010_questlog.痕跡

 熊が出たと言われる森は、ゆるやかな山の斜面に広がっていた。ルルエの家がある森とは反対側だ。はるか彼方には、雪を頂いた山脈が見える。かなり高い山だ。

 

 森に続く道は、比較的整備されていた。切り出した丸太を運ぶためだろう。

 

 しばらく森の道を進むと、丸太で組まれた小屋があった。

 木こりの拠点らしい。

 その拠点から先は、整備された道はない。獣道に毛が生えた程度の細い道が放射状に延びているだけだ。

 

 木こりが襲われた場所は二か所。

 同じ場所で襲われたわけではないようだ。距離は3キロほど離れているが、熊の縄張りの広さを考えれば、おかしなことではない。

 

 俺は放射状に広がった細い道の起点に立ち、辺りを見渡す。

 

「3人だっけ? 行方不明の連中って」


「はい、剣士と魔法使い、狩人の3人ということです」


「んじゃ、こっちだな」


 俺がそう言って歩き始めると、ルルエが慌ててついてくる。


「分かるんですか?」


「ほんの一日前だろ。痕跡を辿るのは簡単だ」


 嘘じゃないです。

 機甲兵アイで踏み固められた地面や、草の倒れた方向を検出するのはどうってことないです。

 実際、俺の視界には3人ぶんの足跡がはっきりと映しだされている。


〈検出と画像処理は私がやったんだけどね?〉


 はい、もちろんです、錆子さま。感謝しております。

 

 足跡を辿りながら、俺は武装の確認を行う。

 ぱっと見だと丸腰だが、機甲兵には内臓装備がある。

 

 右の前腕外側には、カーボンナノワイヤーを射出できるワイヤーガン。

 グラップルガンとか、立体機動ナントカみたいなものだ。ワイヤーは極細だが200キロオーバーの機甲兵を余裕で吊り下げることができるし、相手に絡みつけて高速で引けば「シャウッ!」と相手を十七分割できたりする。

 利用できる幅がかなり広く、お気に入りの装備の一つだ。

 軽くテストしてみたが、問題なく動作した。一安心だ。

 

 左の前腕内側には、重力式コイルガン。

 鉄球にネジと磁石がくっついたポッケに収まるカワイイ奴を撃ちだすものではない。

 電磁石の磁力で磁性体を撃ちだす電磁式のコイルガンと違って、重力式は口径に収まるものならなんでも射出できるのが利点だ。ただ、そのぶん初速は遅い。弾薬の補給ができない単独クエストでは意外と助けられた。

 こちらもテスト結果は良好。さしあたって、頃合いの石ころをいくつか弾倉に詰め込んである。石ころとはいえ、人間の頭ぐらいなら軽く抜ける威力がある。


 そして、腰裏の装甲に隠されるように収納されている二本の短剣。

 俺のメインウェポン――なんだが、ゲームの中で使っていた最終装備ではなかった。

 あろうことか、キャラクターメイキング時に自動的に配布される初期装備だった。「四七式超振動短剣」などという御大層な名前がついてはいるが、店売りで1ゴールドにしかならない。あえて言おう、ゴミであると。


 ちょっと泣けてきた。


〈制式装備なんだけど。ちゃんと切れるわよ?〉

 

 そりゃあね。この世界の文明レベルなら、何でも切れる無敵の短剣でしょうよ。

 でもなあ。都合百時間以上をかけてキャンプして、横取りをしてきた他種族の奴らを蹴散らしてまで素材を集めて、ようやく作った伝説級装備が電子の藻屑ですよ。

 泣きたくもなるってもんでしょう。

 

「ホー……」


 思わず背中に溜め息が漏れる。


「なにかありました?」


 ルルエが俺を見上げてくる。上目遣いで、口が半開きだ。

 人間って上のほう見ると、口が開いちゃうよな。

 いや、カワイイから別にいいんだけども。


「なんでもない……そうそう、一つ確認なんだが、何でもほいほい入る魔法の袋とかってある?」


「なんです、それ? 聞いたことないです」


 やっぱりなかったか。

 佐々木ノートにも、インベントリーや魔法の袋的な物はないから、旅の準備は厳格にしろと書いてあったし。この世界に来て早々にインベントリーを開こうとしたが、うんともすんとも言わなかったから、絶望的ではあった。

