる。そのせいで、地面に転がっている奴はあまりいない。

 死んでから5分経った死体が、緑のエフェクトを残して消えていった。

 このゲーム、即リスポーンできない仕様だ。逆に言えば、5分以内なら「復活リザレクション」を受けてその場で復帰できるのだ。

 

 戦闘の音は次第に遠ざかっていき、辺りには木の枝が風に吹かれさざなみのような音が響くばかりだった。

 そんな動くものがほぼなくなった戦場で、一人のユーグリアがむくりと体を起こした。


「ヤバイ……あれが黒鋼か。生き残ったのは、俺だけか……」


 なかなか珍しい奴がいた。

 「死んだふり」スキルを持つ、ユーグリアの工兵だ。あまりの不遇っぷりに絶滅危惧種と呼ばれているクラスだ。

 そいつは、トラップを回収している俺には気づかなかったようだ。


「残念、全滅だ」


 俺はトスっとそいつの背中に短剣を突き立てた。


    ○


 網膜投影型のバイザーを上げると、今まで俺の視界に映っていたものが、目の前のモニターに映った。

 俺は一息ついて首を鳴らし、机の上に置きっぱなしだった冷めたコーヒーを一口すする。

 モニターには、今までダイブしていたクランルームと仲間たちが映っている。


『そんで、結局全部倒せたのか?』


 スピーカーから、クランメンバーの声が聞こえた。

 どうやら、攻略戦が始まる前に言った俺のセリフを覚えていた奴がいたようだ。


「…………」


 俺が無言でいると、茶化すような声が聞こえた。


『すべてを倒してしまっても、よかったんだぞう?』


「うるせえよ……アサシンに制圧力求めんな」


 俺がそう言うと、スピーカーからゲラゲラとオッサンたちの笑い声が聞こえてきた。

 

 そのとき、チャットウィンドウに、ログが一斉に流れた。

 皆がワールドチャットで叫んでいるようだ。


『地震だー!』


『こっちも揺れてんな』


 ネトゲあるあるだな。

 こちらは特に揺れてはいないので、遠い場所なのだろう。

 しばらくして、本棚がカタカタいいはじめた。


「お、揺れてきたな」


 揺れはますます酷くなり、机がギシギシと鳴り始めた。

 こんな揺れは、今まで経験したことがない。

 ドンという突き上げるような衝撃を受け、俺は椅子ごとひっくり返った。

 仰向けにひっくり返った俺の上に、天井までラノベと漫画がみっしりと詰まった本棚が倒れてきた。


 ――死因がラノベに生き埋めとか、笑えねえ。


 それが、郷田哲雄という男の最後の記憶だった。


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