007_questlog.告解
サッキー卿、もとい、佐々木さんの手記をテーブルに叩きつけた俺は、やり場のない怒りを収めるべく、深呼吸を……。
「っく、できねえ!」
〈いいかげん覚えなさいよ〉
脳内に、呆れたような錆子の声が響く。
それは分かってる。分かってるんだが。
感情と身体の
「錆子、なんとかできねえ?」
〈ん~。できなくはない〉
できるんかい!
ならやれ、いますぐやれ。
〈ま、しょうがないか。機甲兵のメンタルケアも私の仕事だしね〉
錆子がそう言うと、体の中から何やら音が聞こえてきた。
ベキョ、ボコッ、メキメキ、グチャ、ベチョ、ニチャアア――。
ろくでもない音しか聞こえないんだが?
〈はい、深呼吸〉
はええな、おい。
俺は言われた通りに深呼吸をする。
「コー……」
おお、首の根元あたりに、空気の流れを感じるぞ。
しかし、微妙な違和感がある。
吸うときは前から吸っているが、吐くときは背中側に抜けていた。
「ホー……」
〈ついでだから気体分析系のセンサーを集約してそこに通したの。経路が複雑になるからこれで我慢しなさい〉
理由があるなら、まあしょうがないか。
しかし……。
「コー……ホー……」
この呼吸音、聞き覚えが……。
どこぞの真っ黒卿じゃねえか!
〈アンタも真っ黒だから問題ない〉
はい、そうでしたね。
ルルエが心配そうな目を向けてくる。
「あの……テツオさん、お体の具合でも?
「大丈夫だ。それに、俺に回復魔法は効果がない。気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ」
「そうなんですね。お父さんに手かざしをしたことがなかったので、知りませんでした」
コーホーやって怒りを鎮めた俺は、改めて佐々木さんの手記を手に取る。
「さて……佐々木さんかぁ……」
同じクランの
キャラクター名が「佐々木さん」。
ネトゲあるあるだが、敬称をつけるとややこしいことになる系の名前だ。
見た目がロボットなので外見からは年齢の予想はつかないが、いい歳のオッサンで妻子持ちらしく、何かにつけて「娘がな、娘がな」と言っていた。
もっとも、ザン共和国所属のプレイヤーは「99%がオッサン」と言われていたほどなので、珍しい話ではない。残り1%は、「兄ちゃん」である。女性? ははっ、機甲兵に性別などないのだよ。
実際、クランメンバーは全員オッサンだったしな。
ユーグリアやキシリスの連中からは「加齢臭がするから、こっちくんな」と言われていた。言うまでもなく、皆殺しである。
ちらりとルルエを見る。
娘好きスキー佐々木さんのことだから、さぞかし大事に育てたことだろう。
本当の娘を重ねて……。
俺は手記のページをパラパラとめくっていく。
ルルエを拾ったことで、ここに拠点を置くことになったこと。小さな子供がいるせいで、長期間の放浪ができなくなったこと。それでも、ルルエのおかげで人間らしい暮らしができたとも、そのことに感謝もしている。
いい父親やってんじゃねえか、佐々木さん。
9年か……。
想像するだけで、ちょっとしんどい。
リアルに置いてきた妻子を想いながら、必死に帰る方法を探したのだろう。
とあるページで俺の手が止まる。
「錆子、記録取ってるよな」
〈当然。スキャン済み〉
佐々木さんが各地を放浪して集めた情報の集約だ。
特に、「俺たち」のような存在について。
『狂乱と閃光の
――再生者。
色々と解釈できてしまう。非常に気になるな。
そして、この世界の各地に再生者がやったことが半ば伝説のように残っているそうだ。
佐々木さんが調べた限りでは、最古のものが300年前。
300年て。
そんな昔に、『狂乱と閃光の銀河』はサービス開始してたんすかね。
んなわけない。
やはり、俺の予想した通りだった。
この世界の時間と、俺の主観時間はまったくリンクしていない。
ルルエが佐々木さんと過ごした時間と、俺の記憶している時間が合わないのだ。
なんせ、佐々木さんとは、
もう一つ気になる情報があった。
――再生者は、10年でこの世界から消える。
文字通り、消えるのだという。
再生者の死を目撃した者も、その死体を見た者も皆無。そして、消えた再生者が再び目撃された例はない。
その神秘性から、ユグリア教においては、「再生者は神の使徒ではないか」と言われているほどらしい。
神の使徒ねえ……。てか、俺も10年で消えるのか?
