006_questlog.手記
ルルエの自宅は、小ぢんまりとした木造の家だった。
小ぶりではあるが、父娘の二人が住むなら十分な広さだろう。
外壁は杉板のサイディングで覆われており、断熱性の高そうな造りだ。
おっかなびっくり中に入ると、床板がしっかりしており安心した。機甲兵の俺が歩いてもたわんだり嫌な音を出したりもしない。そりゃ、機甲兵のお父さんが暮らしていたのだから、そんな軟な造りではないか。
内部空間は、太い丸太から切り出したのだろう、見事なティンバーフレームが組まれていた。典型的な釘を使わない製法で、大工の腕の良さがうかがえる。
壁面には比較的大きな窓が開いており、きっちりと窓ガラスがはまっていた。ただ、ガラスは完全な平板ではなく、微かに歪んでおり縦に筋模様が見える。ガラス自体はけっこうな大きさだ。小さな円盤状のガラスをいくつもはめたロンデル窓よりも後の時代の製法、シリンダー法で作られた物のようだ。
室内に電気製品の類は一切見られない。居間の壁際にはでっかい暖炉がでーんと鎮座している。照明はオイルランプのようだ。
「木材の加工精度も高いし、気密性もいい。ガラスも大きいし濁ってない。電気を使ってるようには見えないし……地球換算で18世紀から19世紀ってとこか?」
逆に言えば、『狂乱と閃光の
ゲーム中の建築物は未来感あふれるデザインだったから、これだけを見てもこの世界が俺の知っているゲーム世界とは違うものだと感じさせる。
〈アンタって妙な知識もってるわよね〉
「っふ、ゲームディレクターをなめてはいけないよ。時代考証をちゃんとしとかないと、色々と『警察』が沸くのだよ」
〈あっそ〉
「どうぞ、お座りください」
ルルエは居間の中央に鎮座しているごっついテーブルをさした。
テーブルの横には、一脚だけやたら幅広の鋳鉄製の椅子がある。
なるほど、機甲兵と暮らすには、なにより頑丈さが求められるわけだ。
「失礼する」
俺が勧められた椅子に座ると、ルルエも向かいに座って、透明な液体の入ったグラスを俺の前へと置いた。
「あの、ちゃんとしたおもてなしができなくて、ごめんなさい。でも、機甲兵のかたなら、これでいいですよね?」
「これは……?」
ルルエはニコニコしながら、
「お酒ですよ。お父さんも飲んでました」
俺、口ないんだけど。どうすんだ、これ。
声は首のあたりから出てるから、口とは違うんだろう。てか、スピーカーかな。
そもそも、機甲兵って何食うんだ?
〈食物は必要ない。けど、これは助かるわ。96%のアルコール。燃料として十分〉
「96度の酒……?」
そういや、ポーランドにそういう酒があるって聞いたことがあるなあ。日本だと消防法で「危険物」扱いされてるって。火気厳禁で、知らずにタバコを吸った奴が燃えたとかなんとか。
酒と言うか、ただのエタノールだよな。
〈これなら直接発電できるから。燃料のことが心配だったけど、ちょっと安心〉
なるほど、エタノール燃料電池か。
「てか、俺ってバッテリー駆動なの?」
〈基本は、反物質電池よ〉
「ぶほっ……!」
茶噴いたわ。お茶噴く口はないけどな。
ていうか、反物質て……!
1グラムで、原爆2発分とかいうトンデモ物質だろ、それ。
大丈夫なのか、俺。
いきなりドカンとか洒落にならんぞ?
〈たいした量じゃないから。0.01グラム。TNT換算で430トン〉
TNT火薬430トンは、たいした量だからな!
〈問題は、反物質の補給は簡単にできないってこと。だから、普段は代替燃料で補ったほうがいいわよ〉
言われてみれば、たしかにそうかもしれん。
この家を見る限り、反物質スタンドがあるような世界じゃなさそうだもんな。
「あの、どうしました? お口に合いませんか?」
「ごめん、ごめん。俺の頭の問題だから気にしないでくれ」
ルルエは何が可笑しいのか、くすりと笑った。
「ふふっ……お父さんもそうでした。たまに、見えない誰かとしゃべってるんです」
あー、サッキー卿も脳内漫才やってたのか。
そりゃ、何も知らない他人から見れば、一人でブツブツ言ってる怪しい奴だもんなあ。
〈漫才やってるのは、アンタだけだと思うわ〉
黙らっしゃい。
ところで、この酒ってどうやって飲むんだ?
