021_questlog.鉄首

 クーディンと名乗った、既知の外にいる猫人はる気まんまんだ。


「デカパイ女、手を出すな。お前は殺さない」


「で、デカパイ!?」


 ルルエは慌てて、持っていた鉄の両手メイスを胸の前で抱えた。

 クーディンは若干のイラつきを見せて、ルルエの胸元を睨み付けている。

 

 持たざる者の怨嗟の声を幻聴した。

 こんな既知の外にいる猫でもそういう部分はあるのだな、と妙に感心した。もしかしたら、トラウマ的な何かがあったのかもしれない。

 

 などと、どうでもいいことを考えている場合ではない。

 しれっと、超脳駆動・8オーバークロック・オクタプルをかけ、加速した時間の中でこの場をどうしのぐべきか思考する。


 手っ取り早いのは、この猫をさくっと殺って、考古学者に発見されるまで鉱山の石くれと一緒におネンネしてもらうことだ。

 問題はルルエが見ており、教会関係者であるとはっきりしていること。敵対したとはいえ、「同じ会社の人間を埋めました」という秘密を抱えさせるのは酷だろう。

 それに、神殿騎士団が動いているのだ。この猫がここに来たということは、遠からず神殿騎士もやって来る。その騎士に猫の死体を埋めているところを見られでもしたら、目も当てられない。

 やはり、殺るのは最後の手段だ。


 それに、さっきのパンチを見た限り、たいした強さではない。無力化はそう難しいことではないと思える。

 よし、なんとかなるな。

 

 俺がそう結論づけたとき、クーディンの尻尾がすっと上がって山なりになった。

 そろそろ仕掛けてくるか。


「ルルエ、離れてろ」


「え……はい。あの、殺しちゃっていいですよ。私が証言しますし。もし、教会に追われるようなことになっても、私も一緒に逃げますから」


 物騒なことをさらっと言ってくる。

 現代日本人の倫理観からするとぶっ飛んでる気がするが、この世界の人の常識なのだろう。殺そうとするのなら、殺されても文句は言えない。左目に超常の力を宿した誰かの言葉が思いだされた。

 後半部分はちょっと嬉しいが、そんなことになってしまったら俺は一人で逃げる。ルルエは普通の人だ。車ごと蜂の巣にされそうな旅になんか連れていけない。


「黙ってろ、デカパイ! 後でお前も殺す!」


 なぜかクーディンが激昂していた。ルルエの言葉がどこかに刺さってしまったのだろう。

 尻尾がピーンと立って銀色の毛がぶわっと広がった。

 ルルエは気丈にも、クーディンを睨み返す。


「死ぬのは貴女です」


 女性二人の視線が絡み合い、火花を散らした。

 

「掃滅する!」


 クーディンが叫び、大きく息を吸った。

 ――ズゥー、ハーッ、ハーッ、スー、ホゥ!


 最後のホゥはちょっと可愛いかった。


〈可愛くないわよ……身体強化レベル5の発動を確認〉


「げ、マジかよ……」


 レベル5とか、ゲームでも最高強度だぞ。

 

 クーディンの筋肉が薄い脂肪の層を押し広げ、深い凹凸を体表に現した。家の屋根に「死ね」と書かれる高校生なみに、バッキバキの筋肉だ。


〈警告。キシリスの強化デバイスの起動を確認〉


「ちょっと待て。スペクトル赤で、デバイスでの強化って、まんまゲームのキシリス人じゃないか!?」


〈目の前にいる猫がまさにそうよ。気を付けて〉


 キーという甲高い音が響き、クーディンの顔が歪んだ。


「ぐぎいぃ!!」


 その表情は、激痛を無理やり抑えこんだかのような、鬼気迫るものだった。


「なんだ……?」


 俺の戸惑いなど関係なく、クーディンが腰を落とした。

 

 ――ヤバい。

 

 俺は直感に従い、超脳駆動オーバークロック16シックスティーンフォールドをかける。

 16倍という最高倍率の思考加速がかかる。長時間使うとお脳の血管が切れるらしいので、多用はできない。


 クーディンの踏み込みは凄まじいものだった。足元は大きく削られ、飛ばされた石が岩壁に当たって砕け散っていた。


 俺の懐まで一瞬で移動したクーディンが、ボディめがけてアッパーを繰り出す。

 超加速された視界でようやく軌道が読めるレベルだ。

 ぎりぎりで体を捻って避ける。

 クーディンはそこから俺の軸足を狙ってローキック。俺が人間なら避けようがなかったろう。重力制御を駆使して軸足をずらす。蹴りが空を切るが、クーディンは足が地面につく前に、膝蹴りに切り替えて俺の腹を狙う。


