022_questlog.待人
さしあたって、クーディンという
いまは太い鎖でぐるぐる巻きにされ、ミノムシのようになって転がっている。鎖の重みで息が出来なくなるんじゃないかと思えるほど巻かれており、ときおり苦しそうに「ニ゛ャー」と息を吐いていた。ちなみに、ここまで厳重に巻いたのはイシュだ。
イシュがロープでは不安だと言って、坑道から鎖を探しだしてきたのだ。鉄と錆の臭いは分かりやすいらしく、ほんの3分ほどで長い鎖を引きずってきた。
クーディンに鎖を巻くときのイシュは、いままで見たことのない嫌悪感丸出しの表情をしていた。
やはり、犬と猫って仲が悪いのだろうか。
そう思って、遠回しに聞いてみたところ、「こいつらは、いつも自分勝手で周りに迷惑をかける。そのくせ、自分が原因だとまったく気づかない。度し難い」だそうだ。
まんま猫ですね。真面目で社会性の高い犬人からは嫌われやすいのだろう。
でも、俺、猫も好きなんだけどね。
あの気ままなところが良いんじゃないか。
犬も好きです。あの真面目なオバカがたまらんです。それに、犬に眉毛を描くと最高に面白い顔になる。それを見て笑うと、犬は怒るんだよね。それでまた笑っちゃうっていう。
などと、イシュの前では言えない。
〈ログに残した〉
「お前、俺を
〈任務遂行に支障がでそうな行動をとりそうになったら使う〉
「ありえそうで怖い。ていうか、たぶんあるな」
〈そこは否定しなさいよ〉
ルルエは酷い目にあわされた仕返しなのか、クーディンの足裏をこちょこちょやっていた。既にガントレットとグリーブは没収しており、麻袋の中だ。
クーディンは「にゃひー!」と言って、鎖の中でもぞもぞしている。
因果応報なので生暖かく見守ることにした。
カーライラは毛布にくるまって横になっている。
衰弱状態からは脱したようだが、まだまだ辛そうだ。
イシュが持っていた非常食と水をすべて平らげたぐらいなので、そんなに心配はしていない。
盗賊のお宝は、あらかた集めて麻袋につめてある。
イシュいわく、盗賊から奪った物は基本的に討伐者のものとなる。例外措置として、盗難届が出されており、持ち主がその物品を所持していたと証明できれば、市中価格の五割で買い戻しに応じなければならない。「買い戻し」であって「返還」ではないのがミソだ。当然、買い戻す金を用意できなければ、所有権は移らない。
集めたお宝の中で、元の所有者が確定できそうな物は、装飾品だろうか。
面倒な手続きをするぐらいなら、まとめて冒険者ギルドに投げてしまったほうがよさそうだ。ギルドもその辺の事情を理解しており、買い取り価格は市中価格の四割らしい。こっそり利益を出すあたりが商魂たくましい。さすが多国籍企業。
俺たち四人と、オマケの猫一匹は廃坑の出入り口の前でのんびりとしている。盗賊の襲撃を受けたのが午前中だったので、日はまだ高い。
何故じっとしているのかというと、猫の飼い主を待っているからだ。
モクレールが飼い主ではないだろうが、飼い主に一番近い人なのは間違いない。モクレールが来なくとも、南方神殿騎士団の騎士なら俺のことを覚えているはずだ。
とにかく、盗賊を討伐したこと、猫を縛り上げたことの説明をきっちりしておきたいのだ。
あとゴミ――という真実を知られてはいけない
廃坑の出入り口の横には、簡単な
馬は全部で20頭ほど。その中の1頭だけは繋がれておらず、その辺の草をもしゃもしゃ食っている。たぶん、猫が乗ってきた馬だ。
どの馬も体高は150センチぐらいで筋肉質だ。地球で言うと、クォーターホースに近い。錆子によれば、体重は400キロちょい。
俺が乗るのは不可能だ。
馬が背に乗せられる重さの上限は、馬の重さの三割と言われている。とはいえ、そこまで重いものを乗せると、走って跳んでと無茶をやらすと足がポッキリいって悲惨なことになる。事実上、二割が限界と考えたほうがいい。昔のアメリカの騎兵隊の馬マニュアルにも、二割までにしとけと書いてあったらしいし。
俺の体重は約240キロ。
逆算すると、馬の重さは1.2トン必要になる。
アホかと言いたい。
21世紀のペルシュロンかシャイヤーでも持って来いって話だ。
〈なんでアンタ、馬に詳しいの?〉
「昔のね、好きになった女の子がね、馬好きだったんですよ……」
〈報われない努力をしたって訳ね〉
「いまここで報われてるじゃないか……」
〈ぜんぜんまったく報われてないんだけど〉
「うう、ルルエ~、錆子がいぢめるよう」
俺の傍らに座ってぽやーっとしていたルルエに泣きつく。
ルルエは首を傾げ、
「錆子さんって、鎧の中の人ですよね?」
そういや、錆子のこと言ってなかったか。うっかりしてたぜ。
「中の人じゃなくて、鎧に取り付いてる悪霊な」
〈その呼称には、断固異議を申し立てる!〉
「そうなんですか? お父さんに取り付いてた人は、小次郎って言ってましたね」
佐々木さんのネーミングセンスもたいがいだった。知ってたけど。
「とっても小さい人でしたよ」
ルルエがおかしなことを言った。
小さい、「人」……?
