012_questlog.散華

 あの世へと旅だった角熊の角を回収して、俺たちは巣穴へと入っていく。

 血の臭いで他のケダモノを呼び寄せても面倒なので、角熊の死体は巣穴の中へ引きずっていくことにした。


「なんで雷撃魔法の直撃くらって平気なんだよ?」


 イシュは不気味なものでも見るかのような視線を向けてきた。


「なんだ知らないのか? 全身金属鎧フルプレートアーマーを着込んだ騎士に、雷撃は効果が薄いぞ」


「え、そうなのか!?」


 案外、知られていないみたいだ。

 そもそも、フルプレートって流行ってないのかな。


「あ、聞いたことあります。重装歩兵に雷撃は効かないって。でも、火炎魔法や火炎瓶が効果てきめんだそうです。動きは遅いし、金属鎧って自分じゃ脱げないそうなので」

 

 ルルエがぽやーんとした顔で、物騒なことを言う。

 てか、フルプレートと火炎瓶が共存してるって、どういう世界だよ……。

 ちょっとこの世界の戦争を見学したくなったぞ。

 

 巣穴を進むと、すぐに日光が届かない闇の世界になった。

 とりあえず、頭部に搭載されている投光器をオンにする。


「うお、眩しっ!」


 イシュが俺と目を合わせて顔をしかめた。

 人間で言う両目の部分にかなり強烈なライトが埋め込まれているので、直視すると目が痛くなるだろうな。


 角熊の巣穴内部は意外に広かった。

 入り口こそ2メートル弱しかなかったが、内部は高さ3メートル以上あるそこそこ広い空間だった。やはり、角熊は二足歩行が基本なのだろう。寝床と思われる場所には枯れ枝や枯草が盛られており、案外暖かそうだった。獲物に迫るやりくちもそうだったが、角熊って奴はけっこう頭がいいようだ。

 俺は引きずってきた角熊の死体を適当に放り投げて、両手をサパッと切り落とす。

 珍味として売れたらいいなあ。

 

「……あった」


 イシュが呟いた。

 彼の手には、先ほど自らが放った矢が握られている。

 そして、彼の足元には殺された剣士の物であろう鉄製の小円盾バックラーが転がっていた。

 巣穴に矢が飛び込んだときに鳴った硬い音は、この盾がだしたものだったのだ。

 

 その向こうには、死体が二つ転がっていた。

 イシュのパーティメンバーだった、剣士と魔法使いだ。

 

 男女の死体だった。どちらも酷いことになっている。

 せめてもの救いは、死んでから食われたってとこか。生きながら食われるとか想像しただけで背筋が凍る。

 冷たくなっている二人はどう見ても俺より若い。それも、かなり若い。

 

「……こんなに若いのにな」


 俺の呟きに、イシュが苦々し気に応じた。


「テツオほどの剛の者には想像できないだろうな。鉄や銅の冒険者なぞ、四割は死ぬ。四割は諦めて、残りの二割がなんとか銀になれる。そんな世界だ。それでも冒険者になる奴は後を絶たない」


 厳しすぎる現実に軽く驚く。


「そこまで職業難なのか、この世界……」


「跡を継げない次男以下、金も格もない家の娘。掃いて捨てるほどいる。それでも、夢と希望を捨てれば、生きていくためだけの仕事ならある」


「ちょっと分かったわ。冒険者はロマンがあるもんな」


 イシュはふっと笑った。


「その通りだ。たとえ二割でも、這い上がれる余地はある。こいつらもそんな夢を見てしまった……俺もな」


 そう言って、イシュは悲し気に目を細め、若い男女の死体を見つめた。


 その後、二枚の銅板――死んだ二人の冒険者証を回収。

 ルルエが簡単な弔いをして、かさ張らない遺品を麻袋につめた。遺品は遺族に渡すつもりだ。

 本来なら、冒険者証を持ち帰るだけでいいそうだ。それと、死んだ冒険者の装備やアイテムは見つけた者が戦利品として自分のものにしていい、という決まりがあるらしい。イシュ曰く、「それぐらい緩くしておかないと、行方不明の冒険者を探す依頼など誰も受けない」だそうだ。

