003_questlog.記憶

 もう一度クエストジャーナルを見やる。


『魔王を討伐せよ』


 やはり、これしか書いてない。

 クエストの進捗状況だとか、背景説明だとか、お約束の報酬リワードの提示すらない。


 バグってんのか?


 かすかな不安を抱いた俺は、ステータスウィンドウを呼び出してみた。

 没入型のVRMMOはコマンドの一切が脳波呼び出しだ。いちいちメニューなんか開く必要がない。

 目の前に新たなウィンドウが開いたことで、俺は少しばかり安堵した。


 だが、表示された項目を見て愕然とした。


「何だ……コレ……」


 理解不能な情報が所狭しと並んでいたからだ。しかも、全部英語だ。間違えて、デバッグ用の情報ウィンドウを開いたのかと思ったほどだ。

 知らない単語の羅列に目を回しそうになりつつも、理解できる単語を拾っていくと、それが高度であったり、気圧であったり、稼働時間というものだとは分かった。

 まるで、実際の飛行機の計器表示みたいだ。いや、本物なんて見たことないけども。


「どういうことだよ……?」


 明確な不安が俺を襲う。

 受けた覚えのないクエスト。

 俺の記憶の中にあるものとはまったく違うステータスウィンドウ。


 そもそも――俺はいつログインした・・・・・・・・・・


「なあ、錆子さびこ。俺がログインしたのって何時間前だ?」


〈ん? 作戦経過時間?〉


「そうじゃねえよ。このゲームに入った時間だよ!」


〈は? 何言ってんの?〉


 ――明らかにおかしい!


 慌てて俺は、ログアウト、強制終了コマンド、ALT+F4を頭の中で連打する。


 だが、何も起きなかった。

 GMコールとかシステムメニューだとか、そういったものも一切出てこない。


 俺は体じゅうから冷や汗が噴き出すのを感じた。

 実際には出ないですけども。鋼鉄の体なので。


 落ち着け、落ち着け、俺!

 まずは深呼吸だ…………。


「くそ、できねえ!」


〈バカなの? バカだ。 バカだったね。知ってた〉


「黙らっしゃい」


 俺は頭の中で、スーハースーハーやって、荒ぶる心を落ち着かせる。


 まずは、思い出すことから始めようじゃないか。


 『狂乱と閃光の銀河ミルキーウェイ』で最近やったことは……攻略戦でいつものように攪乱と暗殺と後始末。うん、いつも通りすぎて、いつのことだか思いだせん。そもそも、レベルカンストして長いし、クエストもやり切ってる。

 だからこそ、知らないクエストを受けているという状態が気持ち悪いんだが。


 とりあえず、ゲームのことはいいや。

 少なくとも、数時間前にログインした記憶はない。


 よし、次。

 俺の名前は郷田哲夫ごうだてつお。31歳。


〈独身の魔法使い〉


 俺の嫁は――


〈夕雲型の……〉


 ヤメテ! それ以上言わないで!


〈……武士の情け〉


 職業はゲームディレクターで、部下は4人。

 4人とも顔は思い出せる。

 紅一点のE森は、この間結婚しちゃったんだよな。笑うと可愛い子だったなあ。もし、俺が告ってたら、どうにかなったのかなあ……。


〈脈はなかったから、轟沈しなかっただけマシでしょ〉


 俺の脈が止まりそうだわ。


〈止まってるって〉


 そういやそうだった。


「やかましいわ!」


 家族は、遠い実家にいる父ちゃん、母ちゃん……そして、妹。

 顔は思い出せるな、よし。

 あとは、犬がいたよな……。


〈ハチ〉


 そうそう、柴犬なのにな。

 もう11歳でいいお爺ちゃんだ。

 この前帰省したときは、噛まれそうになったんだよなあ。俺の臭いをかいだら尻尾ふってたから、忘れたわけじゃないんだろう。目がもう見えないのかもしれん。


 うん、特におかしな記憶の欠落とかは感じないな。


「別に俺の頭がおかしくなったり、記憶が飛んでるわけでもないみたいだな」


〈バカだけどね〉


「うるさいわ。それより、気になってるんだがな、お前、俺の記憶にアクセスできるのか?」


〈できるに決まってんでしょ。機甲兵のメンタルケアも補助AIの重要な機能の一つだし〉


「……お前にケアされた覚えなんか、ねえんだけど。しかも、現時点で絶賛メンタルダメージ負ってるんだが?」


〈ん、大丈夫。脳に異常は見られない〉


 異常が出てからじゃ遅いと思うんですが、それは。


「記憶にアクセスできるとか、倫理規定ぶっちぎりもいいとこだな……どうなってんだ?」


 俺のつぶやきに、どこか心配そうな雰囲気を滲ませた錆子が上目遣いに俺を見つめてきた。


〈ねえ……アンタが言ってる、ゲームって何なのか分かんないんだけどさ。もしかして、突入の際に記憶領域が破損したとか?〉


「それはないと思うぞ。頭が痛いとかないしな」


〈脳に痛覚はないから。アンタが痛みを感じた時点で、重大な損傷があるってことよ〉


「なんか怖いぞ……てか、壊れてる機械って、自分が壊れてることは分かんないと思うぞ。だからこそ、壊れてるわけで」


〈そりゃそっか。アンタにしちゃ、まともまセリフね〉


「うるさいわ」


 それでも、錆子とのしょうもないやり取りで、少しは落ち着くことができた。

 案外、メンタルケアをしてるってのは本当かもしれん。


 一つ、はっきりとしたことはある。


 今の俺の状況は――ヤバイ。


 これ、アレか、VRMMOの世界に取り込まれた系か?

 それとも、ゲームと同じ異世界に飛ばされた系か?

 見慣れた鋼鉄の体と、頭の中に錆子がいるってことで、ゲームとの関連性が高いってのは間違いないんだが、おかしなことが多すぎる。


「なあ、ログアウトできないんだけどさ、お前のほうでなんとかできる?」


〈ナニソレ? 命令放り出すの?〉


「放り出すっつうか、いったんお家に帰るというか……」


〈この世から、ログアウトしたいってこと?〉


「できるのか!? どうやるんだ?」


〈簡単よ。命令遂行不可能のコードを発信するだけ〉


「え、それだけでいいんだ。そんで、どうなるんだ?」


〈通常任務なら、そのうち回収班がくるだろうから、後任に引き継いで帰還。ま、帰還した後は、不良品として溶鉱炉送りだけど〉


「は……? 溶鉱炉……? それって、死ぬんじゃね?」


〈死にたいのかと思った〉


「んなわけあるかっ!」


 思わず出てしまった俺の叫びに応じたかのように、岩陰の向こうから女の声が聞こえた。

 ただ、何と言っているのか、俺には理解できなかった。


 俺の戸惑いを感じたのか、すぐさま錆子が音声の解析を完了したようだ。

 口は地獄のように悪いが、頭だけはとても良い。


〈うっさいわね! あれ、ラテン語よ〉


 ラテン語て……。

 国際サーバーじゃあるまいし。そもそも、普通にラテン語話す人なんて、もういないはずだぞ。もしかして、バチカンの人? いや、バチカンですら、会話はイタリア語だ。


〈ん、言語パッチ当てたから。もう大丈夫〉


 さすがAI。仕事が早すぎる。てか、言語パッチってなんだよ。そんな便利なもんがあるなら、リアルの俺の脳にも当ててくれよ。


 俺がしょうもないことを考えていると、再び同じ女の声が聞こえた。


「誰かいるんですか!?」


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