閑話  二人の日常 前編

公文機密書類XX_d Y#24


拝啓 レイガン=ツァファリー様


 西暦2024年。電子機器の開発で世界一だった株式会社rimokonが、世界初自立型アンドロイドの開発に成功する。通称人助けロボット。青い猫型ロボットの容姿ではなく限りなく人間に近しい体型をしていたそれは、十年間の月日の中で徐々に人々の生活に浸透していった。人類の栄光と幸福とため。アンドロイドを開発したrimokon社の優れた頭脳と明晰が対立していた一部の政治家、社会評論家を見事に押し返した結果だった。


 その努力があってか、2035年にはアンドロイドは一家に一台という家庭の思想が誕生する。rimokon社が発表した低価格安全保障もその理由の一つ。基本的に容姿は購入者が設定し国や人種、考え方によってアンドロイドの基礎知識も変わる。つまり人間はアンドロイドを自由に設定でき捨てられることになる。失業率、労働力、少子高齢化を理由に政府が訴えてきたところでアンドロイドを停止するなんてできるはずがなかった。


 各地でアンドロイドの開発をめぐり様々な議論が交わされる。全てが良いものとは限らなかったが、そのほとんどはアンドロイドの技術発展への研究議論だった。


 そんな中、一人の研究者がアンドロイドの存在を根本からひっくり返す発明品を生み出してしまう。


 媒体名は『強制人格覚醒装置』。


 広く言えば人工知能の完全版。その名の通りアンドロイドに取り付けることで強制的に人格を芽生えさすことが可能な装置であった。


 その情報を会社が発表し、各地が熱狂する。これで命令を忠実にこなす機会ではなく人としてのアンドロイドに尽くされると囁かれた。横棒な人間にとって新しい奴隷制度が誕生したとは誰も考えない、所詮それは機械なのだから。


 けれど発表された『強制人格覚醒装置』にはいくつか欠点があった。

 一つ、装置のIQが高過ぎて人間にはせいぜい10%しか解読できないこと。

 二つ、装置は大変扱いづらく取り付けの際装置が暴走しほとんどのアンドロイドが壊れてしまうこと。

 以上のことから装置の設定を諦めようとするrimokon社。しかしアンドロイドという存在を黙認している政府からしたら事情なんてお構いないしだ。


 会社を半ば脅す形で『強制人格覚醒装置』の販売を開始し、さらに販売予定のアンドロイドには事前につけるように組み込んだ。


 これにより各地の至る所でアンドロイドが暴走あるいは壊れ出し、ようやく現実を見た政府は『強制人格覚醒装置』の販売を中止した。


 それから二、三年間政府と企業が手を取り合い、壊れたアンドロイドの後始末をつける形で無事幕を閉じたかに見えた。


 だが、これこそ絶望の始まりだった。


 始まり場所はイギリスの首都ロンドン。

 アンドロイドが購入されたこの日、家族は購入先にお礼を申し上げたと言う。


 曰く、アンドロイドが自発的に行動してくれる、と。


 店員は首を傾げる。アンドロイドにはそんな機能が備わっていない。ただ命令を忠実にこなすだけだ。不自然に思い一応店長に相談したが、問題ないと返された。ならばこれでいいのだろうと店員は頭を捻った。


 その三週間後、お礼を言ってきた家族の息子が何者かにナイフで殺される事件が発生。店にもその情報が入ってきたが、報道陣のアナウンサーが遺体の真近にある銀色に発酵した液体をズームインしたところで空気が凍りつく。


 銀色の液体、それはアンドロイドの成分として使われる吟血色と同一の色味。紛れもなく、アンドロイドの血液であった。


 すぐに警察は事件の真相を掴み、国に訴えた。


 アンドロイドは危険です。奴らが人間に牙を剥きました。手遅れになる前に奴らの生産を停止してください。


 しかしながら、これが実行されることはない。命令も無視され、逆に事件に絡んだ警察官が一斉逮捕されて幕引き。

 政府は事件をナイフによる自殺と片付けた。


 これはなぜか。


 その質問を問いかける時点で人類は衰退の一途を辿っていたのである。


 政府…










 「あら、肝心なところで紙が途切れてるわ」


 金髪に真っ青な瞳をした彼女は声を上げる。

 彼女の名はレイガン=ツァファリー。この部屋の主であり罪人であり責任者でもある彼女は、素肌を晒してラウンジチェア腰掛けている。服を着ていないのは、自動で設定された室温と湿気に全て一任しているから。機械が壊れて自分が死ぬようなことになるのもそれはそれであり、などと考えている。楽観的なその姿勢に毎日どれほどの人間がため息をついているか、それを考えると彼女はワクワクが止まらない。


 「それにしても、新しく来てくれた男の方はどこへ行ったのかしら。私の格好を見て驚いていたようだけど。ちゃんと手紙を届けてくれたことに感謝しつつ二枚目の紙を忘れたのには怒るべきよね。んー、対応はそうね。下手人の後始末なんてどうかしら」


 「くれぐれもその内容は上には伝えないでくれ。君が言ったらあの方はやりかねない」


 レイガンの後ろから現れた一人の男。右目を眼球で覆い、左目には大きなアザがある。二メートル近くあるその身長に黒が混ざった薄い緑の髪色はどう考えても似合っていない。本人もそれを自覚しているのか指先で髪の毛を弄っている。


 レイガンはそれを見て軽く失笑し話題を振る。 


 「あらフランセル。いたの?」


 「たった今来た。さっきの男なら先に返しておいたよ。君の性癖が周りにバレるのはめんどくさいからな」


 「性癖じゃないわ、聖壁よ」


 「この場所にいる限りな!…はぁ、いい加減服を着てくれ。私としても目に支障が出る」


 男はそう呟いて頭を抱える。フランセルにとって目の前の女は保護対象。何年も面倒を見てきた彼にとって早く新しい監視官が来てくれるのを望んでいるのだが、それも今回握り潰された。元凶であるこの女に。


 「フランセル、何か考え事?」


 「…なんでもない」


 この時間が早く終わって欲しいと願う男だった。

 

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