 これは避けられない。


 咄嗟に腕をクロスしてガード。インパクトの瞬間、後ろに飛ぶ。地上最強を証明するために戦う人の技だ。

 衝撃をかなり相殺できたが、そもそもの打撃力が高すぎた。

 俺の体はさらに飛ばされ、背中が岩壁に激突する寸前で両手両足を使って壁に着地・・。だが、既にクーディンの追撃がきていた。

 俺の顔めがけて、鉄拳が迫る。

 回避は不可能、ガードも間に合わない。

 電力をバカ食いするが、頭部を粉砕されるよりマシだ。

 

 ――反重力シールド作動。

 

 迫る鉄拳が反重力子照射を受けて、ほんのわずかに逸れる。やはり常に力がかかっている近接攻撃には効果が薄い。

 無理やり頭を傾ける。俺の頭の横を鋼鉄のガントレットが通り過ぎ、背後の岩壁を粉砕した。

 その衝撃を背に受けつつ、クーディンの腹めがけて右拳を叩きこむ。

 クーディンは咄嗟に左腕を差し込み、俺の拳をガード。

 

「これに反応するのかよ!」

 

 金属同士が衝突して轟音が響く。

 クーディンは吹っ飛んでいったが、空中でくるりと回転して岩壁に両脚で着地。何事もなかったかのように地面に降りた。

 

 とんでもない体術だ。


 正直、舐めプしていた。

 身体強化5と強化デバイスは別次元の強さをクーディンに与えている。ぶっちゃけ、モクレールより強い。しかも、相手は本気で俺を殺しにかかっているのだ。

 手加減して無力化できる相手じゃない。

 クーディンの攻撃は武器のリーチがない代わりに、恐ろしく回転速度が高い。カウンターなんか取りようがない。ミキサーに手を突っ込むようなものだ。


 これは、殺すしかないのか……。


「なんで……死んでない?」


 クーディンがうわ言のように呟く。

 その顔は苦痛に歪み、異様な量の汗にまみれていた。

 ダメージを与えたようには見えなかったが、明らかに様子が変だ。


〈あくまで予想だけど、強化デバイスと身体の同調率が低いのかもしれない〉


 錆子がそんなことを言った。

 

「同調率が低い……?」


 それって、体に合ってないってことだよな。

 もしかして、この猫、遺物アーティファクトを無理やり体内に入れてるのか。恐ろしいことをするなあ。

 しかし、光明は見えた。

 この苦しみようなら、長時間の戦闘には耐えられないはずだ。痛みは精神を蝕む。いくら体が動こうとも、心が先に音を上げる。

 

 俺は作戦を変えた。

 目的を「無力化」ではなく「時間稼ぎ」に切り替えたのだ。

 

 とにかく距離を取る。クーディンの間合いに居る時間を減らす。

 牽制のために石を投げる。軽くジャブを放つ。当たったらラッキーぐらいの気持ちで手足を狙ってコイルガンを撃つ。

 強引な踏み込みには、重力制御で物理法則を無視したような回避をする。

 さらに距離を取るために、落盤防止の丸太にワイヤーガンを撃ちこんで自身の体を引っ張る。

 

 クーディンは思うように俺を捕捉できず、鉄拳でひたすら空を打った。

 

「死んでよ……早く死んでよぉ……」


 彼女の口から、焦りの声が漏れはじめた。明らかに動きも鈍くなってきている。

 顔は涙と涎、鼻水を垂れ流してグシャグシャだった。

 

 なんか、いたいけな女子を甚振いたぶっているみたいで、俺の心もダメージ食らうんだけども。

 

