014_questlog.立合

 右手には剣。左手は徒手だ。剣の手合わせだろうから、とりあえず掴み技とかは使わないようにしよう。だが、準備はしておく。


〈体術、および剣術ライブラリをオンメモリ〉


「自動防御システムをオフ」


 反重力シールドは近接武器の攻撃にも効果はある。あくまで自分の体が邪魔にならない位置に限られるが。しかし、電力効率が悪いらしく、錆子曰く「避けたほうが安い」だそうだ。


〈訓練モードに切り替え〉


 俺が頷くと、モクレールも頷き返し、


「では、参る!」


 と言って踏み込んできた。


 左手の盾を前面に押し出し、剣の持ち手を俺の視線から隠す。

 そして、下段から斬り上げを放ってきた。


 下段からの斬撃を右手の剣で軽く弾く。


 モクレールは身体強化を使っていないようだ。

 俺に突きを放ったときは、間違いなく使っていた。現に今の斬撃は重さはさほどでもないし、速度も遅い。だが鋭さは変わらない。技によるものだからだろう。


 ならばこちらも同じ条件で戦うとしよう。

 強化系のスキルはなしだ。

 それに俺の目的は勝つことではない。神殿騎士団長の実力を知るため、技を盗むためだ。

 なにより、ここでチートっぽいスキルを使うなど、失礼にもほどがある。


 モクレールの剣筋は鋭い。

 きっちりと刃先をこちらに向けてくる。どのような角度で斬撃を放とうとも刃先が垂直で迫ってくる。

 細かな技も多彩だ。微妙に軌道をかえてくる、柄の握る位置を前後して斬撃の半径をかえてくる。ときたま剣を両手で持った強打を織り交ぜてくる。

 盾で視線を制限するのはもちろんのこと、盾による殴打、突き、盾の金具を使った武器壊しアームブレイクも狙ってくる。


 対して俺は、ひたすら合理的な剣を振るう。

 最適角度、最短距離、最低限の投入エネルギー。エコモードと言えなくもない。

 そもそも、アサシンクラスには片手剣の熟達マスタリースキルもない。

 機械的に計算された最適解を出力しているにすぎないのだ。

 それでも、剣速は常人が見切れるものではないし、機甲兵の腕の重さが乗っかった打ち下ろしなど、おいそれと受けられるものでもない。


 避ける、打ち込む、弾き、切り返す。


 俺は避けて、モクレールは盾で受ける。

 避けようのない斬撃は剣で受けるか流す。モクレールもすべてを受けるわけではない。


 周りの者には、ゴガガガと連続した音に聞こえているだろう。

 俺とモクレールの間には絶え間なくオレンジ色の火花が散っていた。

 線香花火に見えなくもない。


「はー、綺麗ですねえ」


 ルルエの暢気な声が聞こえ、


「背筋が凍るほどにな」


 とイシュが漏らし、


「団長とここまで打ち合える人がいるなんて……」


 副官らしき女騎士は慄き、さらに背後の騎士たちは「ざわ……ざわ……」とどよめいていた。


 お互いの強打がぶつかり、大きな音が鳴る。

 反作用を利用して、双方が半歩後退る。


 そこでモクレールは剣先を下げた。


「どうやらお上品な剣技だけでは、貴殿にはとどかぬらしい」


「そんなことはない。俺には技と呼べるものなどない。ただ剣を振り回してるだけだ」


「謙遜も過ぎると嫌味に聞こえる。その剣筋は膨大な修練なくして出せるものではない」


「……先達の積み上げたものを継承しているにすぎん」


 ライブラリって、そういうもんだよな?

 嘘じゃないよな。


「なるほど……良き師と本人の弛まない努力の結晶か。素晴らしい」


「…………」


 もはや何も言うまい。

 勝手に勘違いしてくれるならいいか。


「では、泥にまみれた戦いも継承してもらわねばな」


 モクレールは凄味のある笑みを浮かべた。

 ナイスミドルが、ちょい悪親父になった。

 楽しくて仕方がないという笑みではあるんだろうが、ちょっと悪い顔をしている。


 そこからのモクレールの攻めは、今までの洗練された剣技からは、かけ離れたものだった。

 金的、足払い、柄での殴打、土投げ、掴みかかり……そして、体術をフェイントとした剣による斬撃。

 体術と剣術の融合であり、意識の隙をつくからめ手をふんだんに盛り込んだ連続攻撃だ。

 なにがなんでも相手を倒すという気概、「勝てばよいのだ」精神に溢れていた。


 さきほどと比べて各段に「強い」。

 おかげでこちらは、防戦一方だ。

 実はこの戦い方こそが、この人本来のスタイルなのだろう。

 ならばこちらも封印していた左手を使うことにしよう。

 

 俺はモクレールに対抗するように剣を振りつつも、縦横に左手の徒手を繰り出す。

 殴る、蹴る、手刀での薙ぎ払い、掴みからの投げ。


 さっきまでが王に見せる御前試合だとすれば、今の戦いはコロシアムでお互いの命を奪い合う「死合」だ。


 俺の斬撃を避けたモクレールが懐に飛び込んでくる。

 カウンター気味に左ショートアッパーを放つ。

 モクレールは、それを待ってましたとばかりにショートアッパーをかわし、俺の左腕に抱き着く。その状態から体をぐるんと回し、俺の左腕を抱えて両脚を俺の腹と首に伸ばした。

 

 正気か、このオッサン?

