002_questlog.任務
西暦2501年、重力と反物質を制御下に置いた人類は、太陽系外の深宇宙へと漕ぎ出していった。後に言う、「銀河大航海時代」の始まりであった。
主義主張の違う三つの陣営はそれぞれが違う銀河方面へと飛び立ち、地球は人類発祥の地として伝説となり、人類社会の中心という役割を終え歴史の表舞台からその姿を消した。
そして、300年が過ぎた頃、三つに別れた各陣営はそのテリトリーを広げ、ついには版図を接するまでに至った。
きっかけは些細なことだったと言われている。
辺境星系をお互いが領有宣言をし、緊張状態が続いた後に、どこかの誰かが一発の銃弾を放ったのだ。
そうして、三陣営が泥沼の戦いを始めた。
そんな理由も定かではない戦争を、人類の末裔たちは百年も続けていた……。
――ていう設定のゲームだったはずだ。
俺は自分の体をペタペタ触りながら、自身の状態を確認しつつ、かつてプレイしていたゲームの背景設定を思い出していた。
最後の「百年も続けていた」の下りは、どこかで聞いたことがあるような気もするがゲームの設定にいちいち突っ込んでも野暮だろう。
だいたい、MMOゲームの設定を気にしているプレイヤーなんていない。
ゲームのタイトルは『狂乱と閃光の
けっして、戦争で病んだ若者が世界政府に反逆する鬱展開な作品ではない。初期条件がクソ難度なうえに異生戦艦に蹂躙される
コンセプトは、「三陣営に別れて大規模対人戦闘を行う」というものだ。
三陣営というのは、体を機械に置き換えた鋼鉄の人類が治める、機械民主国家の「ザン共和国」。生体工学と魔法に特化した宗教国家、「神聖ユーグリア教国」。身体改造と機械技術の融合した、巨大企業集合体の「キシリス連邦」。
それぞれに特色があって、ザンは個体性能は最強だが、魔法が使えない。ユーグリアは個体性能は低いが、多彩な魔法を誇る。キシリスは両方の良いとこ取りだが、どちらも及ばない――そんなバランスだ。
まあ、要するに、機械と魔法とサイボーグが三つ巴で戦う対人要素の強いゲームってわけだ。
ちなみに俺は、ザン共和国強襲機械化装甲歩兵――ザン機甲兵と呼ばれるロボット兵だ。
ロボット兵と言っても、脳みそだけは生身らしい。ただ、どこに脳みそが入っているかは誰も知らない。もっとも、プレイヤーである俺たちには、あんまり関係なかったりする。利点は、ネトゲでお馴染みのヘッドショットが致命的ではない、ってことだろうか。その代わりに、頭を飛ばされるとセンサー類が軒並みダウンするという仕様だ。頭を飛ばされて「目が、目が~!」と叫ぶのはお約束の一つだった。
俺は自分の手をワキワキと開け閉めしながら、掌を太陽に向ける。
どうりでこの鋼鉄の手に見覚えがあるわけだ。
この体は、『狂乱と閃光の銀河』で俺が使っていたものだからだ。
ということは、だ……。
「おい、
返事がない……。
ただの屍……だと、俺が非常に困る。
――システムコール。アシスタント起動。
俺が脳内でそう指令を出すと、すぐに寝ぼけた感じの声が響いた。
〈んあ……? あれ?〉
「お、錆子。やっぱり、いたんだ」
〈いるにきまってんでしょ!〉
アニメ声で抗議の声が響くと同時に、視界の片隅に少女の顔が映った。
赤褐色でサイドツインテールの髪をゆらゆらと揺らしなら、吊り目がちの大きなグレーの瞳をこちらに向けて唇を「3」に尖らせている。
こいつは成仏しそこなって俺に取り付いた霊とか、後ろのナントカ太郎さんではない。オラオラ言いながら、相手をボコってくれる有能なお隣さんでもない。
俺の脳みそに寄生している、ただのAIだ。
〈寄生とか言うな!〉
名前から分かるように、こいつは鉄の体の俺にくっついてるから、「錆」の錆子だ。決して、錆色の髪をしているから錆子ではない。名前を決めてから錆色の髪にしたんだから、間違いない。
〈分かるわけないでしょ……てか、そんな話、初めて聞いたんだけど!? 酷くない?〉
てな具合に非常に反抗的なAIなのだ。
AIとしてどうなの? と思わなくもないが、有能なので我慢している。
キャラクターを作ったときからくっついてきているので、付き合いは長いと言えば、長い。
ゲームの中ではヘルプ機能とか、ちょっとしたメモとか、計算とか色々とやってくれる。言うなれば、秘書みたいなものか。まあ、そこまで優秀でもないので、オフィスソフトについてくるイルカみたいな奴だ。
〈酷い中傷を受けた! 断固として抗議する! あんな役立たずと一緒にしないでくれる!?〉
憤慨している錆子を見て、笑みが漏れる。
相変わらず、こいつをイジるのは楽しい。
「お前を消す方法、って聞いちゃうぞ?」
〈アンタの脳みそを吹っ飛ばせば? 綺麗さっぱり消えるけど〉
ほんと口が悪いなあ……まあ、俺のせいなんだけども。
キャラクターメイキングと同時に補助AIのメイキングもしたんだけど、そのときの性格設定で「ツン8割」に設定したからだ。しかも、「デレ2割」を設定し忘れて、ただのツンツンガールになってしまった。後になって気づいて修正しようとしたけども、修正不可能という鬼畜仕様で今に至るというわけだ。
とはいえ、別に嫌いではない。
〈自業自得じゃない。私に落ち度は一ミリもないわね〉
というか、錆子さん、いちいち俺の思考に突っ込まんといてくれませんかね。
あれ……? なんか変だぞ。
「てか、ちょっと待てよ。俺の思考、読めてるのか!?」
〈は? 当たり前でしょ〉
いやいや、それはおかしい。
今までそんなことなかっただろう。それに、VRMMOの規制で、プレイヤーの思考に対する介入は禁止されてるはずなんだが。
〈何ワケの分かんないこと言ってんの? 強襲機械化装甲歩兵補助AIの標準仕様なんだけど〉
聞いたことねえよ。
いつの間に、そんなことがまかり通るようになったんだ。
俺は首を捻りながらも、辺りを見渡す。
知らない景色だった。
ゲームにこんなエリアはなかったはずだ。レベルはカンスト、マップの解放率100%の俺が言うのだから間違いない。
足元にはとても低いさざ波が押し寄せている。
目の前には、池というには大きすぎ、湖というには小さい。そんな小ぢんまりとした湖がある。
対岸までは300メートルといったところだろうか。
湖の周りは背の高い木々に覆われている。あの枝ぶりから見るに、針葉樹だろう。ということは、比較的標高が高いか、高緯度地域ということか。
「さて、どうしたもんかねえ……?」
〈どうもこうもないでしょ。任務よ、任務〉
「任務? ああ、クエストか。どんなクエストなんだ? 俺、受けた記憶ねえんだけど」
〈アンタが覚えてなくても、統合作戦司令部から出された正式な命令だからね〉
と錆子が言うと、見慣れたウィンドウが開く。
クエストジャーナルだ。
そこにはたった一文。
『魔王を討伐せよ』
え、こんだけ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます