025_questlog.債権

 翌日、俺とルルエは冒険者ギルドに来ていた。

 盗賊から分捕ったお宝を換金するためだ。

 

 イシュは元仲間の遺族のもとへと向かった。

 カーライラは借りているウィークリーアパートに一度戻ると言っていた。彼女は酒に強いようで、朝起きてもけろりとしていた。衰弱のほうはほぼなくなったらしく、朝食をもりもりと食っていたので大丈夫だろう。

 ルルエは頭が痛いと言って、フラフラしている。

 

 俺が冒険者ギルドに入った瞬間、ざわめきが一瞬にして止まり、いくつもの鯉口を切る音が聞こえた。

 すわ、ユニークスキル発動か! と思われたが、さすがにいきなり斬りかかってくる奴はいなかった。

 隣にルルエがいてくれたおかげだろう。

 俺が床板をギシギシいわせながら受付カウンターに近づくと、受付の犬耳獣人のお姉さんがプルプル震えていた。生まれたての小動物のようで可愛かった。


「盗賊から奪った品があるんだが、どこに持っていけばいいかな?」


 俺が人語を話したことで、犬耳の受付嬢はほっと息を漏らした。


「はい、それでしたら、奥の買い取りカウンターでお願いします」


 買い取りカウンターという場所で、盗賊から奪った宝石や装飾品を麻袋ごと渡して買い取り依頼を出した。

 その際に、冒険者証の提示を求められたので、鉄のプレートを見せた。すると、年季の入った爺さんに「遠い国から来なすったのかね」と聞かれた。どうやら、たまにあるらしい。買い取りアイテムのランクと冒険者ランクが合っていない場合、たいがいは盗品であるが、まれに遠国の腕利きがやってくるという。

 超巨大多国籍企業の冒険者ギルドといえど、すべての国を網羅しているわけではないそうだ。

 そして、俺はどうやら遠国の腕利きと認識されたようだ。悪いことではない。早いとこ冒険者ギルドに馴染んだほうがいい。ギルドに入るたびに、鯉口を切られるのは心臓によろしくない。心臓、ないけどな。

 

 結論から言うと、大変、とっても懐が潤った。

 魔銀ミスリル貨を初めて見た。ルルエも初めてらしく「ほわ~」と言いながら、魔銀貨をなめまわすように見ていた。

 一枚百万円相当の硬貨だ。しかも、この世界、安いものは本当に安い。質の悪いパンなら一つで30円、お馬さんと同じ宿なら500円程度だ。その代わり、高い物は目ん玉が飛び出して転げていくほど高い。金持ちのシンボルと言われている懐中時計は50万円相当だ。差が激しすぎて、どこかで間違いを起こしそうで怖い。


 俺は魔銀貨を手に持って気づいた。

 やたら軽い。しかも、白っぽい銀色。

 これって――。


 錆子が魔銀貨をペタペタ触って言った。


「うん、アルミニウムで間違いない」

 

 比重、手触り、弾いたときの音。

 まぎれもなくアルミだった。


「ファンタジーを返して!」


 俺の叫びに、ルルエがビクッとした。

 

 ルルエに魔銀のことを聞いてみると、精錬は魔道具ギルドの独占事業らしく製法は門外不出。そして、精錬するときに大量の魔力が必要であるという。

 故に――魔銀。

 ちなみに、魔銀の精錬法を確立したのは、再生者らしい。うん、知ってた。

 

 そして、俺は理解した。

 アルミを精錬する際に、大量の魔力・・が必要であり、魔流まりゅうの単位はアンペア。

 要するに、この世界、魔法イコール電気だわ。


「どこが魔法やねん……」


「だから最初っから、科学だって言ってるでしょ」


 どこかやる気の失せた俺は、投げ槍ぎみに冒険者ギルドに併設している酒場のテーブルについた。

 ヤケ酒のように、96度の酒を注文する。

 ぼんやりと天井を見上げると、どこか懐かしい光を放つランプが吊られていることに気付く。しかし、ランプの中の火はまったく揺れていない。というか、白熱電球だった。


「……なあ、ルルエ。あのランプって、電球……じゃなくて、魔球?」


 ルルエは俺の視線を追って、天井から吊られているランプを見た。


「はい、そうですね。魔球じゃなくて、魔灯球って言いますけど」


 あー、確かに、魔球じゃあ、見えなくなったり、分裂しちゃったりするもんな。


「電源……じゃないな、魔力源は?」


「領都の裏山に風車がいっぱいあって、それで回魔してます。旧市街は、そこから魔力線が通ってるんですよ。城壁の外まで魔力を供給する余裕はないそうです」


「なるほどな……」


 電気あったわ、この世界。

 しかし、謎な世界だ。魔法器官なんていう特殊能力を持った人間が溢れているくせに、文明レベルは19世紀程度で停滞している。何か理由があるのかもしれない。

 

