023_questlog.枢機卿団
モクレールは俺たちからだいたいの話を聞いた後、何度も頭を下げ礼を言って早々に引き上げていった。
クーディンという猫人は鎖に巻かれたまま、馬で引かれていった。「ギニ゛ャー」という断末魔にも似た声を残して。
いま俺たちは、領都へ向かうべく歩みを進めていた。
歩くと言っても、たぶん時速15キロは出ているだろう。
ルルエとイシュは盗賊から分捕った馬に乗っている。二人の馬はそれぞれ1頭ずつ馬を引いており、背中にはお宝を詰めた麻袋が乗せられていた。
カーライラはと言えば、俺の背中におぶさっている。
体がまだ回復しきっておらず、馬の振動が辛そうだったからだ。力も出せないであろうから、馬に相乗りさせるのも危ないと判断して、俺の背中というわけだ。
俺はなるべく振動や上下動が出ないよう、重力制御と慣性制御を駆使して滑らかな走りを心がける。
「私、飛んでるわ~」
俺の頭の上に立ち、両腕を左右に広げた身長20センチの錆子がふざけたことを言う。
「海の底に沈めるぞ、この駄AIが」
「大丈夫。体重5グラムだから沈まない」
どうやら、錆子の実体インターフェイスは、体の中が空洞らしい。
「なるほど、頭も含めて空っぽか」
「アンタの頭とおんなじ~」
こいつウゼえ……。
実体持てたことで、はしゃいでやがるな。しかし、はしゃぐAIって、実はそうとう高度なんじゃなかろうか。
「寒い……」
不意に背中のカーライラが呟く。目を瞑って、寒さに震えていた。
カーライラは毛布にくるまってはいるが、衣服も下着もつけていないのだ。しかも、体脂肪率ゼロかというぐらいガリガリに痩せ細っていたから、常に風がある状態だと辛いのだろう。
「錆子、背中の温度上げてくれ」
「ま、しょうがないか。カーラが凍えてるしね」
意外に聞き分けがいい。こいつ、俺にはツン100%のくせに、保護すべきと認めた人には優しいんだよな。
しばらくして、カーライラがうっとりとした声を漏らした。
「あったかい……」
どこか安心した表情を浮かべ、カーライラは俺の背中で眠りについた。
そんなカーライラを、並走する馬の上からルルエが唇を尖らせて見ていた。
「あー、ルルエが妬いてる~」
錆子がいじると、ルルエはぷいと顔を逸らせた。
「ち、ちがいますから!」
「羨ましいんだろう。暖かいテツオの背中でぐっすりだ。今度自分もやってもらおうと狙っているな」
イシュが笑いながらそんなことを言った。
「っく~!」
ルルエが顔を赤くしてうつむいた。
どうやら、正解を言われてしまったらしい。
イシュもなかなか言うようになったと思う。打ち解けてきた証拠だろう。とはいえ、今のこの臨時パーティも、領都につくまでだ。
ちょっと寂しい気はするが、イシュにも自分の生活がある。
〈誘うべきよ。彼の能力はかなり高いもの〉
一応、誘いはするけどな。
一緒に魔王を倒す旅に出ませんか? って……無理くさいな。
しばらくすると、森の切れ目から領都ディゾラの街の尖塔が見えてきた。
モクレールには、領都の門に着いたら、門番に自分の名前を出せと言われている。
まあ、詳しい事情聴取したいだろうしな。
宿の一つでも紹介してもらおう。
○
ユグリア教会南方教区神殿騎士団団長、フェリクス・モクレールは激怒していた。
モクレールの眼前には巨大なテーブルがあり、それを囲むように南方教区枢機卿団の面々が座っている。
「黒騎士の口を封じるだと!? バカも休み休み言え!」
そうモクレールは叫んで、分厚いテーブルを叩いた。
振動で全員の前に置かれている水の入ったグラスが、1センチほど浮き上がる。
「枢機卿団の総意だよ、団長」