 それでも、遺品を遺族に渡すと決めたのは俺の我儘わがままだ。死んだ二人は若い。遺族もたぶんいるだろう。残された者のことを考えると、何かしてやりたいと思ったのだ。当然、遺品をつめた麻袋は俺が背負う。


「口調は軽薄だが、仁のある男なのだな……」

 

 褒めてんだが、貶してんだか、よく分からないことをイシュが言った。

 俺って、軽薄な感じ?


〈アンタの過去ログ、見る?〉


 なんでそんなもんとってあるんだよ。

 ルルエの秘蔵映像は速攻消したくせに。


〈テキストデータだもの。それに、機甲兵の言動は保存しておく義務があるのよ〉


 ますますもって、俺のプライバシーなんてなかった。

 

 俺は剣士の遺品である片手剣を手に、先に巣穴を出る。

 一応、森の中だ。ケダモノ共が集まってこないとも限らない。

 出口付近の安全確認だ。

 

 そして、巣穴を出た瞬間、そこが安全ではないことが分かった。


〈投射体警告。命中コース9、迎撃推奨3〉

 

 いきなり世界がスローモーションになる。

 自動防御システムが作動し、超脳駆動・8オーバークロック・オクタプルがかかる。


 投射体とは、矢――微妙に短いから、クロスボウのボルトだな。


「任せる」


 俺に向かって飛んできたボルトのうち6本は、装甲に当たって火花を散らし明後日の方向へと弾け飛んでいった。

 残りの3本は反重力子照射を受けてカクンと向きを変え、地面へと突き刺さる。

 ザン機甲兵の誇る防御機構、反重力シールドの効果だ。

 シールドと言っても、硬い壁になったり、光るドームを作るわけじゃない。飛んできた物にちょいと斥力をかけて、ベクトルを変えるというやつだ。


 俺に射掛けた連中がポカンとしている。

 距離は前方10メートルほどか。

 そいつらは騎士っぽいお揃いの鎧を着て、同じ紋章を染めた前掛けをしていた。

 

 軍隊、か……?

 てか、なんで俺、撃たれたの?


〈見た目でしょ〉

 

 デスヨネー。

 角熊の死体を巣穴に入れちゃったのも失敗だったかもしれん。あの死体を転がしておけば、待ち伏せみたいなことは受けなかったろう。

 しかし、説明が面倒臭いなあ。

 そうだ、ルルエに任せよう、そうしよう。

 

 俺が他力本願なことを考えていると、前方の集団から一人の騎士が飛び出してきた。

 中年のイケメンだ。ダークブラウンの髪に、一房だけ白髪が混ざっていた。

 その騎士の動きは異様に鋭かった。一歩が大きく、速い。


〈予想戦力、最低0.5、最大0.7〉

 

 なかなかの強さだ。

 あっという間に騎士が目の前に迫る。

 いつのまに抜剣していたのか、俺の胴を狙って突きがくり出された。

 

 初手で突きとか、豪気だな。

 

 咄嗟に、手に持っていた剣士の遺品で横に払う――が、できなかった。

 騎士の長剣の刃に触れた瞬間、オレンジ色の火花が噴きあがり、鞘ごと削り切れた・・・・・のだ。

 体を捻ってかわすことは不可能、剣先が見事に俺の体の正中を捉えている。

 俺は無理くり重力制御で体の位置をずらす。

 

 長剣の切っ先が、俺の脇腹を掠めて通りすぎた。かすかに触れた装甲がチリチリとオレンジ色の火花を散らす。

 