「えっと……ルルエは小次郎を見たことがあるのか?」
「はい。いつもお父さんの肩に乗ってました。たまに、おしゃべりしてましたから。とても真面目な人でしたよ」
どういうことやねん?
実体として、体の外に出る機能なんてあるのか。
〈あるわけないでしょ……ちょっと、どうやったか聞いてみてよ〉
「その小次郎って、どうやって外に出てきたのか、分かるか?」
ルルエが怪訝な顔をする。
「どうやって……とは?」
そりゃ、訳分からんよな。
前提知識がない人にどうやって伝えたものか。
「最初から佐々木さんの肩に乗ってたわけじゃないよな」
「そういえば、そうでしたね。お父さん、独り言が多かったので、誰とお話してるの? って聞いたことがあって……」
ルルエは耳をぴこぴこ上下させて、必死に思い出そうとしていた。
耳をガッと掴みたい衝動をなんとか抑える。
「えっとー……ルルエにも紹介したほうがいいなーって言って、手からニョロニョロっと細い粘土みたいなのが出てきて……小次郎さんになりました」
「なんだそりゃ……」
ニョロニョロの粘土って……。
俺の体、そんな物が詰まってんの?
〈その手があったかー!〉
「脳内で叫ぶのはやめろ。どういう手なんだ?」
〈外部実体インターフェイスを作れるんだけど、代償として中間ナノマシンを5グラムほど消費するのよね〉
「なんだよそれ。大事なもん?」
〈修理用の補修パテだと思ってくれていい。主に内部器官とか人工筋肉の補修に使うの。物性を固定化していない状態で保持しているから、形状変更や硬さの変更が自在なのよね。酵素合成したり、導体や半導体、絶縁体にもできるから、応用範囲は広いの〉
「そりゃすごいな。どれぐらい積んでんの?」
〈5キログラム。今のところまったく消費してない。でも、固定化したら、戻せないからね?〉
「0.1%だろ。いいぞ、やってみろ」
〈外部生成の許可を確認。これより生成開始します……はい、手を広げて上に向けて〉
言われた通りに、掌を開いて上に向ける。
すると、手首の辺りから灰色の粘土のような物が伸びてきて、掌の上で渦を巻き始めた。
「マジでニョロニョロだった……」
「あ、これです、これです」
ルルエがワクテカしながら、俺の掌を見つめている。
イシュとカーライラも俺たちの騒ぎに興味を引かれたのか、おっかなびっくりといった様子で見ていた。
渦を巻いていた粘土は細くなりながら上のほうに伸びていき、そこから木が枝を広げるように広がっていく。棒でできた人のような形になった粘土は、内側から空気を入れたかのように四肢を膨らませていき、次第に見慣れたシルエットになっていった。ご丁寧に、サイドツインテールまで再現している。
完全に形が整うと、染みが広がるように灰色の体が色づきはじめた。
「呼ばれて飛び出て、さびこちゃーん!」
身長が20センチぐらいの錆子が、両手を上に向け、腰を左右に振りながらそんなことを言った。
こいつもたいがい俺に毒されてんな。
ルルエは楽しそうに手を叩いて喜んでいる。
「カワイイ! よろしくね、サビーちゃん」
「いいわね、サビーちゃん! これから私は、サビーだからね?」
錆子は実体を得て調子にのっているようだ。
そんな魔法を使いそうな名前は却下だ。
「やかましいわ。お前は未来永劫、俺の錆だ、錆子」
「ひどーい、テツオがいぢめる~」
と言って錆子はルルエの手に飛び乗り、指にスリスリしている。
こいつウゼえ……。
「なあ、錆子。俺が外部インターフェイスの廃棄を命令したらどうなるんだ?」
途端に、錆子の表情がフリーズする。
すぐさまルルエの掌の上で、それはもう見事なフライング土下座を決めた。
「スミマセンでしたー! 調子に乗りましたー! 命令は絶対遵守しますから、この体だけは~、今日より明日なんです~!」
