011_questlog.狩猟

 俺はまとっていたマントを一息で投げ捨てる。

 見た目はレーザーを光る剣で弾く騎士が使っていた物に似ているが、佐々木さん愛用の品だ。実戦に即した機能性がある。1アクションで脱げるのもその一つだ。

 なぜか、俺の姿を見てイシュが目をむいていた。

 角熊に向いて、軽く腰を落とす。

 その動作を攻撃準備とみなしたのだろう。角熊は俺に鋭い視線を向け、頭を低く構える。


「オーバークロック・オクタプル


 途端、周囲のすべてがスローモーションになる。

 俺が仕掛けてくると感じたのか、迎撃すべく腕を振り上げようとしている。ひどく緩慢な動きではあるが。

 

 俺は頭の中でコマンドを実行する。

 

 ――クローク。


 そして、一気に踏み込む。

 

「え……テツオ、さん?」


「消えた!?」


 ルルエとイシュの戸惑う声が聞こえる。

 角熊も俺の姿を見失ったようだ。振り上げた手を降ろすべき相手が見当たらず、おろおろとしている。

 

 見えるわけがない。

 

「こっちだ、鈍間のろま


 角熊の背後から声をかける。

 俺の声に反応して、角熊が振り向きながら腕を振り下ろす。

 振り下ろした腕は、大木の半ばまで爪を食いこませて止まった。

 当然、俺はそこにいない。


 長い爪を大木に取られて動きを止めた角熊の懐に飛び込む。

 超振動短剣に電力を供給。角熊の血流の中心、すなわち心臓に向けて得物を寸分の誤差なく突き入れる。

 一瞬だけキーンという甲高い音をさせて、なんの抵抗も受けず剣身ブレイドがすべて体内へと吸い込まれた。

 と同時に、俺の姿があらわになる。

 反撃を回避すべく、すぐさま飛び退った。

 

 だが、予想した角熊の反撃はなかった。

 驚いたように自らの胸からドクドクと噴き出す血を見た角熊は、俺の姿を見て半歩後退あとずさる。


「熊のくせに根性ねえな。もしかして、『熊のくせに』って言われるとへこむタイプ?」


 角熊は怯えた顔をし、踵を返そうとして――倒れた。


〈ターゲットの無力化を確認〉


 心臓を破壊されて生きていられるわけはないか。


 久しぶりにコンボを決めたが、勘は鈍っていないようだ。

 思考と認識の速度を上げる「超脳駆動オーバークロック」をかけて、「光学迷彩クローキング」からの「不意打ちバックスタブ」。

 そう、俺は、デカかくて重くて硬いザン機甲兵の中では異端。

 

 最軽量フレームを駆使する――アサシンなのだ。

 

 「単独で魔王を暗殺できる」と思える所以だ。

 弱点は、ザン機甲兵のくせに打たれ弱いってこと。暗殺が成功しても、「出合え、出合え!」で囲まれてフルボッコだろう。


「は、え……? あれ、死んでる!?」


「そんな、バカな……あの角熊を、い、一撃で……」


 ようやく状況を飲み込めたのか、ルルエとイシュが戸惑いつつも、俺に近づいてきた。


「討伐証明部位ってのが必要だよな?」


 俺は角熊の死体に近づき、どこを切り落とすべきか思案する。

 

「熊の手って、高級食材なんだよな。右手と左手、どっちが美味いんだっけ?」

 

 右手は蜂蜜が染みてて美味いとか、実は左手が利き手なのでそっちのほうが美味いとか。


〈知らないわよ……〉


「両方持ってくか」


「えっと、角です」


 と、ルルエ。

 俺はサパッと角を切り飛ばす。ついでなので、両手も切っておく。

 その様を見たイシュは苦笑いを浮かべていた。


「どこから突っ込めばいいんだ? あんたの異様な見た目か、目の前から消えた技か。それとも、常軌を逸したその短剣か?」


 俺は肩をすくめてみせる。


「色々とこっちにも事情があってな。そういや、コイツのせいで名乗れてなかったな。俺はテツオ、こっちのプリーストはルルエだ」


 イシュは俺とルルエを見やって、無言で頷いた。


「それと、俺の怪しさにはとりあえず目を瞑ってくれ」


「分かった……命の恩人の頼みだ。口をつぐもう」


「助かる。それで、他の二人は?」


 俺がそう問うと、イシュは苦虫を百匹ぐらい噛み潰した顔をする。


「……死んだ」


「コイツにやられたのか?」


「違う、二匹だったんだ。角熊は二匹いたんだよ」


「まさか……」


 驚くルルエに、イシュは何があったのか説明しはじめた。

 

 イシュの追跡能力で、角熊の巣穴はすぐに見つかったそうだ。

 罠を張り、巣穴に松明を放り込んで飛び出してきた角熊を罠に追い込む。簡単なお仕事になるはずだった。

 だが、巣穴から角熊が飛び出してきたまさにその時、二匹目がイシュの背後から現れたのだ。

 眼前の角熊に意識を集中していたイシュは、完全に不意打ちを食らって弾け飛び、しばらく意識を失っていた。

 そして目を覚ましたときには、既に仲間の二人は血の海に沈んでおり、仲間の死体を挟んで二匹の角熊がにらみ合っていたのだ。

 このことを村に知らせるべくイシュは離脱を計ったが、二匹目の追跡を受けることとなった。

 なんとか血を止め、様々な欺瞞工作をしつつ二匹目をかわそうとしたが、あそこで力尽きた――ということらしい。


「……なるほどな」


 狩人のイシュが背中に傷を受けていた理由がそれか。納得だ。

 