 関節技まで使ってきたぞ。

 人間の力で機甲兵の関節をへし折るとか無理だから。

 折れないなら折れないで、中の人などいないことがバレてしまいそうだ。

 

 面倒臭いことになりそうだと思った俺は、死なない程度にモクレールを地面に叩きつけるべく体ごと地面に倒れ込む。

 それを察知したモクレールは咄嗟に俺の頭を蹴って離脱をした。

 

 そして再び剣先を向けあう。


「貴殿はどれほど鍛えているのだ? 先ほどの蹴り、確かに頭を揺らしたはずだが」


「鎧のおかげさ」


 嘘です。

 脳震盪起こす脳みそ、そこに入ってません。


 そうして再び剣を切り結ぶ。

 何合かした後、剣にかすかな違和感を感じた。

 と同時に、モクレールが上段から強打を振り下ろしてきた。

 俺はそれを弾き返すべく――。


〈振り抜いたらダメ!〉


 途中で腕を止め、強打を受ける。が、俺の剣がへし折れて、モクレールの斬撃が俺の頭に届いた。

 

 コンと鳴って、モクレールの剣が止まる。

 

「……俺の負けだな」


 俺がそう言うと、モクレールはどこか釈然としない様子で、


「勝った気がせぬな。貴殿の剣が折れねば、まだまだ続けられたのだが」


「剣に違和感は感じていた。にもかかわらず、受けてしまった俺の落ち度だ。やはり、俺の負けだろう」


 何か言いたそうな視線を俺に向けつつも、モクレールは口を開かなかった。


「…………」


「手合わせ、感謝する。得るものが大きかった」


 俺の言葉にモクレールは頷き、騎士の礼をした。


「こちらこそ感謝の言葉もない。己の弱点が浮き彫りとなった。修練のかいもあるというもの。目標もできたことだしな、剣で貴殿に勝つという」


 俺は内心でげっそりしていた。

 勝手にライバル宣言とかしないでください。

 でも、この手の人って、判断基準が自分の中にしかないんだよな。自分が納得しないかぎり、外が何を言っても無駄っていう。


「……楽しみにしておくよ」


「後のことは、我々に任せてくれ。領主には貴殿のことも伝えておこう。では」


 言うだけ言って、モクレールは背を向けて部下たちの方へと向かっていった。


「で、錆子、さっきのは?」


〈あのまま振り抜いたら、折れた剣がルルエに刺さってたかもよ〉


「マジで!?」


 俺の視界に、錆子がシミュレートした簡易モデル映像が映る。

 なるほど、俺が振った剣が折れて、折れた剣先がルルエの方へと飛んでいる。

 致命的な損傷を受ける確率が57%と出ていた。

 うん、止めて正解だったな。

 

「助かったよ。しかし、意外だな。錆子が他人を助けるなんてな」


〈大事な現地協力者よ。守るに決まってるでしょ〉


 任務最優先なんだろうが、案外当てにしてよさそうだ。

 俺の目が届かないところでフォローしてくれるのは安心材料と言える。


「なら、これからも頼むぞ」


 視界の片隅で錆子が胸を張った。


〈当然!〉


 モクレールとの手合わせは、俺にとって大事な気づきを与えてくれた。


 ――この世界には、俺を殺せる奴が普通にいる。


 当たり前だろと言われればその通りだ。だが、実感がなかったのも確かだ。

 ルルエにしても、角熊にしても、危機感など一ミリも沸かなかったからだ。

 あの男、モクレールは違う。武器さえあれば、俺を殺せてしまう。

 一対一ならまず負けない。殺していいなら、すぐにケリがつく。だが、あのレベルの者が二人と、その手に遺物と呼ばれるゲーム内武装が握られていたら?