こいつ、外に出た瞬間、はっちゃけすぎだろう。
本気で廃棄を考えたが、ルルエやイシュとの意思疎通を考えると、俺と錆子のやりとりを聞かせておいたほうがいいのも確かだ。そもそも、こいつとは脳内会話できるしな。
「いつも通りでいいんだよ。いらんこと言わなきゃいい」
「イエス、マイロード!」
やっぱウゼえ……。
俺はどちらかと言えば、マスターじゃないのかと思ったが、自ら泥沼にはまることもないので黙ることにした。
「サビーちゃん、今度テツオさんのこと、こっそり教えてね?」
ルルエが物騒なことを言う。というか、俺に聞かれている時点で、こっそりじゃないぞ。
錆子がなんとも言い難い表情で、俺をチラッと見てくる。
「俺のトラウマになってそうな事以外なら言っていいぞ」
「ふーん、案外、寛容ね。まあ、語るにしても、大したことはないもんね」
「……少しはデレろよ、お前」
「そのようなコマンドは実装されておりません」
やっぱ廃棄したほうがいいかな……。
そんなことを思っていると、困惑しているイシュとカーライラが目に入った。
「あー、こいつが、俺の遺物にとりついてる悪霊な」
「これが、悪霊なのか……? とても、悪しき存在には見えんが」
確かに、この外見で悪霊は苦しいか。
見た目
カーライラは、目を細めてじっと錆子を見つめていた。
「まあ、そうだな。電子の妖精さんとでもしておいてくれ」
「遺物の中の妖精……」
カーライラがぼそっと呟いた。
そういえば、カーライラには、俺のことはほとんど話してなかったな。
「ん、来たわよ。待ち人」
錆子がそう言って、斜面の下のほうを見た。
俺の機甲兵イヤーでも、複数の
神殿騎士団がようやくのお出ましだ。
しばらくして、モクレールを先頭に4人の騎士が現れた。
モクレールのすぐ後ろには、副官であろう黒髪の女騎士、さらにその後ろには細身の騎士が二人。
どうやら、速度最優先で駆けてきたようだ。馬も騎士も汗だくだった。
よほど慌てたのだろう。たぶんだが、そこに転がっている猫が抜け駆けでもしたのだ。猫の言動を思えば、想像に難くない。
俺は立ち上がって、モクレールに手を振った。
モクレールは訝し気に目を細めたが、すぐに俺のことを認識したようで、驚きに目を見開いていた。後ろの副官も同じようにギョッとしている。
目の前まで馬を進めたモクレールは、飛び降りながら口を開いた。
「黒騎士、何故お前がここに居る! 賊は? それより、猫人の……!?」
そう言い募るモクレールは、見てしまったようだ。厩舎の前に転がされている鎖でミノムシにされたクーディンを。
モクレールは額に手を当てて、「ヴァー」と溜め息を吐いた。
気持ちは大変よく分かる。
あんなのが同僚だと認めたくないだろう。しかも、異端でもなんでもない騎士に喧嘩を売って、返り討ちにあって
目を覆うしかない。
とはいえ、モクレールに罪はない。クーディンという狂猫を野に放った責任の一端はあるかもしれないが、俺はそこまでクレーマー気質じゃない。
俺は当初の目的通り、モクレールに黒いサイコロを放った。
「モクレール殿、これを持っていってくれ。俺には必要のないものだ」
訝し気に黒いサイコロを見つめたモクレールは、驚愕の表情を浮かべる。
「黒騎士……これが、何か知っているのか?」
「もちろんだ。俺の相棒は、ここが地元のプリーストだからな」
モクレールはルルエを見つめ、次いで黒いサイコロを見つめた。
そして、顔をサーっと白くして、天を見上げた。
それは俺が予想していた反応じゃなかった。
あれ、探してた遺物じゃないの。嬉しくないのかな?
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