「テツオ、おまたせ~」


 背後からそんな声が聞こえた。

 振り向くと、フード付きのローブを着た恰幅の良い女性が立っていた。

 こんなDXデラックスなご婦人の知り合いはいない。

 だが、俺の名前を呼んでいた。どういうことだ。


「誰ですか、アナタは!?」


「え? カーライラだけど?」


 酒を噴きそうになった。

 いくらなんでも、カーライラに失礼だ。彼女は、もっとすらっとしている。

 ルルエもキョトンとしていた。


「いやいやいや、どこのどなたか存じませんが、カーライラは昨日まで縦横比4対1だったんですよ。あなたどうみても、縦横比2対1だからね?」


「そんなに? ちょっと食べすぎちゃたかな」


 そう言って、自称カーライラはフードを下ろし、俺の前の椅子に座った。

 彼女の髪は、カーライラと同じ緩く波打った綺麗な紅色の髪だった。その髪をポニーテールにしている。前髪に金の髪留めをつけており、いいアクセントになっていた。

 そして、瞳の色は綺麗なアイスブルーだった。


「あ、カーラちゃんだ」


 ルルエがぼそっと言った。


「そっくりだけどさ……え、マジで本人? たしかに、見てるほうがドン引くぐらい飯食ってたけどさ、半日でそこまで太るか」


「やっぱ、ビックリした? 体質なのよね。火炎系の魔法使いって、だいたいこうなの。じゃないと、火炎魔法なんか使ってられないからね」


 衝撃の事実だった。


「んじゃ、痩せるのもすぐなのか?」


「火炎魔法バンバン撃ったら、あっという間。見たでしょ……私の裸」


 カーライラは上目遣いに、チラッと俺を見る。


「なるほどな。やたらいい筋肉してるなと思ったよ。常に重い体を抱えてたからか」


「……褒めるとこ、筋肉なんだ」


「私も、火炎魔法を覚えますっ!」


 ルルエが机をバーンと叩いて立ち上がった。

 周りの冒険者たちが、ビクッとして酒をこぼしていた。

 お嬢さん、お気持ちはよく分かりますが、落ち着いて。


「どうどうどう……というか、魔法器官って、鍛えて生えてくるもんなの?」


「無理に決まってるじゃん」


 カーライラが投げ槍気味に言った。

 デスヨネー。


「だそうだ、ルルエ。諦めて食を控えなさい」


「ふぐぅ……」


 しおしおとルルエはテーブルに突っ伏した。

 ルルエの頭をヨシヨシしながら、俺はカーライラにかねてよりの疑問をぶつける。


「なあ、火炎魔法って、どうやって火を放ってんの? 昔から不思議に思ってんだけどさ、燃える物がなきゃ、いくら温度あげても火なんか出ないよな」


 一瞬だけ考えたカーライラは、右腕をすっと伸ばして、


「まずは燃料……いつ


 と言って、左手で右腕をすっと撫でる。

 すると、カーライラの掌から薄いオレンジ色の液体が漏れ出て、96度の酒の横に置いてあったショットグラスに溜まっていく。ちなみに俺はラッパ飲みなので、グラスは使っていない。まわりの奴らからは「正気か」という目で見られているが、気にしない。

 

