026_questlog.結成

「それでは、パーティ結成を祝してかんぱ~い!」


 ルルエがエールの入ったジョッキを掲げた。


 イシュが なかまに くわわった。

 カーライラが なかまに くわわった。

 

 そんな簡単に仲間になっていいのかと、俺は逆に心配になった。

 当然、イシュとカーライラには、俺の嘘経歴カバーストーリーを話した上で、「魔王を倒して、遺物アーティファクトの呪いを解く」と旅の目的を明言している。世界平和などではなく、俺の個人的な理由なのだ。にもかかわらず、二人は同行するという。


 ちなみに、俺の鎧が呪いで脱げない――あくまで設定だが――と知ったカーライラは、ようやく「ザンの人」の言葉の意味を理解したようだ。「なるほどね、それは安心安全だわ」と言って、ちょっと残念そうな顔をした。意味が分からん。


 イシュは真面目くさった顔で、「魔王の討伐は真に英雄の所業である。その末席に加われるというのは、大変な名誉である。この冒険譚は一族末代までの語り草となろう」みたいなことを言っていた。なんというか、俺からすると価値観がとても古い。が、この世界の人間でない俺がとやかく言うことでもない。

 一番大きいのは命を救われた恩義だそうで、それをまったく返せていないと言っていた。

 いっぱい返してもらっている気がするのだが……。

 借りを重く、貸しを軽く感じてしまう性質たちのようだ。

 キビ団子もらってお供する犬じゃないんだからさ、もっと自分本位でもいいと思うんですよ。でも犬か……やっぱり犬なのか。

 

 カーライラは、最初に妙なことを訊いてきた。


「私を助けたときに、『延焼』って二つ名、知ってたの?」


 その質問の真意は分からないが、「知っていた」と答えると、どこか安心したような表情を浮かべた。むしろ、『延焼』という言葉しか知らなかったのだが。

 すぐ後に「じゃあ、私も魔王倒しにいくかな」とさらっと言っていたので、彼女の中では大事なことだったのだろう。

 とはいえ、十代の女子を生存率の低そうな旅に連れて行くのもどうかと思ったのだが、この国では18歳が成人らしいので、一人の大人として彼女の意思を尊重することにした。


 ちょうど昼飯時なのだろう。冒険者ギルド併設の酒場は混雑してきた。

 香ばしい匂いが漂ってきて、ルルエがそわそわしはじめる。

 この食いしん坊さんめ。

 俺はすっとルルエにメニューを手渡す。メニューは薄い木の板に墨でお品書きされていた。

 イシュはカーライラの隣に座っている。横幅が二倍に増えているカーライラを見ても、特に気にした様子はなかった。


「イシュはカーライラを見ても驚かないんだな」


「匂いは変わってないからな。それに、火炎系の魔法使いは体形が変わりやすいと聞いたことがある」


 なるほど、犬だけに認識ベースは匂いなのか。


「そういえば、元パーティの遺族に会ってきたんだよな。どうだった?」


 イシュが先ほどまでここに居なかった理由だ。

 当初、俺は死んだ二人の遺品をギルド経由で渡そうと思っていたのだ。しかし、イシュは「パーティメンバーであった俺が持っていくのが筋だ」と言ってわざわざ足を運んだのだ。


「どうということはない。ただ感謝された。それだけだ」


 ずいぶんとあっさりしていると感じた。

 この手の話でアルアルなのが、「なんでお前が助かって、うちの子が死んだんだ」と言われてしまうというやつだ。そんな流れにもならなかったらしい。とっくに親は覚悟完了していたのだ。それでも悲しくない訳はなく、母親は早々にイシュの前から姿を消したという。残った父親は、イシュに頭を下げ、ただ「ありがとう」と言った。

 やはりこの世界、命の値段が安い。


「……そうか」


 俺はこの世界に係累はいない。だがイシュには実家があるし、ルルエにだって……あれ? ルルエの本当の両親ってどうなったんだ。聞いたことがないな。両親の顔は覚えているとも言っていた。なのに言わないということは、理由があるのだ。本人が口を開くまで訊かないほうがよさそうだ。

 当のルルエは、ニコニコ笑顔であれこれと料理を注文していた。とってもご機嫌だ。


 イシュが真剣な顔でカーライラに向いて言った。

 

「カーライラ、教えてくれ。『延焼』の由来だ。同じパーティとなった以上、知る必要がある」


 俺も興味はあったが、聞きにくいことではあった。『延焼』だもんな。

 しかし、さすが筋を通す男、イシュ。スパッと聞いてくれたぜ。


〈イシュを仲間にしろって言った理由が、まさにこういうところよ。痛がりのアンタじゃなかなかできないもんね〉

 