司教服を着た中年の男が顔をひきつらせて言った。
「おいこら、ジジイ、本気なのか?」
モクレールはテーブルの向かいに座る、大司教服を着た老人を睨みつけた。
その老人こそ、ユグリア教会南方教区枢機卿団のトップである、バルぺ枢機卿であった。
「フェリクス、そう怒るでない。まだ決めたわけではないのだよ。お前さんの意見を聞かぬことには、騎士団を動かせぬしのう」
バルぺ枢機卿はそう言って、好々爺然とした笑みを浮かべた。
実際、バルぺという男は気の良い爺さんである。取り立てて有能という訳でもないが、人格者であり、黒い噂の一切がない非常にクリーンな聖職者であった。
モクレールとバルぺ枢機卿は、言ってしまえば腐れ縁だ。ぺーぺーの神殿騎士として南方教区に来たときからの付き合いである。長い年月を共に神殿で過ごし、バルぺはジジイになり、モクレールはオッサンになった。
「俺は断固として反対だ。彼に手を出すべきではない」
モクレールはそう言って、目の前のグラスを取り、一息に水をあおった。
黒騎士から
黒騎士の口を封じよう、などという出鱈目にもほどがある案が出たのは、遺物の件とクソ猫のやらかした事の合わせ技と言ってもいい。
案の定、あのクソ猫は黒騎士に襲い掛かっていた。
「初見殺され」は彼のユニークスキルと言ってもいいだろう。それは仕方ない。見た目がアレなのだから、仕方ないのだ。
しかし、わざわざ自身の隠蔽能力を下げてまで人であると示したにもかかわらず、「危険な臭いがする」という訳の分からん理由で殺そうとした。
さらに、証拠を捏造してまで異端認定したというプリーストの証言まである。あげくに、そのプリーストを人質に取って、無力化を計ろうともした。
とんでもない話だ。
異端掃滅官は、既知の外にいる連中だと頭では理解していたが、よもやこれほど外にいるとは思わなかった。一言で言うなら、「外道」だ。
そんな外道ですら、黒騎士にはかなわなかったのだが。
教会最古の遺物を盗賊風情に盗まれた。しかし、それを取り戻したのは神殿騎士ではなく謎の黒騎士。しかも、黒騎士を証拠捏造してまで異端認定した異端掃滅官は、返り討ちにあった。
このことが市民に漏れ広がれば、ユグリア教会は
枢機卿団の連中が戦々恐々とするのも理解はできる。
「理由を聞いても?」
司教の一人が問うと、モクレールはそっけなく返した。
「教会のもつ戦力では、太刀打ちできないからだ。何より、かの騎士は我々の敵ではない」
その言葉に、枢機卿団にざわめきが広がった。
モクレールは心中で溜め息を漏らす。
お前らの首がいまだに繋がっているのは黒騎士のおかげだと理解しろ、と言いたい。
黒騎士がいなければ、遺物は戻ってこなかったのだ。
黒騎士によれば、すでに盗賊どもは逃走する準備ができていたという。黒騎士でギリギリだったのだ。
あのクソ猫が近隣の港町マセイヤで異端狩りをしていたことも運が悪かった。昨日の今日で異端掃滅官がやって来たときは、南方騎士団の名声を地に墜とすための陰謀でも巡らせているのかと本気で疑った。
しかもあのクソ猫、抜け駆けしたはいいが、追跡していることが盗賊にバレて遠回りさせられた挙句、そのことに気づいて盗賊を撲殺してしまっている。
どう考えても、クソ猫が盗賊のアジトについたときは
モクレールはすっと手を上げ、ざわめきを鎮める。
「遺物を取り戻したのは、黒騎士であるということをお忘れなく。それに、殺せと命令を受けたら、俺は騎士団辞めますよ。死にたくないのでね」
再びざわめきが起きる。
モクレールの耳に「臆病者め」だの、「神罰の代行者が言うべき言葉ではない」だの、好き勝手な言葉が飛び込んできた。