〈屑鉄になるよりマシでしょ。あと少しなんだから、頑張りなさいな〉


 錆子先生はスパルタです。

 とはいえ、そろそろ王手をかけてもいい頃合いだ。

 殺すことなく、完全に無力化できる手段はあるのだ。


 不意に、クーディンが向きを変えた。

 その先には、ルルエ――。


「まずっ!」


 一歩遅かった。

 クーディンは、離れた場所でおっかなびっくり見学していたルルエの背後に回り込み、腕を首と胴に回して締め上げたのだ。


「え……? うぐっ!」


「動くなぁ……デカパイの首、へし折る」


 俺は歩みを止め、クーディンを見つめる。

 彼我の距離は3メートルといったところか。時間稼ぎ戦術が仇となった形だ。

 この距離であのクーディンを制圧する手段を俺は持っていない。


「こいつ、ミンチになる。嫌だろ?」


 クーディンの顔はもはや正気を失ったものだった。

 目が完全にいっちゃってる。汗の量が尋常じゃない。今も激しい痛みに襲われているのだろう、まぶたが痙攣していた。

 痛みは鋭いノイズとなって、深い思考をする余裕を奪う。結果、感情のおもむくままに行動してしまうのだ。

 そうなってしまった人を、おれはよく知っている。

 この手の人間に、言葉の駆け引きは不可能だ。


「分かった。要求を聞こう。なんでも言ってくれ」


 俺は掌を見せるように両手を上げた。

 ルルエは首を押さえられ、息をするのが精いっぱいのようだ。それでも、イヤイヤと首を横に振っている。


「そこに、跪け」


 ルルエが必死に口を開く。


「ダメ……テツオさん、ダメです……!」


 俺はルルエの言葉を聞き流し、両手を上げたまま両膝を地面につける。

 これは窮地でもあるが、最大のチャンスでもある。

 この賭けに負けたら、殺すしかなくなるのだが。


「さあ、言う通りにしたぞ」


 クーディンはルルエを抱えたまま、俺の目の前へとやってきた。

 その顔は、苦痛に歪みながらも、勝利を確信した愉悦に満ちていた。


「私のために、死ねぇ!」


 右腕を振り上げ、俺の顔めがけて振り抜いた。

 ガゴンと鳴って、首が後方へと吹っ飛んでいく。二度三度と岩壁で跳ね返り、坑道の真ん中辺りで止まった。


「ひ……テツオさん、テツオさーん! やだよ、こんなのひどすぎるよー!」


「は、はは……勝った」


 クーディンはペタンと地面に座り込み、ルルエの縛めを解いて恍惚とした表情で天を見上げていた。

 強化デバイスと身体強化を切ったのだろう、陰影のなくなった褐色の肌が汗に濡れて滑らかな艶を見せていた。

 俺はそんなクーディンの顎先をコツンと横から振り抜く。


「は……? れ……? どうし、て、動く?」


 脳を揺らされ、体の制御ができなくなったクーディンは、くてんと地面に横たわった。


「たかがメインカメラをやられただけだ」


 俺はクーディンの首筋に指を向け、指先からスカウト七つ道具の一つ、麻酔薬を撃ちこむ。

 途端、クーディンの瞳が裏返り、気を失うように眠った。

 

 この麻酔薬はアサシンフレームが持つ強力なツールの一つだ。確実に血流に乗せなければほとんど効果が出ない。投与量と昏睡時間が比例する。空気に触れるとすぐに分解してしまう等々、制限は多いが無力化能力は高い。

 極小の注射器を作って投げつけてみようかとも考えてみたが、モクレールやクーディンのような強者には通じないだろうな。


 ルルエは俺の生……鉄首を胸に抱えてビービー泣いていた。


「ルルエ、俺の頭を返してくれ」


 俺の声でルルエが飛びあがり、俺の鉄首を抱えたまま後退る。


「ひょわっ!? まさか、アンデッド化……! やだー、テツオさんが彷徨える甲冑デュラハンになっちゃったー! うわーん!」


「いやまあ、確かに今の俺はデュラハンだけどもさ……はい、もらうよー」


 半ば強引にルルエから頭を取り返して、きゅぽっと胴体にはめる。


「ぱいるだー、おーん」


 首の辺りでカチカチと音が鳴って、電磁コネクターが接続された。


〈アンタの年齢と、ネタの年代が合ってないんだけど。年齢詐称?〉


「よく言われる。だいたい父ちゃんのせい」


 そう、俺は父親から英才教育を受けたのだ。あと、生まれ育った環境。プラス、本人の資質。カエルの子はカエルってやつだ。


「かえしてーかえしてー、テツオさんの首かえしてよー!」


 相変わらずルルエは錯乱していた。あんまり首クビ言っていると、妖怪扱いされるぞ。

 派手に吹っ飛んだ頭だったが、特に大きな損傷はなかった。


〈半ば自分で飛ばしたようなものだしね〉


「首がなくなっても、視界はとくに変化なかったんだけど、実はカメラとか入ってない?」


〈望遠レンズと各種フィルターつきカメラ、アンテナにライト。マイクぐらい。慣性力のかかりやすい末端に大事なものなんて置かないから。それに、カメラとマイクは体中にあるからね〉


 どうやら、頭を飛ばされて視界が著しく制限されるのはゲームの仕様らしい。


「なんだ、俺ってリアルにデュラハンできるんだ」


〈やりたいなら止めないけど〉


「やりませんとも」


 ルルエは「首~首~」と言いながら、俺の首をもごうと手を伸ばしている。そんなルルエの頭を優しく撫でる。


「死んでないから、安心しろ。ザン機甲兵はこの程度で死なない」


「え……そうなんですか? よかった~!」


 ルルエは涙で濡れた顔を俺の腹にくっつけて、ぐりぐりと首をよこに振った。

 装甲で涙を拭かないで。


「テツオ、無事か?」


 イシュだった。カーライラに肩を貸してこちらに向かってきている。どうやら、なんとか歩ける程度には、回復できたようだ。


「お前……それ大丈夫なのか!?」


 イシュがギョッとして歩みを止めた。

 カーライラも理解が及ばない様子で、何度も目を瞬いている。


「大丈夫だ。問題ない」


 俺がそう返すも、イシュの表情は変わらない。

 カーライラは、目を細めて何度も目をこすっている。


「いや、しかし……」


〈頭の向き、逆なんだけど〉


「……どうやら、兜がずれてしまったようだな」


 俺は何でもないといった感じで、首を180度回した。

 イシュとカーライラがドン引きしていた。


「遺物の力だ!」


 もう自棄やけのやんぱちである。

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