 はい、すみません。

 錆子さんの冷徹な解説が痛いです。

 

 カーライラは、ちょっと恥ずかしそうに指で頬をかいた。


「笑い話みたいなものよ……」


 そう言って、カーライラは語りはじめた。


 まず、火炎系の魔法使いは、普段の狩りには呼ばれないそうだ。いわく、毛皮も肉も希少部位も、すべてが火と熱でやられるから。言われてみればその通りだ。角熊がいい金になったのも、すべての素材が売れたからだ。

 

 故に、討伐を目的とした依頼クエストでしか出番はない。

 

 カーライラが呼ばれたのも、亜竜デミドラゴンと呼ばれるでかいトカゲを始末するためだった。この亜竜という奴は、やたら硬くて凶暴なくせに、皮も肉も使い物にならないというまったく美味しくない獲物だそうだ。そのぶん、討伐報酬はかなり高い。

 

 討伐プランは、盾職タンクが注意を引き付けている間に鎖で自由を奪い、カーライラの最大火力で燃やし尽くすというものだった。表皮が硬くとも、所詮は生物だ。燃やされたら普通に死ぬ。

 

 ただ、討伐を請け負ったパーティはケチだった。

 品質が保証されたギルドから鎖を買わず、どこの誰とも知れぬ怪しげな古物商から鎖を買ってしまった。ギルド価格の四分の一という破格の安さに釣られて。

 そして、案の定、切れた。

 どこの世界にもいるようだ。三発5ドルの激安ミサイルを売りつけるような商人が。

 運が良いのか悪いのか、まさにカーライラが特大の火球を放った直後だった。

 火球の直撃を受けて火達磨になった亜竜は、暴れ狂って走り回り、少し離れた場所にあった山に転がり込んだ。

 そして、山をまるっと燃やしてしまった。

 

 話はそこで終わらない。

 幸いにして、山自体は人の生活圏から遠く、価値のある産物もない山だった。

 火が消えたころ、主犯のパーティとギルド職員が実況見分を行うと、そこには消し炭になった亜竜……と、山のようなゴブリンの死体があった。

 実は、その山にはまったく把握されていなかった、ゴブリンの巨大な巣穴があったのだ。

 怪我の功名と言うべきか、期せずして被害を出さずに大量のゴブリンを駆除できてしまった。

 当時、山を燃やしたことを領主からネチネチ言われていた冒険者ギルドは、いいことを思いついた。


「山をまるっと燃やしたのは、巨大なゴブリンの巣を駆除するためだったのです」


 そして、これ幸いとばかりに、冒険者ギルドはカーライラに手柄を押し付けた。

 山ごとゴブリンの巣を燃やした女――『延焼』のカーライラの誕生であった。

 

「あはははは!」


 ルルエは無邪気に笑っていた。ちょっと酔ってるな。

 イシュは必死に笑いをこらえている。

 笑い話みたい、じゃねえよ。笑い話じゃねえか。


「そうか、それは……災難だったな?」


「どうかな……おかげで階級が上がって、銀級になれたし」


 イシュは苦い笑いを浮かべていた。


「その代償が、『延焼』の二つ名か。なんとも言えんな」

 

 それは、そうかもしれない。

 そんな物騒な二つ名の魔法使い、普通なら仲間にしようとは思わないよな。

 ていうか、俺たちの仲間になったので、もはや関係なかった。


「盗賊に捕まったのって、二つ名がついちゃったからなの?」


 ルルエがそう問うた。


「関係ないのよね……私の油断」


 恥ずかしそうにカーライラは視線を落とした。


 ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで、荒れ地に出没するゴブリンを狩りに行ったそうだ。

 ただ、思いのほか数が多く、ガス欠寸前で倒しきったものの、運悪く盗賊団に遭遇。『延焼』の名を出すも、ガス欠寸前であることを見抜かれ、ボーラでぐるぐる巻きにされてお持ち帰りされてしまったのだという。

 

 それを聞いたルルエはカーライラの背後に回って、抱きしめていた。

 

「怖かったよね。酷い目にあったよね。でも、もう大丈夫だから。さらわれても、テツオさんが絶対助けてくれるからね」


 ルルエのたゆんたゆんがカーライラの頭の上に乗っていた。なかなか良い絵である。

 カーライラは悲し気な目で、自嘲気味に笑った。


「別に何かされたわけじゃないし。手を出したら燃やされるかもしれない女に近づくバカなんていないから」


 なんというか、この子、LUKラック値がかなり低いのかもしれない。

 いや、なんだかんだで銀級になっているし、下手を打ったものの俺に救出されているわけで、最終的な運は強いのか?