やはり、黒騎士の強さは、こいつらには想像できないのだ。
あのクソ猫は、言動に目を覆わんばかりの問題を抱えてはいるが、強さは折り紙付きだ。個人の武を追及する異端掃滅官の序列2位なのだ。その狂猫を、殺さずに
それがどれほどの意味をもつのか、このボンクラどもは理解できていない。
あれほどの武の持ち主を殺すには、数を
圧倒的な個の武を持った人間を少数集め、一気に当てなければ倒せない。それで殺しきれればまだマシだ。最悪は、皆殺しの上に逃げられる。それすらありうる。
そもそも、遺物を取り返す「手伝いをしてもらった」ということで、黒騎士と話はついている。
ここでテーブルをひっくり返す意味はない。
司教服の男が口を開いた。
「それほどの者を野放しにするのは、危険ではないのかね?」
モクレールは拳でテーブルを叩く。ドゴンと音がなって、卓上のグラスが一斉に浮いた。
「だから、殺すなと言っている! 手を出すなと言っている!」
静まりかえった中で、モクレールは溜め息ながらに語る。
「……教会は味方だと思わせないといけないのだ。そもそも、盗賊から取り戻した遺物を無償で差し出したのだぞ。教会の遺物であると理解した上でだ。その意味を少しは考えろ!」
バルぺ枢機卿が笑みを浮かべたまま口を開く。
「その黒騎士は、高潔な人物なのだね」
「俺が保証する。俺の首をかけてもいいぞ、ジジイ」
「ほっほっほ。そうかそうか。なら、この話は終わりにしよう。そうそう、黒騎士くんには、何かお礼をしないとね」
「それはこちらで考える。予算は後で申請する。一つ忘れて欲しくないんだが、我々は黒騎士にとんでもない借りができたからな」
そう言ってモクレールは席を立った。
ここでこれ以上口を開く気がないと背中で示しながら、出入り口へと向かう。
会議室を出たモクレールを、副団長のスランジュが出迎えた。
「団長の声はよく通りますよね」
「いつものことだ。それで、黒騎士は領都についたか?」
「いえ、まだです。正門に騎士を一人張り付かせていますから、連絡は確実に届くかと」
「結構……しかし、ままならんものだな」
「遺物が戻ってきたことは、喜ばしいことですけどね」
「それはそうだな。ただ、金を貸そうと思った相手から、莫大な借金をしてしまったな」
スランジュはそんなモクレールの顔を見て、くすりと笑った。
「黒騎士から遺物を受け取ったときの団長の顔、とても素敵でしたよ」
そう言われたモクレールは苦笑いを浮かべる。
「仕方なかろう。
「そうですね……まさか序列2位を生け捕りにできるなんて、私の予想を超えていました」
「クソ猫から、何か聞き出せたか?」
スランジュは笑いを堪えながら、
「あの猫、マタタビでもかがされたんじゃないんですか?」
「そんなに酷いのか?」
「ええ、宙を舞っただの、手から目に見えない速さで
そう言われたモクレールは、怪訝な表情を浮かべる。
「大丈夫なのか? 頭に損傷はないだろうな」
一瞬で真顔に戻ったスランジュが言う。
「それが……外傷がまったくありません」
「バカな、異端掃滅官の序列2位だぞ? 外道だが、武は確かだ。どうやって制圧したんだ」
「顎に一撃。その後、眠り薬を打たれたと」
モクレールから表情が消える。
「……黒騎士と仲良くしないといけない、というのは良く分かった」
「はい。決して怒らせてはいけません」
モクレールとスランジュは無言で神殿の廊下を歩いていった。
クーディンの証言は、すべてが真実であるにもかかわらず、騎士団の正式な調書として残ることはなかった。
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