 イシュは悔し気に唇を噛んで、


「俺のせいだ……俺が周辺警戒を怠ったから……」


「いいえ。角熊は狡猾です。得物を見つけたら、姿を隠しつつ巧みに近づいてきます。角熊が二匹いたなんて、不運以外のなにものでもありません。自分を責めないでください」


「戦場には、例外なんざいくらでもある。お前は生きてる。それだけでお前の勝ちだ。胸を張っていい」


 ルルエと俺の慰めに、イシュは少しばかり表情を和らげた。

 それでも、今すぐ仲間の死を飲み込むのは無理だろうな。


「よし、行くぞ。もう一匹を始末しなきゃならんし、仲間の遺品も回収しないとな。イシュ、巣穴に案内してくれ」


 俺の言葉に、イシュは硬い表情で頷いた。


    ○


 大木の根元に大きな穴が掘られていた。

 典型的な熊の巣穴っぽいが、ちょっと入り口が大きすぎる。高さが2メートルほどもある。普通の熊なら1mもない。

 角熊ってやつは、四つん這いが苦手なのかもしれん。

 

 イシュの仲間の死体はなかった。

 血の跡があるから、巣穴に引きずり込まれたと見て間違いないだろう。

 

 イシュが鼻をひくつかせる。


「角熊はたぶん巣穴にいるな。俺が逃げてから、外をうろついた様子はない」


「臭いでそこまで分かるのか?」


「強さがな、違うんだよ。巣穴を出入りしてれば、臭いにムラが出る」


「すごいな」


 俺はイシュの鼻を見て、「さす犬」と思った。

 機甲兵にも臭気センサーはあるが、経験に裏付けされたものがないから、取得した情報で状況の予測とかできないんだよな。

 イシュは銅級冒険者らしいが、狩人としての経歴は長いのかもしれない。


 ルルエが首を傾げ、

 

「それにしても、変ですね。角熊がこんな狭い地域に二匹もいるなんて」


 イシュが頷いた。


「俺もそう思う」


「餌場が被ることはないのか?」


「角熊は縄張り意識が強いですけど、住み分けができればめったにそこから出ないはずなんです」


「原因調査は他の奴に任せよう。とりあえず、目の前にいる熊さんを始末せにゃならん」


「その通りだな。おびき出すか?」


 イシュが俺にそう問うてきた。


「そうしよう。俺が暴れるにはちょいと中は狭そうだ」


「幸い、こっちが風下だ。かなり近づいても気づかれないだろう」


 簡単な打ち合わせをして、俺は巣穴出口の横へと移動をはじめた。

 イシュは俺の合図で矢を巣穴の中へ撃ちこむことになっている。

 ルルエはイシュの傍らで周辺警戒。ぶっちゃけ、動物系のモンスター相手にプリーストが出る幕はない。強いて言うなら、イシュが怪我をしたときぐらいか。身体強化があるとはいえ、剛毛の毛皮と分厚い肉に覆われた角熊は打撃系の攻撃が効きにくい。しかも、角熊に一撃でも食らえば即昇天だ。俺の気持ちとしては、「頼むから前に出てくるなよ」だ。


 俺が見つめていたのに気づいたのだろう、ルルエが元気いっぱいで手を振ってきた。

 しかたがないので、小さく手を振り返す。

 無駄に元気で困る。


 巣穴出口の横にとりつき、離れた場所に立つイシュに向け手を上げる。

 イシュが弓を構え、矢を放った。

 緩やかな放物線を描いて、矢が巣穴の中へと飛び込んだ。

 カンと何か硬い物に当たった音がして、「ゴア?」と熊っぽい鳴き声が聞こえてきた。

 足裏の振動センサーが角熊の動きを捉える。角熊は穴の出口に向かって移動を始めたようだ。

 俺は穴の横で角熊が出てくるのを待ち構える。

 あと2mで角熊が穴から出てくる――そこで、角熊が動きを止めた。

 もしかして、俺に気づいたのか?

 

 木陰に隠れていたはずのイシュが顔を出して叫んだ。


「逃げろ! そいつは、魔法を使う!」


 熊が魔法とか、どこのファンタジーだよ。

 あ、ここだったわ。

 

 俺はこの場から離れようとしたが、少し遅かったようだ。

 穴から角熊の角だけがぬっと出てきて、紫電を纏い雷光を放った。

 

 瞬間、視界が白一色に染まる。

 左手にピリッとした感覚。被弾したようだ。


「くそ、先制された。被害は?」


〈左前腕に命中。純粋な電力放射の模様。推定電圧120万ボルト。損傷はなし〉

 

 雷撃魔法ってやつか。てか、雷だよなこれ。

 んなもん、機甲兵に効くわけがない。

 電気ってのは抵抗の低いところを流れていくから、装甲表面をちゃーっと流れて地面に吸い込まれて終わり。自動車に雷が直撃しても、中の人間が平気なのと同じ理由だ。

 むしろ、素手で剣とか握っている人間のほうがやばい。

 きっちりフルプレート着込んでる騎士とか、雷撃魔法は効果ないだろうな。肌が触れているところは火傷するだろうけど。

 

〈電力回収、美味しいです〉

 

 さすが錆子、抜け目がない。

 視界はすぐに回復した。人間と違ってホワイトアウトからの回復は早い。

 

 角熊が巣穴から顔を出し、辺りを確認している。野生動物だから、警戒心が強いのだろう。

 

 そんな角熊と俺の視線が合った。

 目と目で通じ合うことなんてない。

 

 「なんだこれ?」みたいな顔をした角熊の額に、超振動短剣をさくっとぶっ刺す。

 パキンと硬い音が鳴って、額の角が折れ飛んだ。

 それで終わりだった。


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