 小さくない不幸を代償に、運を引き込むみたいなユニークスキルか。

 

 ――不憫だ。

 

 同じバッドユニークスキル持ちとして、守ってあげなくては。

 俺がじっと見つめていることに気づいたのか、カーライラは恥ずかしそうに顔を逸らした。


〈3人分、できたわよ〉


 脳内に錆子の声が響いた。


「よし。それじゃあ、パーティ結成記念で、みんなにプレゼントだ」


 俺がそう言うと、肩に座っていた錆子がプーンと飛んで、3人の掌の上に小さな板切れを置いた。大きさは小指の爪ほど。厚みは1ミリぐらいか。


「これは?」


 イシュが不思議そうな顔で、板切れの匂いをかいでいた。


「無線通信機だ」


「……? もしかして、魔道具?」


 とカーライラ。


「そうだな、魔道具と思ってくれていい。離れた相手とお話できるものだ」


「へー、すごいですねえ」


 ルルエはのんきさんだが、カーライラは正気かと疑うような目を俺に向けてくる。


「遺物じゃないの……それを3つって……」


「遺物じゃないぞ。俺が作った。誰にも言わないでくれよ」


 イシュとカーライラはギョッとしている。ルルエは特に気にした様子もない。もしかしたら、佐々木さんも何かを作っていたのかもしれん。


「俺の鎧には、そういうものを作る能力があるんだ」


 嘘ではない。

 俺の体内には、自動修理機構が入っている。

 本来は損傷した箇所に必要な部材を中間ナノマシンや投入素材から合成して、損傷個所に運搬して修理するというシステムだ。

 そのシステムを支える中核が、製造マシン群だ。化学的合成器から、レーザー焼結機。高温高圧の窯に3Dプリンターまである。要するに、なんでもござれの工場が入っているようなものだ。

 問題は、大きなものは作れないし、所詮は2mサイズの身体に収まる程度なので、生産力はたかが知れている。

 それでも、今回の小型通信機程度なら、さくっと作れてしまう。

 正式にパーティを組んだ時点で作り始めて、ようやく出来たという訳だ。


 錆子が、自分の耳の裏を指さしながら言った。


「んじゃ、使い方説明するね。それを耳のすぐ後ろの頭に張り付けて。最初はチクっとすると思うけど、問題ないから」


 3人はすぐに耳の後ろに手を当てた。

 それを確認して、俺は皆に脳内で呼びかける。


(聞こえますか……聞こえますか……アナタのお脳に直接語りかけています……)


 3人ともビクッして、キョロキョロしている。


「どうだ、聞こえたか?」


「あ、ああ……」


「いまの、テツオさんですよね?」


「なに、いまの……キモい……」


 カーライラがひどい。


「簡単に言うと、目に見えない魔力波に声を乗せて飛ばした。さっきくっつけた板がそれを受信して振動。その振動が骨に伝わって音として聞こえているってわけだ」


 3人とも、なんとなくは分かったようだ。

 

 俺と違って、実際にしゃべらないと声が伝えられのが弱点といえば弱点だ。スニーキングミッションの際は、板を軽く叩いて合図を送るぐらいが限界か。

 

 それからしばらく、あれこれと試しながら、3人には慣れてもらった。

 注意事項と制限を軽く説明した。所詮は電波式なので、密室に弱いのは仕方ない。

 今のところは、特に問題なく運用できることが分かった。

 まずは、パーティプレイの第一歩だ。


「そういえば、大事なことを決めていませんよ」


 ルルエがそんなことを言った。


「ん? 大事なことって?」


「パーティ名ですよ」


 イシュとカーライラが、うんうんと頷いた。


「実は、考えてあるんだ」


 俺が『狂乱と閃光の銀河ミルキーウェイ』で所属していたクラン名は「黒鋼くろがねの騎士中隊」だった。

 かつてのメンバーがこの世界にいるかもしれない。この名前にピンときた誰かが接触してくるかもしれない。そんな微かな望みを託す。


黒鋼くろがねの絆、ってのはどうだ?」


 3人とも頷いてくれた。


「悪くないな」


「いいんじゃないですか」


「そうね、テツオを中心に出来た絆だものね」


 俺も頷き返す。


「それじゃあ、これからもよろしく頼む」


「パーティリーダーは、黒き鋼のアルマ、テツオさんですね」


 ルルエがそう言って、俺の装甲をコンコンと叩いた。

 

 これから多くの苦難が待ち構えているだろう。

 もしかしたら、どこかで命を落とすかもしれない。

 それでも、俺は歩き続けるしかないのだ。この仲間と共に。

 冒険は始まったばかりだ。

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