008_questlog.決意
電気のない世界だと、本気で夜は真っ暗になる。
俺は佐々木さんが使っていた部屋のベッドに横になっていた。
機甲兵が寝っ転がっても大丈夫なベッドだ。それはもう堅牢に作られている。
マットレスは、ぶっちゃけ人間が寝るのは無理だろうと思えるぐらい硬い。自動車のサスペンション用のコイルばねを敷き詰めて、分厚い熊っぽい獣の毛皮をかけたものと言えばどんなものか想像がつくだろうか。
佐々木さんの最後の言葉――あれって、遺言だよな。
あの遺言を聞いた後、ルルエは俺をこの部屋に案内して、「しばらく一人にしてください」と言って自室にこもっている。
俺には、何もしてやれることはない。
本人が時間をかけて飲み込むしかないと思う。
そもそも、傷心の女性にかけるべき言葉など、年齢イコール彼女いない歴な俺の引き出しに入っているわけがないのだ。
「ところで、俺って睡眠が必要なのか?」
〈当たり前でしょ。脳みそは生身なんだから〉
「なんか、ちょっと安心したわ。てか、俺の脳みそ、どこにあんの?」
〈骨盤の真ん中〉
「へえ……」
そう言われて腰の辺りを見る。うん、装甲しか見えねえ。
〈見てみる?〉
「見れるんかい!」
〈機甲兵には、たまにあるらしいから。自分は本当に人間なんだろうかって不安になっちゃうことが。だから、見えるように出来てる〉
「言われてみりゃ、さもありなんだなあ。てか、なんで骨盤なんだ?」
〈人体でもっとも慣性力が働かない場所だから〉
「なるほどな」
そう言われて納得できた。
確かに、腰はどんな運動をしても、動きが小さい。
赤ちゃんも骨盤で育つもんな。そう考えると、人体ってよくできてるなあ。
〈最大レベルで警戒しておくから、寝ていいわよ〉
「いや、これからのことをちょっと考えたい。錆子、魔王について三行でよろしく」
〈ヴォーズ帝国皇帝。数十年に一度、大陸全土に侵攻。勇者に討伐されるか、約十年で活動を収束〉
綺麗に三行でまとめてくれました。
「てか、綺麗すぎて、訳分からんな」
〈与えられたタスクに完璧に答えたのに、文句言われるとか。叛乱起こしていい?〉
「人類のリーダーを抹殺するため、過去に送り込まれそうだからやめてほしい」
〈アホなこと言ってないでさ、アンタのプランは?〉
「プランねえ……」
魔王暗殺計画とかカッコイイ響きなんだけど、現実的な手段がまったく思いつかない。
そもそも、最初に考えていた「魔王=悪魔ちっくで魔物の親分」という前提が吹っ飛んだからなあ。
要するに、「魔王」ってのはこの世界の人間たちが呼んでいる俗称だ。
悪魔のように領土拡張を繰り返すヴォーズ帝国の皇帝を差す言葉でしかない。
佐々木さんの手記によれば、ヴォーズ帝国の国力は周辺諸国を圧倒している。人口は約1億人。大陸全体の人口が概算で約5億。言ってしまえば、人類の5分の1が帝国人だ。
当然、軍も強大で精強。
ルルエが当たり前のように魔法を使っていたぐらいだから、攻撃系の魔法を使う奴も山ほどいるだろう。
そんな国の皇帝をどうやって暗殺しろってんだろうな。
「うん、無理ゲー」
〈アンタなら、できるんじゃないの?〉
「たぶん、殺れる。問題は、俺も死ぬ。それじゃあ意味がないだろ?」
〈そうなの? 任務達成できるんならいいじゃない〉
あー、やっぱこいつAIだ。
口調が人間ぽいからつい忘れがちだが、所詮は俺の脳みそに寄生している電子の妖精さんなのだ。
人間の死にたくない欲求の強さを理解していない。
「却下だ。最低ラインとして、俺が生還できる目算がたたない限り単独での暗殺は不可。これは命令だ」
〈了解。現状のプランを破棄。以後の作戦プランはその指針に基づき作成します〉
こいつのプランとやらは、「さくっと暗殺」だったようだ。
どうしょうもなくなればやるしかないのだろうが、いきなりそんな片道切符な電車に乗りたくないです。
〈んじゃ、周辺諸国を糾合して帝国に侵攻、皇帝を討つってのは?〉
「どこの亡国の王子だよ」
この世界の歴史上には、そういう英雄がいたらしいけど。てか、その英雄が勇者と呼ばれてるんだよな。成したことに対する尊称が「勇者」なわけで。
だいたい、俺そういう柄じゃねえから。
どう見ても人間じゃない俺が国の偉いさんを説得とか、単独暗殺任務よりミッションインポッシブルだわ。
「はあ……。魔王をちゃーっと倒して、俺をこの世界に放り込んだクソ野郎をぶん殴って、さくっとログアウトしちゃおうっと……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」
〈アホだわ〉
「うるさいわ。とりあえず今日はいいとして、明日からどうすっかな……さしあたって、ヴォーズ帝国の帝都にでも行ってみるか」
〈敵状視察?〉
「そのつもりだ」
道中は、普通に駅馬車が運行されているようだし。
三種族での血みどろの戦争なんかやっていないようだから、
〈ルルエが来たわよ〉
「みたいだな。少しは落ち着いたかな」
30秒前から、こちらに向かってくるルルエには気づいていたが、錆子も気づいていたか。
10秒ほど、この部屋のドアの前でじっとしているのだが。
「まだ起きてるぞ。用があるなら、入ってくれ」
俺はそう言いながら、ベッドから身を起こす。
マットレスから、ゴキゴキという音が鳴る。マットレスが鳴らす音じゃないな。
「ひゃ、ひゃい……!」
いきなり室内から声をかけられたからだろう、ビクッとしたルルエが、おっかなびっくりドアを開けて部屋に入ってきた。
「こんばんはぁ……」
ルルエは毛布にくるまっており、端をずるずると引きずりながら俺の目の前にやってきた。
小柄なルルエが、モコモコ状態でとことこと歩いてくる様は、なかなか面白カワイイ。
「あの、一緒に寝てもいいですか」
「……は?」
ルルエは俺の返事を待たず、懐に飛び込んで抱き着いてきた。
ゴッという女性からはあまり出てほしくない音が響く。
「う、痛い……でもこの硬さがいいんですよね。ちょっと冷たいところも。石のお家みたいで安心できます」
「いや、あの、ルルエさん……?」
「お父さんも、テツオさんと同じぐらい硬くて冷たかったので。慣れたものですよ」
「……そういうことじゃねえよ」
ルルエは心底不思議そうな顔をして、コテっと首を傾げた。
「もしかして、何かご予定でも?」
純真で穢れを知らぬ美貌の乙女が無防備に首を傾げる様は、なかなか絵になる。
普通の男なら、一発で轟沈だろう。普通の男ならな……。
「いや、寝るだけだ」
いまの俺には、ドキドキする心臓すらない。愚息は次元の彼方へと去りにけりだ。
そもそも、31歳魔法使いの俺が、こんなカワイコちゃんと同じベッドに乗って平気でいられるわけがないのだ。
「よかった」
そう言うが早いか、ルルエは毛布に包まって、俺の横に転がった。
「ううむ……」
どうすんだ、これ?
〈一緒に寝ればいいじゃない。機甲兵は寝がえりなんかうたないから、潰す心配もないわよ〉
そういうことじゃねえし!
〈じゃ、どういうことよ!〉
どうもこうもなかった。
「寝るか……」
俺がそう呟くと、毛布に包まったルルエが目を薄く開けた。
「テツオさんも、魔王を倒しにいくんですか?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、私も連れてってください」
俺は内心で溜め息をつく。
こう言い出す確率は二割ぐらいかなと思っていたが、意外にこの子は精神的にタフなようだ。父親の仇、足跡をたどりたい、本当に死んだのか確認したい。そういった気持ちがあるだろうなとは思っていた。
とはいえ――。
「それはできない。佐々木さんの遺言もある。君には安全な場所で暮らして欲しい」
「イヤです」
ルルエはきっぱりとそう言った。
「お父さんの気持ちはすごく嬉しかった。でも、私の気持ちはどこにあるんです?」
「それは……」
「私もこの村の人や教会のお爺ちゃん、みんなの暮らしを守りたいって思っちゃダメなんですか?」
「…………」
俺には返す言葉がなかった。
「それに、私も、外の世界を見てみたいんです」
と言って、ルルエは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「むしろ、そっちがメインじゃないのか?」
「いけませんか?」
思わず笑みが漏れる。
佐々木さん、この子、結構強いわ。
「いや、悪くない。そうだな、君も大人だしな。君の意思を尊重しよう」
ルルエは花が咲いたかのような笑みを浮かべ、身を起こして俺の顔を正面から見つめてきた。
「ふふっ、ありがとうございます。それと、君とか呼ばないでください。なんか他人行儀な気がするので」
「オーケー、分かったよ、ルルエ。それから、俺に対して敬語は不要だ」
「はい、分かりました、テツオさん」
ルルエはそう言って、俺の腕に毛布を絡みつけ抱き枕のようにして横になった。
「……明日は、村を……案内しますね」
ムニャムニャ言って、ルルエはすぐに寝息をたてはじめた。
寝つき良すぎだろ、この子。
まるっきり父親と同じ感覚で俺に接してるんだろうなあ。
幸せそうな寝顔のルルエに何も言う気が起きず、俺は体を固めるしかできなかった。
無警戒で眠る柔らかそうなルルエの膨らみが目に入るも、触りたいという欲求すら起こらない。
「要するに、24時間賢者モードってことだよなあ」
すげー損してる気がする。
なんか腹立ってきた。
「あーくそ! 早く人間になりてえ!!」
〈うるさい。アンタも早く寝なさいよ〉
はい、すみません……。
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