 しこたま溜め込んだレアアイテムとか、装備とか、全部電子の藻屑か。結局、エリクサーなんか一回も使わなかったなあ。


 ――つわものどもが夢の跡。諸行無常。


 脳内でチーンという鐘の音が鳴った。

 

〈人間と思われる熱源が1。二時方向、距離300〉


 錆子の冷静な声が俺を現実に引き戻す。


 その距離で見つけたのはラッキーだ。

 森の中や市街地のような見通し距離があまり取れない場所は、センサーの精度が極端に落ちるからな。


「ルルエ、生存者かもしれん。行くぞ……」


 俺は森の小道を外れ、藪の中へと分け入った。


  ○  

 

 オレンジ色の髪に、三角の耳がピンと立っていた。外側はオレンジ色、内側は白い色の毛が生えた尻尾が腰から生えている。

 黒目がちのつぶらな瞳が苦痛に歪められ、こちらを見上げていた。

 

「柴だ、柴がおる……」


 どう見ても柴犬にしか見えない獣人が、大木を背に座り込んでいた。

 顔は人間っぽいが、鼻の頭がちょっと黒い。

 俺が知ってる言葉で言うなら、典型的なキシリス人だ。

 キシリス連邦――ゲームだと犬とか猫とか、とにかく野生の獣人王国だった。獣スキーの人や犬猫好きがこの陣営に入った。ちなみに、すらっとした頭身の高いイケメンと美女がお好きな方はユーグリアに流れた。ザンは……ロボットに魂を引かれてしまった残念なオッサンの巣窟だ。


〈スペクトル、赤。キシリスね〉


 錆子が見つけた熱源反応は、この獣人だったのだ。


犬人いぬひと……行方不明パーティの狩人ですね」


 ほう、「いぬひと」って言うんだな。

 典型的な地球人っぽい人は、只人ただびとって言うらしいから、猫の獣人は「ねこひと」かな?


「お前ら、は……?」


 柴獣人が苦し気に言葉を吐いた。

 若い男の声だった。線が細くて顔が中性的だったから、男女の区別がつかなかったが、どうやら男だったようだ。


「ギルドにお前たちの捜索依頼を受けた者だ」


 俺がそう言うと、柴獣人はどこか安心したような、情けないところを見られて恥じ入るような、そんな表情を浮かべた。


「……手間をかけたな」


「話は後でいい。ルルエ、治せるか?」


 柴獣人は背中をやられていた。

 熊の奇襲でも受けたのだろう。三条の切り傷が斜めに走っていた。特に真ん中の傷が深い。血は止まっているが、放っておいていい傷じゃない。

 俺は柴獣人を抱えて、俯せに寝かせる。

 

「はい……」


 ルルエは腕まくりをして、両手を合わせた後、自らの腕をパンパンと叩いていく。


「聖なる、大地の、命の雄叫び……」


 その呪文は色々とマズい気がする。

 たしかに、治療するという行為には合致しているかもしれんが。


 ルルエは両手を傷に向け、


「ホリィミン!」


 と叫んだ。


 一瞬、俺と同じ夢を見たクラゲっぽい生き物の姿が脳裏をよぎった。


 ルルエの両手から傷に向けて、極細の光の線が幾筋も伸びる。ルルエは集中しているのか、硬く目を瞑っていた。

 きらきらと輝く光点が傷口に吸い込まれていき、半ば化膿していた傷がみるみる塞がっていく。

 

「……すごいもんだな」


 回復魔法を間近で初めて見たが、かなり神秘的な光景だ。


〈光の点は医療用マイクロマシンの散布。細い線は電力供給ラインよ〉

 

