005_questlog.父親

 お父さん、とな?

 

 俺は目の前のトランジスタグラマーなエルフっ子を見つめる。


「なんということだ、31歳の魔法使いにエルフの娘がいたなんて! お父さん、ちょっと――どころじゃねえ、非常にうれしいぞ!」


〈んなわけあるかっ!〉


 脳内に錆子さびこの鋭い突っ込みの声が響き渡った。


〈てか、アンタ、お脳のほうは大丈夫? その女のスペクトル、緑よ〉


 ――スペクトルが緑。

 ゲームの中では敵味方の識別を分かりやすくするために、種族ごとに色が設定されていた。

 それをスペクトルカラーと言って、ザン共和国の者なら青、キシリス連邦の者なら赤、ユーグリア教国の者なら緑と決まっていた。ちなみに、モンスターは黒、NPCは灰色だったりする。

 すなわち――。


「ユーグリアか! やべっ!」


 神聖ユーグリア教国。

 ザンと血みどろの戦いを演じる陣営の一つだ。

 

 俺は慌てて飛び退り、全力で周辺索敵をかける。


 最初に気づくべきだった。どう見ても後衛職だ。使った魔法やスキルから間違いなくプリースト。ソロでうろうろしているわけがないのだ。

 狙撃手か、近接アタッカーが潜んでいるのか?


 索敵結果はすぐに出た。

 ――オールグリーン。

 というか、脅威度のある動物すらいなかった。


〈当たり前でしょ。そんなのいたら、私が真っ先に報告するわよ〉


 それもそうか。

 さすが錆子、頼りになるぜ!


〈調子よすぎ。少しは機甲兵らしく振る舞いなさいよ〉


「はい、すみません……」


 ちょっと緩みすぎてたかもしれん。

 いくら状況が分からんとはいえ、不用意に姿を晒しすぎた。

 

 ただまあ、目の前のユーグリア人はまるで俺のことを警戒していない。

 ゲームの中だったらありえないんだけども。

 出会ったら、コンマ一秒で殺し合い! が、『狂乱と閃光の銀河ミルキーウェイ』なんだけどなあ。


 俺は期待の眼差しを向けてくるエルフっ子に視線を向ける。

 うん、こんな可愛い娘がいた記憶はない。だいたい、31歳魔法使いの記憶があるんだから、娘なんかいるわけがない。

 ただ、ちょっと気になることはある。


「俺は君のお父さんじゃない」


「そうですか……そう、ですよね……」


 目に見えてエルフっ子が落ち込んだ。

 しかも、垂れてる耳がさらにテレーンと垂れる。小動物チックでとても可愛らしい。

 ちょっとした庇護欲が首をもたげる。劣情は催さないが、こういう感情は抱けるらしい。


「一つ聞かせてくれ。君のお父さんも、ザン機甲兵なのか?」


 俺の言葉に、エルフっ子がハッとして顔を上げ、同じように耳がピコーンと上がった。

 この子、耳は口ほどに物を言うタイプらしい。


「あ……お父さんと同族の方なんですね!」


 ビンゴだ。

 俺の装甲を見て何か気づいた様子だったから、もしかしたらと思ったのだ。


「ああ。ザン共和国のテツオだ」


「テツオさんですね。私はルルエって言います! お父さんも、ザン共和国の出身だって言ってました。どこにあるのか分からないんですけど」


 エルフっ子改め、ルルエがご機嫌でそう言った。

 ただ、ザン共和国は知らないらしい。ちょっと気になるところだ。


「ところで、ルルエはプレイヤーか?」


「え……? プレ、イヤーッ?」


「変なとこで切らないで。語尾がちょっと事案臭がするので」


 やはり、プレイヤーではなかったか。

 この反応を見るに、俺と同じようにここに放り込まれた者でないのは明らかだ。

 もしかして、ルルエはNPCか?

 でも、機甲兵のお父さんがいるらしいしなあ。謎だ。


「はあ……」


「ルルエはユーグリア人だよな?」


 ルルエは不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げる。

 天然なんだろうが、いちいち可愛いなこの子。


「えっと……ユグリア教徒ではありますけど、私はエルフらしいですよ?」


 ユグリア教に、エルフ……?

 俺の知っているゲームの設定とまるで違う。少なくとも、『狂乱と閃光の銀河』には三種族しかいなかった。ザンとユーグリアとキシリス。それだけだ。


「エルフ……? ルルエの父親はザン機甲兵なんだよな?」


「拾い子なんですよ」


 ルルエはそうポツリと言って、どこか悲し気な表情を浮かべた。

 幼い頃にザン機甲兵である父親に拾われて、育てられたのだそうだ。


「そうか。そりゃそうだよな……」


 いったいどうやって、存在しない器官でエルフっ子なる存在を作り出したのか、非常に興味があったのだが。

 そうですよね、普通に考えればそうですよね!