10年経てば、自動的にログアウトできるのだろうか。
もしくは――溶鉱炉送り。
それだけは勘弁してほしい。
ただ、ピンときた。
再生者がこの世界にあらわれるのは偶然じゃない。何者かの意思を感じる。
『クエストジャーナルをよく見ろ』
手記にそう書かれていた。
俺は慌ててクエストジャーナルのウィンドウを開く。
やはり、『魔王を討伐せよ』としか書かれていない。
まてよ……。
俺はウィンドウを下へとスクロールさせる。
どうやら、このウィンドウには、まだ続きがあるようだ。
しばらく空白が続いた後に、最下段に文字列があった。
『期限:3656日』
ぱっと見、「ん? 一年?」と思ったが、桁が違った。
マジで10年だ。一週間多いのは、サービスか?
「ホー……」
思わず溜め息が漏れる。
さっそく開けた穴が役に立ったようだ。背中から空気が噴き出す。
どこの誰だか知らないが、俺や佐々木さんをこの世界に放り込んだ奴がいる。
――神か? この世界には、神さまがいるってか?
「……ふざけんじゃねえ」
俺は、そんな神さまなんか信じない。
明確な意思を持った、クソ野郎が存在するのだ。
だったら――。
そいつをぶん殴って、俺は帰るぞ!
心中に怒りの炎が吹き荒れる。そして、その炎が確固とした闘志を形作った。
だが一方で、怒りとやる気に満ちた心を、冷静な頭脳が違和感をもって見つめる。
俺ってこんなに怒りっぽくて熱い奴だっけ。
あ、分かっちゃった。
錆子さんや?
〈正解。ザン機甲兵は戦闘行動に繋がる感情をブーストしてまーす〉
もはや何も言うまい。
俺は、そういう体を抱えて、この世界で生き延びるのだ。
そんで、クソ野郎をぶん殴る。
俺は新たな決意を胸に、手記をめくる。
そこからは、この世界の歴史であったり、地理であったり、各国の名称や情勢、さまざまなデータが列挙されていた。
これは助かる。
こういう基本情報って、いちいち聞くのも面倒だし、聞いたら聞いたで変な目で見られるだろうし。
そして、「魔王」について。
かなり調べたようで、民間伝承から各国のスタンスまで書かれている。
――魔王討伐。
右も左も分からないこの世界に放り込まれて、唯一の行動指針だ。
そりゃ調べもするか。
正直、これは予想以上の収穫だ。
後でじっくり吟味しよう。
魔王のことを最後に、佐々木さんの記述が終わった。
白紙のページを何枚かめくると、硬い手応えがあった。
二枚の白紙ページが糊付けされており、その間に硬い板のようなものが封じられていた。
これって、
ちょっとエッチぃ雑誌でよくある、アレだよな。
まさか、ルルエの秘蔵写真がここに隠されているのでは!?