「え、魔法じゃねえの?」


〈ユーグリアがそう言い張ってるだけ。彼らの教義は、物質文明の否定だもの〉


「でも、ルルエは生身だろ?」


〈ザンの言葉でいうなら、人間の体内で合成したタンパク質機械と生体バッテリー、ナノモーターを駆使した治療行為よ、これは〉


「科学やん……」


〈純然たる科学よ。ユーグリアは、人の身を保ちつつ、いかに最高の個体となれるかを追及したの〉

 

「それって、戦闘力を求めるあまり、体を機械に置き換えたザンとあんま変わらなくねえか?」


〈同じよ。手段が違うだけでね〉

 

 なにか、色んなものをぶち壊された気がする。

 

 俺は機甲兵アイをルルエの手元に向ける。

 最大解像度で傷が癒える様を見てみると、たしかに透明な蜘蛛っぽい何かがせわしなく動き、生体組織をくっつけたり口から何かを吐いて隙間を埋めたりしている。

 うん、これ魔法じゃないわ。


「剣と魔法の世界を返せ!」


〈うるさいわよ〉


「終わりました」


 ルルエがドヤ顔で俺に振り向いた。心なしか、鼻息が荒い。

 

 俺の心の叫びとは関係なく、柴獣人の傷は綺麗に塞がっていた。

 大きくえぐられた部分はさすがに元通りというわけにはいかなかったようで、若干皮膚がへこんでいた。とはいえ、あれだけの傷を塞いでくれたのだ。文句はないだろう。


「助かった。ありがとう」


 そう言いながら、柴獣人が身を起こして立ち上がった。身長は165センチぐらいだろうか。意外と小柄だった。

 あの怪我からすぐに立ち上がれるとは思ってなかったんだがな。


「痛みや倦怠感はないのか?」


 俺がそう問うと、柴獣人は背筋を伸ばしてキリっとした顔を向けてきた。

 

「体は動く。それだけで十分だ。少々の痛みで泣き言を漏らすなど恥だ」


 中性的な顔で随分と男前なことを言う。柴犬だけに、プライドも高いのだろうか。


「獣人のかたは、回復力も高いですから」


 と、ルルエが補足してくれた。


「シバ族のイシュだ。礼を言う」


 柴獣人の男――イシュはそう言って頭を下げた。


 マジで柴犬だった。


「もしかして、レトリバー族とか、プードル族とかもいるの?」


「ほう……詳しいんだな。あんたはシバ族を知っているみたいだったし、犬人の友人でもいるのか?」


「海の彼方にある故郷の実家にいたぞ。住み込みの門番がシバ族だったな……」


 嘘じゃない。嘘じゃないぞ?


 イシュは誇らしげな表情を浮かべ、


「なるほど。我が一族は、遥かな海を渡るほどに広がっていたのだな」


 なんか真面目そうなイシュに、冗談だとか言えなくなってしまった。

 まあいいや。


「んじゃ、話を聞かせてく――」


 脳内に警告音が鳴り、錆子の無機質な声が響く。


〈動体反応、1。4時方向。距離30〉


 4時方向にいたイシュをひっつかんで俺の背後に転がし、ルルエを背に庇う。


「距離30とか、近すぎだろう」


〈木の陰を使って接近されたみたい〉


 俺が体を向けると同時に、木の陰から黒い塊が姿を現した。

 そいつは、シルエットは熊だが、やたらと手足が長い。そして、額から太く尖った角が生えていた。しかも、熊のくせにしっかりと二足歩行しており、身長は俺より高かった。3m弱といったところか。


「これ、熊……か?」


 俺の後ろでイシュが叫んだ。


「こいつだ、俺はこの角熊にやられたんだ」


 どうやら、この角熊ってのが依頼目標らしい。


〈予想戦力、最低0.2、最大0.4〉

 

 俺を1とした場合の戦闘力予想だ。

 あくまで予想だから、幅が出るのはしょうがない。

 つっても、最大で0.4なら油断しなきゃどうとでもなる。


「慣らしと確認も兼ねて、ちょいと本気でいくぞ」


〈了解。武装制御システム、オールアンロック〉


 さあ――久しぶりの狩りだ。

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