 たぶん、勝てない。

 勝てるとしたら、奇襲ができる場合のみだろう。

 気を引き締めなければならない。

 と同時に、うかつに自分の力を示さないほうがいいとも思った。

 可能なかぎり、俺の実力やスペックは隠さないといけない。

 手の内を知られてしまったアサシンなど、ただの弱兵なのだから。


    ○


「角熊が二匹いたなんてねえ。しかも、二匹ともテツオさんが倒しちゃったんでしょ? すごいわ~」


 カウンターの内側にパリッとした給仕服を着たフォスティーヌが立っていた。バーテンダーっぽい。女性の場合はバーメイドって言うんだっけか。

 田舎の村の酒場に立つには場違いな服装に見える。実際、まばらにいる客はみな地味な野良着に近い服装だ。

 彼女なりのこだわりがあるのだろう。


「しかも、モンスターに間違えられて、騎士団長と切り結んだって。ちょっと心配しちゃった」


 あの、そう言いながら、俺の装甲をスリスリするのやめてくれませんかね。

 

 クエストの報告がてら、村の酒場に来ていた。

 俺たち三人はカウンターに横並びで座っている。俺の座っているスツールは太い丸太のような……というか、ただの丸太だった。吸血鬼を殺るにはちょいと短い。サッキー卿専用スツールらしい。

 俺の左右にはルルエとイシュ。

 ルルエはもふもふとパンとシチューを口に運んでいる。フォスティーヌいわく、意外に大飯食らいらしい。その栄養は主に胸部装甲に溜め込まれているに違いない。イシュは謎の巨大な骨をガジガジとやっていた。バキバキと骨を噛み砕き、骨髄をすすっている。すごい咬合力だ。しかし……犬だ。犬がおる。

 

 フォスティーヌによれば、俺たちが村に戻ってくる前に神殿騎士の伝令が馬を飛ばしてきたらしい。

 

 馬か。馬欲しいな。俺が乗ってもへっちゃらな馬がいればの話だが。

 移動力の確保は今後の課題だな。

 

 伝令の騎士は俺たちが受けたクエストの真偽確認と、俺が倒した角熊の買い取り代金を置いてさっさと領主の元へと向かったという。

 詳しい話は聞けなかったが、こんな田舎に騎士団が派遣されたそもそもの原因は、領都のユグリア神殿で盗難事件があったからだ。

 メンツを潰された教会は、神殿騎士団に盗賊の討伐と盗まれた物の回収を命令。

 騎士団は盗賊が潜んでいると思われる山を重点的に山狩り。その際に、そこを縄張りにしていた角熊を追い払ったのだという。

 そう、二匹目の角熊は騎士団が追い出した奴だったのだ。

 そして、この村の木こりを襲った。間が悪いことに、木こり二人が角熊に襲われたという情報だけ・・が領主に伝わった。

 領主は騎士団長を呼びつけ、不手際を糾弾。領民を傷つける角熊の討伐をお願い・・・した。

 責任感の強い神殿騎士団長モクレールは、部下の不名誉を雪ぐために自ら指揮を執り、森に入った――ということらしい。

 

 それを聞いたイシュは鼻で笑った。

 

「くだらない領主の点数稼ぎだな」


「なるほど、領民のことを大切にしているアピールってわけだ。しかも神殿騎士を使えば、領主の懐は痛まない。セコい……セコすぎる」


 フォスティーヌが肩をすくめる。


「ギルドにちょっと確認取るだけで、こんな行き違い起きなかったのにねえ」


 ルルエはまだシチューを頬張っていた。

 ちょっとお嬢さん、食べすぎじゃないですかね。

 最後のパンを口に放り込み、もきゅもきゅやって嚥下したルルエは、傍らのエールを一気にあおる。


「ぷっはー! このために生きてるにゃあ!!」


 飲みかけの96度の酒を噴きそうになった。

 錆子にお願いして、口から飲めるようにしてもらったのだ。口の位置からストローが延びるだけだが。さすがに、鎖骨の辺りから黒くて細いのが延びる様は人に見せたくないので。


「なあ、ルルエ、前から気になってるんだが……その奇妙なセリフというか、呪文というか、そういうのって、佐々木さんから教わったのか?」


 ルルエはエール一杯しか飲んでいないが、既に相当ご機嫌だった。

 しかも顔が真っ赤だ。肌が白いだけに、赤さが際立つ。


「うにゃ? そうでーす! エール美味しいれす」


 怪しげな返事をして、ルルエは再びエールをあおった。

 あ、この子、酒弱いのに、酒が好きなタイプだ。

 飲みすぎ注意だな。


「魔法はー、体の中の魔法器官をしっかり起動しないといけないんですー。そのための条件付けは、掛け声とか、動きとかー、はっきりしたものがいいんだって、お父さん言ってましたー! 呪文や振り付けは、お父さんが考えてくれたんれすよー。にゃははは、もう一杯!」


 俺はフォスティーヌに向いて、小さく首を横に振る。

 フォスティーヌも弁えたもので、エールの代わりに水を入れていた。


 やはりあの謎ダンスや、ろくでもない呪文の数々は佐々木さんの入れ知恵だったのだ。

 キクラゲをペンギンの肉だと娘に吹き込んだ母親の姿が脳裏に一瞬浮かんだ。

 佐々木さんって、実は毒親なのでは……?

 俺の中の佐々木さん像の影が濃くなった気がする。

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