 俺の肩に座っていた錆子がプーンと飛んでいって、ショットグラスを覗き込む。


「脂肪……というより、合成油みたい。水分がほとんどないし。体内で精製してるってこと? すごいのね」


 錆子の解説に、得意気にニンマリするカーライラ。

 そして、ショットグラスの上に手を乗せ、


「次に……ちゃく


 と言って、指をVの字に開くとその指の間にスパークが走る。

 ショットグラスから、オレンジ色の炎が燃え上がった。


「へ~、人間火炎放射器か。消毒とか好きそうだな」


「消毒……?」


「気にするな。それで、遠くに炎を飛ばすときはどうするんだ?」


 俺の言葉に頷いたカーライラは、腰に巻いたポーチから、白い毛玉を取り出した。綿を丸めたようなものだった。

 それをぐっと握りしめ、手を半開きにして俺の方へと向けた。


「……ちょう


 と言うと、白い球が俺の顔めがけてかなりの速度で飛んできた。

 掌で受け止めると、白い球は俺の掌の中でくるくると回っていた。


「ほっほー、重力式投射器官ね。しかも、別系統で横方向の回転を与えてジャイロ効果まで付与してるんだ。すごい、すごいわ」


 錆子が俺の掌の上で、白い球をモフモフしながらそんなことを言った。

 確かにすごい。

 毛玉に油を染みこませて、重力投射器で発射。と同時に指先のスパークで着火。

 マジでファイアボールだな。歩くキノコ程度ならポコッと一撃だろう。

 しかも魔法器官を起動するためのきっかけである呪文や所作もすごくシンプルだ。どこかできちんとした教育を受けたのかもしれない。ルルエがますます可哀想に思えてきた。


「ここまでやるか感はあるな」


「人間って、出来ると分かっちゃうと、どうしてもやりたくなる生き物みたいよ」


 錆子が肩をすくめながら、そんなことを言った。

 たぶん、29世紀人類の行き過ぎたバイオテクノロジーのことを言っているのだろう。


 カーライラは、ドヤ顔でむっふーと鼻息を漏らしていた。


「どう? 凄くない?」


「ああ、凄いと思う」


 俺がそう言うと、カーライラはアイスブルーの目を細めて笑みを浮かべた。


「ありがと!」


 そして、カーライラは背負っていた肩掛け鞄から一枚の紙を取り出して、俺に向けてきた。

 なにやら色々と書かれているが、どうやら契約書の類らしい。冒険者ギルドのハンコが押されていた。


「それでね、私はあなたに金貨100枚の負債が発生した訳なんだけど、これでいいよね?」


「は……?」


 何を言っているんだ、この娘さんは。

 俺がいつ金貨100枚を貸したんだ。まったく覚えがない。まさか酔っぱらって、貸しちゃったのか?

 いやいや、俺は酔えない体だ。


「あー、そういうことですかー」


 ルルエは理解できたようだ。


「えっとですね、盗賊に捕まっていた人を助けると、その人の価値に応じた救出料金みたいなものが設定されて、それを請求する権利が発生するんです。同じパーティやクランだと発生しないんですけどね」


「救出料金……? 権利の発生ってどういうこと?」


「アンタが売っぱらったお宝と同じ、例外措置ってことよ」


 と錆子が言った。

 確か、盗難届が出てたら、5割で買い戻せるって話だったな。

 じゃあ、アレか、カーライラには金貨200枚の値段がついて、自分自身を買い戻すために、金貨100枚を俺に払うってことか?

 なんだよそれ。人に値段を付けて、売買してるみたいじゃないか。


「ふざけんな、そんなもん絶対にいらんからな!」


 俺がそう言うと、一瞬だけキョトンとしたカーライラが、アイスブルーの目に涙を溢れさせてポロポロと零した。


「……そっか、そうだよね。私なんか、いらないよね。欲しく、ないよね」


 溢れる涙を拭おうともせず、ただ呆然としていた。


「テツオさん、なんてこと言うんですか! 謝って、謝って!」


 ルルエがカーライラに抱き着き、背をさすりながら俺に怒気を向ける。

 錆子が俺の顔に飛び膝蹴りをしてきた。ぺチンと鳴った。


「アンタ、バカでしょ!」


 ヤバい。何がどう悪かったのか分からない。


「えーと…………」


〈言い方! 女の子に向かって、お前なんかタダでもいらないって、言ったようなものだからね!〉


 あちゃー、やっちまった。

 感情に任せてしゃべると碌なことにならない。

 素直に頭を下げよう。


「すまない、カーライラ。俺の言い方が悪かった。いらないと言ったのは、君が提示した債権のことだ。俺は救出料金の請求をしない。請求権を放棄する。だから、その……泣かないでほしい」


 俺がそう言うと、カーライラは安堵の表情を浮かべた。


「……よかった。私の早とちりだったんだ」


「カーラちゃんは悪くないです。テツオさんの言い方が悪いんです。ぷんぷん」


 ルルエがぷりぷりしている。

 猛省するので許してください。

 しかし、いきなり泣き出すとは思わなかった。ただ、カーライラの受け取り方も少し飛躍している気はするのだが。

 

 カーライラは俺を上目遣いに見て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「でも、いいの? 今の私は一文無しなのに。債務奴隷がタダで手に入るんだよ? 私を好きにできちゃうんだよ?」


「好きにする気はない。むしろ、好きに生きてほしい」


 カーライラは、やれやれと肩をすくめた。


「ほんと、ルルエの言う通りね。この人、男の欲望まるでない感じ。あ、そっか、ソッチの人だったか」


「違うからな、それ、絶対違うからな!」


 そこへイシュがやってきた。


「すまん、待たせたか。ん……?」


 俺とカーライラを見て、鼻をスンとやった。


「なんだ、テツオはまた女を泣かせているのか」


 言い方!


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