〈ん。いただきますって言って〉
「いただきます」
そう言った瞬間、鎖骨の根元あたりから黒くて細いチューブが延びて、グラスの中に入った。と思ったら、一瞬で吸い出してグラスが空になった。
「えーと……ごちそうさま?」
96度の酒をイッキとか。
人間だったら即死だろ、これ。
ルルエはにこりと笑って、
「はい。お粗末さまでした」
「それで、俺に聞きたいことがあるって言ってたが」
ルルエは神妙に頷いた。
「テツオさんのことです」
残念ながら、ルルエの期待にはあまり応えられなかった。
どこから、どうやってここまで来たのか。ザン共和国というのはどういう所なのか。任務が終わったら、国に帰るのか。そして、どうやって帰るのか。
むしろ、どれも俺が聞きたい情報だった。
「すまない。あまり役に立てなかったみたいだな」
かすかな諦観を漂わせた表情を浮かべ、ルルエは力なく首を横に振った。
「いいえ……半分、予想はしてました。お父さんも、何も教えてくれませんでしたから。言わないんじゃなくて、知らなかったんですね」
「そのようだな。俺も情報不足で困ってる」
脳内のイルカさんも、その辺の情報は持っていなかった。
そもそも、ここに投入される直前までアイツ自身も起動していなかったらしいし。帰る方法についても、まったくデータがないそうだ。
肝心なところで使えねえ奴だよ、まったく。
〈……うるさいわよ〉
いつもキンキン五月蠅い錆子の声も少しばかりトーンが低い。
「それで、ルルエのお父さんは、いまどこに?」
「お父さんは……6年前に旅に出たきりです」
やはりか。
ルルエの様子から、そうだろうと思っていた。
俺が座っている鋳鉄製の椅子の座面に錆が浮いてたからな。長いこと座っていないのは、すぐに分かった。
ルルエがサッキー卿に拾われたのは5歳のときらしい。
さすがに5歳ともなれば記憶はあるらしく、両親の顔や自分の年齢も覚えていた。
拾われて9年をこの家で共に過ごし、ルルエが14歳になった頃、サッキー卿は「魔王を倒してくる」と言ってこの家を出た。
それから6年、ルルエは独りこの家で父親の帰りを待っている。
「最初は、とても怖かったんですよ」
「そりゃあなあ。この見た目だもんな」
儚げな笑みを浮かべたルルエが、遠い目をした。
「でも……とても優しい人でした。いつも私の心配をしてて。いま思えば、過保護でしたね」
サッキー卿の気持ちは分かる。
こんな可愛くて、良い子感バリバリの娘だ。大事に育てたくなるのも当然だろう。
俺だったら、この子が男なんか連れてきた日にゃ、両手にショットガン間違いなしだ。
「しかし、よく一人で生きてこれたなあ」
「村の皆さんは良い方ばかりですし、教会の人もよくしてくれましたから。私は幸いにして、回復魔法が使えましたから」
――回復魔法。
ザンにはない技能だ。もっとも、ザン機甲兵の場合、「治療」じゃなくて「修理」なんだけど。それも、最前線ではできないっていう制限つき。
ゲームでは、そのせいで戦闘が長丁場になると、ユーグリアに押されていた。
そうだ、大事なことを聞き忘れていた。
「なあルルエ、この世界って戦争やってるか?」
「戦争ですか? しょっちゅうやってますけど、どれも小競り合いみたいなものらしいです」
「ほう……三つの大国が、泥沼の戦争をやってるって聞いたことないか?」
ルルエは「む~」と唇をとがらせ、斜め上を見つめる。
その子供っぽい仕草に思わず笑みが漏れる。
よかった、この感情は弾圧されないようだ。カワイイを愛でる心は、機械になっても損なわれなかったのだ。
カワイイは正義!
〈うっさいわよ〉
サーセン。
ルルエは脳内検索が終わったのか、俺をまっすぐと見返してくる。
「聞いたことないですね」
「んじゃ、キシリス連邦って国のことは?」
「お父さんも言ってましたけど、知らないです」
「そうか。ありがとう」
――決まりだ。
ここは、俺の知っている『狂乱と閃光の銀河』の世界ではない。
バーチャルかリアルかはおいとくとして、ゲームの常識は一旦捨てよう。
「あ、そうだ!」
何かを思い出したのか、不意にルルエがポムと手を打った。
居間の壁際に置かれていたサイドチェストをごそごそと漁ったルルエは、一冊の革張りの本を引っ張りだして、俺に差し出してきた。
「あの、これ、お父さんの日記みたいなんですけど、見てもらえますか」
「日記、みたい……?」
「文字が読めないんです」
革張りの表紙には何も書かれていない。
表紙をめくると、見慣れた文字が目に飛び込んできた。
――日本語だ。
『ザン機甲兵、”佐々木さん”の活動記録。
もし、この手記を読めるプレイヤーがいたなら、クエストの達成に役立てて欲しい』
俺は思わず、日記帳をテーブルに叩きつけてしまった。
ビターンと革とテーブルが良い音をさせる。
「サッキー卿じゃねえよ、佐々木さんじゃねえか!」
ササキ……
すなわち、サッキー卿。
駄洒落か!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます