013_questlog.黒騎士(仮)
ルルエと神殿騎士の隊長――俺に切りかかってきたイケメン中年な騎士がなごやかに会話していた。
ルルエが叫んですぐにイケメン中年が剣を収めたからだ。
俺とイシュは、少し離れた位置から、どこかおいてけぼりで二人を見つめている。
イケメン中年が微笑を浮かべ、ナイスミドルビームをルルエに照射している。対するルルエはいつものぽやーんとした微笑を浮かべていた。
俺に問答無用で射掛け、悪即斬で剣を向けてきたとは思えぬ柔らかい雰囲気だ。
イケメン中年の半歩後ろには、女騎士が立っていた。
隊長から命令を聞き、後ろの騎士たちに指示を飛ばしている様を見るに、副官なのだろう。
身長は170センチぐらいか。肩のラインでスパッと切った黒髪、切れ長でキツそうな目元。眼鏡をかけて、タイトスカートとかはいてもらったら黒板の背景がとてもよく似合うに違いない。
どうやら、ルルエとイケメン中年の話が終わったらしく、ルルエが俺たちのほうへと戻ってきた。
「お待たせしました。私たちが依頼を受けた冒険者だと納得してくれました」
「そうか、助かったよ」
あれ、結果的にルルエに任せちゃったな。
ふふふ、計画通り。
〈ノープランで何が計画通りなのよ〉
だまらっしゃい。
「誤解は解けたようだな。何よりだ」
イシュがそう言って、俺をちらっと見た。
「なあ……俺の見た目って、そんなに変か?」
「正直に言うと、武装したアンデッドか、
「やっぱそうなんだな」
そんな気はしてた。
ルルエも初見の時は、速攻ターンアンデッドだったし。
佐々木さんに慣れてるメネーネ村の人がおかしいんだな。
とはいえ、はじめましての人に毎度ターンアンデッドを食らうのも面倒だよな。
「どこが変だと思う?」
「ええ……どこって言われても……」
佐々木さんを見慣れていたルルエは逆に戸惑っている。
「肩幅と股の広さじゃないか」
やっぱそこか。
普通の人間なら腕も脚も根元から「ハ」の字に生えてるんだが、機甲兵は関節を横に伸ばしてそこから垂れてるって感じだもんなあ。
「縮められるかな……? さすがに無理だよなあ」
錆子はなんでもないといった感じでさらりと答えた。
〈できるわよ〉
「できるんかい!」
イシュがビクッとした。
これじゃあ、いきなり独り言はじめて、激高する危ない人にしか見えんよな。
「驚かしてすまんな。俺の鎧は、呪いの鎧でな。鎧に取り
〈悪霊って、私のことなのかな、カナ?〉
可愛く言っても無駄だ錆子。
お前は、この世界の人から見れば、
イシュが半歩後退る。
「呪い!?」
「大丈夫ですよー。他の人には
さすがルルエ、ナイスフォローだ。
俺はこっそりとルルエに向けてサムズアップ。気づいたルルエもニカッと笑ってサムズアップを返してきた。
佐々木さんの教育のたまものだろう。
ルルエの言葉でイシュは安心したようだ。律儀に頭を下げてきた。
「すまない、恩人に対して礼を失する振る舞いだった」
〈伝染るって……〉
錆子が悲壮な顔でたそがれているが、無視だ。
「錆子、肩と股関節の幅を縮めてくれ」
〈あ、うん……〉
AIのくせに気分を引きずる奴だ。
だが、命令は即座に実行された。
一秒でシュンッと縮んだ。
やたら広かった肩幅と股関節の幅が、普通の人間……とまではいかないが、かなり
ルルエとイシュは何が起こったのか理解できていない様子で、ひたすら目をパチパチとしている。
さすがの俺もポカンとした。
「……なんでだよ」
空気穴をちょっと開けるだけであれだけ物騒な音をさせていたくせに、それより大がかりな身体変更が一秒で終わるってどういうことなんだってばよ。
〈アサシンフレームの標準機能だもの〉
そんな機能あったのか。使ったことないぞ。
〈敵地潜入任務に対応した機能。そのかわり、運動性能が20%ダウンするわよ〉
なるほど。使ったことがないわけだ。
そんなクエストなかったし、そもそもゲームの中じゃ種族偽装できなかったからなあ。
まだ他にも俺の知らない機能とかありそうだ。
さしあたっては、この形態で普段は生活することにしよう。
「これでどうだ?」
俺は腰に手をあてて胸を張る。
イシュはようやく落ち着けたのか、
「あ、ああ、いいんじゃないか。大柄な人間ぐらいには見える。しかし、すごいなその鎧は。中の肉体がどうなっているのか非常に気にはなるが」
「中の人などいない!」
イシュがポカンとした。
「は……?」
「すまん、冗談だ。この鎧の力だ。問題ないようにできている」
嘘ではない。
中の人まで含めて嘘じゃないんだが、それを言うわけにはいかない。
「ところで、ザン共和国って知ってるか? 俺の故郷なんだが」
「いや……知らんが」
「実は、この呪いの鎧はその国のものでな」
「なるほど。俺が知らないのも当然だな。そんな
俺の中二心をくすぐるワードが出てきたぞ。
俺はさも知っているかのように頷く。
「そう、遺物だ。強大な力を与えてくれるが、この呪いがあるかぎり脱ぐことができん」
イシュが顔をしかめた。
「それは……苦労するな。食い物はどうしているんだ?」
「固形物は無理だが、酒でしのげる。心配はいらん」
「その呪いは、解けないものなのか?」
「こいつの呪いは、魔王の持つ魔道具でしか解除できないと言われたんだ。だから俺は魔王を倒すために国を出て、この地を旅している」
どうせ行く先々で体のことは突っ込まれるに決まってる。だから、
とはいえ、俺の目的に関して嘘はない。
「魔王を倒す、だと!?」
そりゃ驚くよな。
真顔でそんなこと言われても、普通は信じないよな。
あ、俺、顔なかったわ。
「そうか、魔王を倒す旅か……」
そう言って、イシュはなにやら考え込んでしまった。
「失礼する。少しいいかな?」
そう言いながら、イケメン中年が近づいてきた。こちらの話が一段落するのを待っていたようだ。
俺が無言で頷くと、イケメン中年は胸に手を当てて頭を下げた。
「まずは、今回の失態について謝罪させてほしい。申し訳なかった」
ちょっと感心した。隊長であるイケメン中年が真っ先に頭を下げにきたのだ。
虚栄心の強い騎士なら、冒険者なんぞに頭は下げないだろう。ましてや、部下の前だ。
「その謝罪を受け入れる。あまり気にしないでくれ。俺も色々と油断していた。それと、兜を取らない非礼を許して欲しい。この鎧は呪いの遺物でな。脱げないんだ」
目を見張ったイケメン中年が俺の体をじっと見つめてきた。
「呪いの遺物……そのような物が在ると聞いたことはあるが。まさか実物を目にできるとはな。貴殿は、いずこかの国の騎士……すまない、名乗るのが先だったな」
イケメン中年は背筋を伸ばして、
「私は、フェリクス・モクレール。ユグリア教会南方教区神殿騎士団の団長を務めている。見知りおきを」
とても偉い人だった。
モクレールという名前を聞いて、イシュがギョッとしていた。
というか、騎士団の団長が熊狩りとかに出てくるもんなのか?
何か事情がありそうだ。
「俺は……黒騎士(仮)テツオ、とでも名乗っておこう」
俺の返しに、イケメン中年――モクレールが片眉をちょいと上げた。
そんな何気ない所作にもナイスミドル感が溢れている。
「なるほど……黒騎士か。何か事情があるのだろうな」
俺は肩をすくめて見せる。
「察してくれて助かるよ」
「しかし、変わった家名だな」
俺は小さく手を左右に振って訂正する。
「家名じゃない、名前だ。俺の国は家名が先にくる」
モクレールはそんな俺を見て、小さく笑った。
「そうか……」
「何か?」
「失礼……いや、実際に語らえば、貴殿が人であると確信するのは自明であったと思ってな。私は己の力に溺れていたのだと自覚させられたよ。まだまだ修練が足らぬようだ」
なにこの中年。中身もイケメンか。
「この見た目ではな。仕方のないことだ」
俺がそう言うと、モクレールは興味深げに俺を見上げて少年のようなまっすぐな瞳を向けてきた。
「恥のかきついでに一つお願いをしてもいいかな。私の修練に少し付き合ってもらいたいのだが?」
「それはかまわないが……修練とは?」
モクレールは背後に振り向き、張りのある声で叫んだ。
「予備の剣を二本持ってこい。数打ちのナマクラでいい!」
このオッサン、どうやら俺と剣の手合わせをしたいらしい。
ほんの30秒ほどで、先ほどの副官らしき女騎士が剣を二本抱えてすっ飛んできた。
モクレールは満足そうに剣を受け取り、自分の腰に吊ってあった剣を抜いた。その剣で受け取ったナマクラの刃を擦る。オレンジ色の火花を散らして、ナマクラの刃がみるみる削られていった。
まさか、この場で刃引きの剣を作るとはなあ。
「モクレール殿、あなたの剣は、遺物なのか?」
「やはり分かるかね? そう、南方のマセイヤの
てっきり、再生者の置き土産かと思ったが、そうではなかったようだ。
しかし、迷宮か。初見の迷宮とか、とんとご無沙汰だしな。胸の冷却ファンが回りそうだぜ。
ちょっと旅の楽しみが増えた気がする。
モクレールはあっという間に二本の剣を、ただの鉄の板に変えた。
そのうちの一本を俺に放りながら、ニヤっと笑う。
「私は楽しみで仕方がないのだが、貴殿はどうかな?」
「俺も楽しみだよ」
神殿騎士団トップの剣をタダで見せてくれるってんだ。しかも、殺し合いじゃない。こんな美味しい話、なかなかないぞ。
この世界のレベルを計るいい機会だ。
〈ガッツリ記録するわよ〉
錆子もやる気のようだ。
俺は受け取った剣をゆっくりと構えた。
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