第2話 何か…
ありえない。
上から物が落下してきた場合、高確率で怪我をし、下手をすれば命を失う。落下物が重ければ重いほど、この確率が上がっていくことになる。飛行機と共に落下して無傷な凰太はこの場合は除くことになるが。
けれどそこは、常識を覆していた。
後ろを振り返った凰太はおそらく降ってきたであろう物体に目を向ける。物体は人型を模しており小さな子供のよう。それが倒れ込みながら横たわっていた。好奇心に負けて振り向いたことに後悔の念を燃やすが、あり得ない光景に目を疑った。
長く色素が抜け切った透き通る銀髪。まずそれが眼孔に飛び込んだ。着衣が模様すら施されてない真っ白の白衣が光り輝く銀との差異を表す。咄嗟に美しいと思った凰太は疑念が浮かぶ。
ーーー血はどこだ。
凰太は代々隠されてきた吸血鬼の末裔でもヴァンパイヤの子孫でもない。けれど常識的に捉えておかしいのだと悟っていた。
人間が落下する高さで死に及ぶのは四十五メートル。百五十メートルから飛び降り助かった例も存在するが、この少女はそれにも当てはまらない。
肉眼で胡麻粒程度の距離では明らかに千メートル以上。夜空に輝く星と同等の所から落ちてきたのであれば、…さすがに無いと信じているが近しければ肉片が散らばるだろう。
であれば目の前に広がる現実は一体なんだ。肉片どころか血痕一つ広がらない真っ白なこの子供は。背後から聞こえたはち切れんばかりの音は落下音ではなかったのか。では仮に落ちてこなかったとしてこの少女はどこから現れた。凰太の脳内に次々と疑問が浮かぶ。
だがそれも一つの声に打ち消された。
「おn…」
聞こえたのは最初の母音のみ。
か細く掠れたその声はあたりに吹き荒れる風に掻き消されてしまう。もう少し大きな声で言ってほしい、そう問いかけると少女から同じ言葉が紡がれる。
「お主」
耳をすませば今度ははっきりと聴き取れた。聞き取れた言葉がアラビア語ではなかったことに感謝しつつ、年齢に合わない言葉遣いに眉をそめる。この少女は江戸を嗜む文化でもあるのだろうか。それともサウジアラビアには日本文化が浸透してるのだろうか。
言葉の意味を探る凰太だが少女はそんな脳内事情などお構いなしに口を開く。
「まずは心を凍結させろ」
空気が凍った。
言葉そのものに意味はない。あるのは言葉に込められた力のみ。それが凰太に効力を及ぼす。
凰太の物の見方その瞬間変わった。
声を聞いた瞬間全てがどうでも良いと感じた。返事をして少女に微笑んで貰えばそれでいいと思った。喋り方や佇まい、どうしてこんなところに降ってきたのかなんてどうでもいい。凰太は我を忘れた。頭の中にぐちゃぐちゃとした感情がせめぎ合いおかしくなりそうになる。
刹那、脳は救援措置を施す。飛行機が墜落して餓死の道を辿る寸前に追い込まれていた少年の心を彼方へ追いやろうとした。
両親への理不尽さ、世界情勢。凰太にとってこんなものは二の次。その瞬間、何よりも少女の命令に従うことが優先された。
何かが自身の意識から外れている気、それが起きた。
凰太は気づかない。目の焦点は遠い彼方を向いており誰がどう見ても合っていなかった。
そして、少年は目線を少女と合わし、硬い口調で返事をする。
「御意」
言うと少女は口を歪ませ仰々しく尋ねる。
「では聞こう。貴様の主人は誰だ?」
主人とは何か?そのような疑問は少年にはない。酷く直球で醜い質問に、ただ端的に機械的に彼は答える。
「我が主人は、ケアブル・イド・ベルトリア=ターリブー様であります」
その瞬間、一人の忠実な機械が誕生した。
満足そうに笑みを浮かべる少女は体を起こし足で直立する。
砂を払いながら銀色の髪をたなびかせ、一言呟いた。
「まずは奴らに手痛いダメージを与えねばならん。そのために貴様という存在を利用させてもらうぞ」
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