「あっぶねええ!」


 必殺の突きを躱したことで、騎士に隙ができた。

 左腕の重力式コイルガンで頭を――飛ばしちゃマズイな。後々、面倒なことになるに決まっている。

 俺はすかさず騎士の腹にヤクザキックをかました。

 当然、死なないように手加減は忘れない。

 

 ゴキャっと金属が潰れる派手な音が鳴った。

 

 俺の蹴りをまともにくらった騎士は空中を数秒お散歩した後、見事な三点着地を決めた。

 胴鎧に足の形のへこみを付けてやろうと思ったんだが、蹴られる直前に盾を差し込んだようだ。盾に足形がついていた。

 

 身を起こしたイケメン中年な騎士は、驚愕の表情で俺を見返してきた。他の騎士たちもどよめいている。

 うん、気持ちは分かる。あれを避けて、反撃されるとか思わんよな。

 ぶっちゃけ、重量制御チート使わなきゃ、今頃俺の腹からはオイルだだ漏れだったろうし。

 

〈相手の武器が分かったわ。ユーグリア教立兵器廠、TKOS-308。神殿騎士テンプラーの標準装備よ〉

 

 遺品の剣が鞘ごと削り切られたわけだ。

 

見敵必殺サーチアンドデストロイの世界じゃないって、嘘なの!?」


 ユーグリアのテンプラーとか、冗談じゃない。

 正面からやりあいたくない手合いの筆頭だ。相性としては、最悪に近い。殺しきれないのだ。

 両手剣使いとかなら、斬撃の合間にカウンターを取れる。失敗すればこっちが真っ二つだが、勝てない相手ではない。

 だが、片手剣と盾持ちのこいつらは隙が少ない。こっちの攻撃は盾に防がれる。

 向こうも決定力にかけるが、俺は防御力が低い。

 最終的にジリ貧になって負ける。

 

 武装は俺と同じく、ゲーム世界の標準装備だ。

 もしかして、このイケメン中年って「再生者」か。


〈相手はユーグリアじゃないわよ。スペクトルは青藍せいらんだもの〉


「む……?」


 錆子に言われて、イケメン中年のスペクトルカラーを確認する。

 たしかに、青に緑の入った藍色だった。

 ルルエが緑で、村の人は青だったから……ハーフエルフってことか?

 機甲兵アイでイケメン中年の耳を観察すると、耳が少し長くて尖っていた。

 ということは、こっちの世界の人間ってことになる。しかし、なぜユーグリアの武器を使っているのか。


 目の前のイケメン中年が油断なく剣と盾を構え、口を開いた。


「角熊が出たと聞いてやってきたが、まさか彷徨える甲冑デュラハンとはな」


 今度は初見デュラハン判定ですか、そうですか。


「オッサン、あんたの目は節穴か。ちゃんと頭付いてるだろうが」


 俺がそう言い返すと、イケメン中年がギョッと目をむいた。

 後ろの騎士たちも、「ざわ……」っとしている。


「テツオさん、何が……?」


 しまった、ルルエが出てきてしまった。

 俺はルルエが前に出てこないよう、手を後ろに向ける。


「来るな、ルルエ。穴に戻れ」


「神殿騎士、だと!? テツオ、何をやったんだ?」


 イシュが俺の眼前に陣取る騎士たちを見てそう言った。


 酷い言いがかりをつけられた。


「いや、むしろ、一方的にやられてるんだが」


 「あ」と言ったルルエが、俺の腕をひょいとくぐって前に出た。

 そうして、俺を庇うように両腕を広げる。


「私はメネーネ村の司祭助手、ルルエと申します。敬虔なる神殿騎士の皆さま、剣をお納めください。この人は、悪しき存在ではありません!」


 俺を背にして、ルルエはそう叫んだ。


 イケメン中年と背後の騎士たちは、ポカーンとしていた。

 たぶん、思考がオーバーフローしたのだろう。

 熊をやりにきたらデュラハンが出てきて、いきなり現れた聖職者がそのデュラハンを庇ったのだから。


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