〈バカなの? バカだ。バカだったね。知ってた〉


 そのバカ三点バーストやめてもらえませんか。

 意外と効くんですよ。


 ルルエによれば、おぼろげではあるが両親の顔を覚えており、母親のほうがルルエと同じように耳が長かったらしい。この国では、ルルエのように耳の長い種族は長耳族――エルフと呼ばれているという。

 そして、ユグリア教というのはこの辺りの国々に広まっている宗教で、一神教だそうだ。軽く教義を聞いたところ、錆子いわく「神聖ユーグリア教国の国教と同じ」らしい。

 だが、ルルエは神聖ユーグリア教国のことを知らないという。

 かつて、父親にも同じことを聞かれ、村の教会でそれとなく調べてはみたが、その名はどの書物にもなかったそうだ。


〈……私のデータベースに、こんな状態の惑星なんて登録されてないわよ〉


 錆子ですら戸惑っている。錆子も俺と同じ側みたいだな。

 

 どうやら、この国――いや、この世界は、「新バージョンのテスト空間」か、それとも「設定のよく似た別世界」だ。

 さすがに情報が少なすぎて、いまの段階でどちらかを確定するのは無理だ。

 

 ルルエは俺の問いに答えつつ、なんの警戒心も羞恥心もない様子で服を着て、俺を先導して歩き始めた。

 自宅にご招待してくれるそうだ。


「テツオさんに、色々聞きたいこともありますから」


 森の小道を歩きながら、ニコニコ顔でルルエはそう言った。

 初対面の男をいきなり自宅にご招待とか、いいのかね。


「……怖くないのか? いくら父親と同族だと言っても、初対面の男だぞ?」


「私の裸を見ても、なんとも思いませんでしたよね?」


 いきなりすごいことを切り出すね、この子は。


「ん……? 美しいとは思ったぞ」


 嘘じゃない。劣情は催していないが、綺麗だとは思ったのだ。


 途端、ルルエの頬が紅に染まった。


「うううう、美しいですか!? そんなこと初めて言われました……」


 ルルエはそう言いながら、長い杖をブンブン振り回して張り出した木の枝や柴を薙ぎ払う。

 意外に握力があるな、この子。

 

 照れ隠しなんだろうか。

 

 かくいう俺の心にはさざ波一つ起こっていない。

 てか、リアルの俺だったら、女性に向かってさらりと「美しい」なんて言えない。

 やっぱ、ザン機甲兵って、そういう感情が起こらないようにできてるんすかね?


〈作戦行動に支障をきたしそうな感情は抑圧されてるわよ〉

 

 デスヨネー。

 ザンの軍隊は冷血集団だ。

 機甲兵だって、ドキドキしたっていいだろ!

 

〈はいはい〉

 

 錆子さんは、通常営業でした。

 

 木っ端をまき散らすことで幾分落ち着いたのか、ルルエは俺に向いて笑みを浮かべた。


「お父さん言ってましたから。そういう情動が起こらないんだって。ザン機甲兵は、世界で一番安全な男だって。だから、テツオさんも安全なんです!」


 お父さーん! ちょっと娘さんにぶっちゃけすぎじゃないっすか!?

 あー、俺と同じだわー。間違いなくザン機甲兵だわー。

 

「そういや、ルルエのお父さんって、何て名前?」


「村の人からはサッキー卿って呼ばれてました」


 卿……?

 こんな辺鄙へんぴな場所に上級官僚が送り込まれるわけはないし、貴族でもないだろう。どこかで騎士の称号でももらったのだろうか。

 ただ、問題は「サッキー」なんて名前のプレイヤーは、俺の記憶にない。


「うーん……お父さんって、俺と同じような黒と赤のカラーリングだったんだろ?」

 

「はい。黒地に赤の縁取り。そっくりです」


 ベースカラーが黒で、装甲の縁を赤に塗っているクランは、俺たちの「黒鋼くろがねの騎士中隊」だけだったはず。ちなみに、なんでクラン名に「中隊」が入っているのかは謎だ。クランマスターのエルンストに聞いてはみたが「黒の騎士つったら、中隊に決まってんだろ!」と返されて、いまもって意味が分からない。

 とにかく、同じクランのメンバーなら名前は全員知っているのだが、本気で思い出せない。

 あとは、何か特徴があれば……。


「そうだ、左肩にエンブレムと白い線は入ってたか?」


 俺はそう言って、左肩を指さす。

 そこには、赤い縁取りをした盾マークの中心に慈悲短剣ミセリコルディアを描いたクランエンブレムと、クラン内階級を示す白い線が二本引かれている。


「あ、その紋章、お父さんと同じです。でも、白い線は一本でした」


 エンブレムが一致したのだから間違いなく、俺と同じクランだ。

 そして、白線が一本。ということは、設立メンバーじゃない。俺の後から入った人だ。

 ただ、中隊といいながら、30人ぐらいしかいない中規模クランだ。設立メンバーの8人を除いて22人。全員の名前を思い出せるが、やはりサッキーさんの名前は記憶にない。

 

「うーむ……」


〈検索したけど、ザン機甲兵に該当者なしよ〉

 

 錆子ですら知らないってことは――偽名か。

 まあ、こんな訳の分からんとこに放り込まれたんだ、分からんでもない。


「つきましたー!」


 ニコニコ顔のルルエが振り向く。

 

 ルルエの背後には、森と草原の中間にぽつんと木造の一軒家が建っていた。



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