〈画像じゃないから〉
っち、期待して損したぜ。
〈ハァ…………〉
本日何回目の溜め息だ、錆子。
そんなに溜め息ばっかりついてると、小じわが増えるぞ。
〈アンタの脳みそがツルツルだってのは分かったわ〉
うるさいわ。
俺は手記を掲げ、袋綴じのページをルルエに示す。
「ここに何か板っぽいものが入ってるんだが、破ってもいいか?」
ルルエは神妙に頷く。
「はい。私も気になってたんですけど、理解できる人が見てくれるまでは開けないようにしてたんです」
なるほどな。
白い紙を透かしてみても、文字らしきものは見えない。それに、手記の内容が理解できないんじゃ、うかつに封を切るわけにもいかんか。
俺はスカウト七つ道具の一つ、極細ナイフを指先から出す。
シャキッとな。
スパイの隠し武器みたいで気に入っている。
さくっと袋綴じを開けると、中から厚さ一ミリほどのやたら硬くて軽い板が出てきた。
「なんだ、この板……?」
〈高密度セラミックプレート。機甲兵の自動修理機構を利用して作ったものね〉
ほう。そんな応用が効くのか。
とはいえ、自動修理は軽微な損傷にしか効果がないから、期待しすぎるのはやめとこう。
〈これ、情報プレートよ。スキャンしていい?〉
機甲兵アイでよくよく見ると、確かに極小の穴がみっちりと並んでいた。
三次元バーコードだった。
穴の深さで情報を保持しているってやつだ。物理的に穴を掘ってあるから、経年劣化しにくい。
「いいぞ。一応、セキュリティレベル上げとけよ」
〈無論。サンドボックスにスキャン結果を展開……〉
あっという間にスキャン結果が出る。
これは――。
「ルルエ、これから俺が言うことは、君のお父さんの残した言葉だ。よく聞いて欲しい」
背筋を伸ばしてルルエが頷く。
「はい……!」
俺の口、というかスピーカーから、俺ではない男の声が響く。
「この言葉を聞いているということは、私はもうこの世界にいないということなんだろうな」
ルルエがガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「お父さん!?」
そう、三次元バーコードに埋め込まれていたデータは、音声データだったのだ。
佐々木さんの声だ。
俺の思考など関係なく、スピーカーが音声を流す。
「今さら隠し立てするのも意味がないな。正直に言おう。ルルエ、君を育てたのは代替行為だった。私には国に娘がいる。その代わりなんだ。それに、何度も君を捨てようと思った。行動が制限されてしまうからね」
佐々木さん、さすがにゲロりすぎです。
案の定、ルルエは唇を硬く引き結び、手を白くなるほどに握りしめている。
「だが、できなかった……君には何の罪もない。罪があるとすれば、この私だ。無垢な子供を己の感情を鎮めるために利用したのだからね。それでも、後悔はしていない。何より、理不尽な暴力に刈り取られる命を、救えたからだ。私は自分のことを人間だと思っている。たとえ、鋼鉄の体を持っていても、他人と共に同じ食事をとれなくとも、私は人間なのだ。君を救い、育てることで、その証明となるかもしれない。私はそう思っていた」
ルルエの目が大きく見開かれた。
この先の言葉を俺は既に知っている。正直、しんどい。でも、言い切らないといけない。
佐々木さんじゃないが、俺だって一人の人間で男だ。
根性を見せないといけないのだ。
「私が浅はかだったのだ。何度、村の教会に君を預けようと思ったことか。私のような鉄の塊ではなく、普通の人に育てられたほうが君のためになるのではないか、そう思っていた。それでも、私は君との暮らしを捨て去る勇気を持てなかった。認めよう。救われたのは、私だったのだ。ルルエ、君の存在が私を救ってくれたのだ。何度絶望に囚われ、己の命を絶とうとしたことか。それでも、その度に君の笑顔が私をこの世に引き留めてくれたのだ。ありがとう、ルルエ。君に限りのない感謝を」
ルルエの表情が歪む。
正直、見てられない。
勘弁してくれよ。俺、こういうの弱いんだからさ。
とはいえ、ちっとも悲しいとか泣きそうとか思わないんだけども。
さすが、ザン機甲兵、冷血殺戮マシーンだぜ。
〈……黙りなさいよ〉
錆子の声がちょっと暗い。
「だからこそ、私は魔王を倒す旅に出ることを決意した。クエスト期限が365日を切ったのもそうだが、何より魔王が動き始めれば、この世界は戦乱の渦に巻き込まれることが分かったからだ。君の穏やかな暮らしを守るために、私は魔王を倒す。いずれにせよ、私はこの世から消え去るだろう。だが、悲しまないでほしい。親が子より早く世から去るのは必定だ。どうか、君は君の幸せを掴んで生きて欲しい。新しい家族を得て、子供たちの
そこで一度、佐々木さんは言葉を切った。
そして、まるで目の前にルルエがいるのが分かっているかのように、優しく語り掛けた。
「たとえ種族が違おうとも、血の繋がりがなくとも、お前は私の自慢の娘だ。
ルルエ、愛しているよ」
そこで音声データは終わった。
ルルエは滂沱の涙を碧緑の瞳から溢れさせ、ただ静かに佇んでいた。
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