第55話


 魔法使いに貰ったワンピースは、いつもよりなつめを可愛くしてくれているだろうか。

 車の運転席に座りながら、今更ながらに心臓が緊張で高鳴っていた。


 いまいちど口紅を塗り直していれば、助手席側の窓がコンコンとノックされる。


 1秒でも早く会いたくて、迎えに行くと連絡してから関係者用の地下駐車場で彼女を待っていたのだ。

 

 「なつめちゃん、あけましておめでとう」

 「おめでとう、リア」

 「迎えに来てくれてありがとね…あれ、そのワンピース初めて見た……可愛い」


 好きな相手からであれば、可愛いと言う言葉だけでこんなにも胸をキュンとさせてしまう。

 

 隣の助手席に彼女が乗り込んだのを確認してから、ギュッとハンドルを握り直した。


 「ちょっと付き合ってよ」

 「どこ行くの?」

 「……海」


 どこの海とは言っていないのに、彼女には行き先が伝わっているようだった。

 二人の思い出が詰まった海辺といえば、あの場所しかない。


 首都高を使ったため、想定よりも早く思い出の場所へと到着していた。

 

 4年前のクリスマスに一緒に来て、ハルフキリアをデビューまで伸し上げた曲が出来た場所。

 どこで想いを告げようか、悩む間も無くこの場所が思い浮かんだのだ。


 「懐かしい…ここで初日の出みる?」

 「いいよ」


 冬の夜は寒いため、自動販売機でホットコーヒーを二つ購入してから暖房のついた車内で飲んでいた。


 後部座席のシートを倒してから、置いてあったブランケットに二人で包まる。


 「まだ初日の出には時間あるね」

 「少し寝たら?リア、今日早かったんでしょ」

 「そうだね……」


 ギュッと彼女の手を握りながら、愛おしい寝顔を見つめていた。

 愛おしくて、大切で。


 なつめの人生を表すとすれば、彼女への愛だ。

 リアの歌が、彼女自身が人生を豊かにして、鮮やかに彩ってくれた。


 恋人繋ぎに指を絡め直して、そっと瞼を閉じる。

 目が覚めたら告白をしようと胸に誓いながら、愛しい人の隣で眠りについていた。





 キラキラと眩しい朝日が車内に差し込んできて、眩しさでそっと意識を浮上させる。

 仮眠のつもりでいたが、彼女の温もりが心地よくてすっかり眠りこけてしまったらしい。


 目を開けてから、隣で眠っていた彼女がいないことに気づく。


 「あれ……」


 スマートフォンで時刻を確認すれば、朝の7時。

 眠気を覚まそうと瞼を擦っていれば、薬指から光り輝くリングの存在に気づく。


 「え……?」


 左の薬指にはずっと指輪が嵌められていた。

 18歳の頃、二人で夢を叶えるための決意としてお互いに送り合ったのだ。


 ピンクゴールドのキュービックジルコニアが付いている指輪。

 その指輪と2連で重なるように、もう一つ指輪が嵌められている。


 眠る前までなかったシルバーのリングに驚いて、狼狽えながら車を出た。


 「……ッ」


 駐車場を出れば、浜辺でギターを弾く彼女を見つける。

 ヒールを履いているため歩きにくいと言うのに、足をもたつかせながら必死にリアの元へ足を進めていた。


 日の出に照らされたピンクベージュの後ろ髪は、潮風によって綺麗になびいている。


 グッと涙を堪えながら、背後からギュッとリアを抱きしめた。


 「……リア」

 「起きた?なつめちゃん」

 「これ……」


 震える左手を見せれば、優しく手を取られる。

 そして、赤いリップで彩られた唇でリングに口づけをされた。


 「遅くなってごめんね」


 こちらを振り返った彼女によって、今度は正面から抱きしめられる。

 口付けをされたリングは、あの頃と同じように赤色の口紅が付いてしまっていた。


 「7年も掛かっちゃった…ずっと…早く本物の指輪あげたかった」

 「リア……」

 「約束したでしょ?4年前に…年末の音楽番組に出られるくらい有名になったら結婚しようって」


 まだ事務所にも所属していなかったあの頃。

 年越し蕎麦を食べながら、年末の歌番組を見て確かに彼女はそう言っていた。


 あの時はてっきりいつもの軽口だと思っていたが、リアは本気だったのだ。


 なつめが自覚をするずっと前から、リアは恋をしていた。

 音楽活動に専念するため我慢していたけれど、2人の思いはずっと同じだったのだ。


 「まさか覚えてなかった?」

 「そんなわけない……けど、冗談かと思ってたから……」

 「なつめちゃんの人生私にくれるって…高校3年生の時に約束したのも覚えてない?」


 勢いよく首を横に振れば、リアがホッとしたように胸を撫で下ろしている。

 涙が今にもこぼれ落ちてしまいそうで、それを堪えるのに必死だった。


 「私はあの時からずっとなつめちゃんが好きで……本気でなつめちゃんの人生を背負うつもりだった」


 ずっと欲しくて堪らなかった愛の言葉。

 ぱっちりとした彼女の瞳も、涙の膜でゆらゆらと揺れていた。


 「……結婚しよ?これから先ずっと…パートナーとしてなつめちゃんのそばに居たい」


 先に涙を溢れさせたのはリアの方だった。

 それに釣られるように、なつめも次々と涙を零れさせてしまう。


 「……普通、付き合ってが先じゃない?」

 「付き合うよりも、よっぽど深い関係で結ばれてるから必要ないかなって」


 顔を見合わせて、泣きながら二人で笑い合う。

 重ねた口付けは涙でしょっぱいというのに、心は酷く甘くて温かい。

 

 「私にもつけてよ」


 リングケースを渡されて、震える手で指輪を手にする。


 お揃いのシルバーの指輪。

 高校生の頃に買ったピンクゴールドの指輪も、キラキラとダイヤが輝くシルバーの指輪も。


 どちらも人生を共にすることを誓った掛け替えの無い宝物だ。



 初めて会った時、あんなにも印象が悪かったと言うのに、今は彼女がいない人生なんて考えられない。


 リアがなつめの世界に現れてから、毎日が騒がしくなった。


 こっちの気持ちなんてお構いなしにズカズカと踏み込んできて、氷のように固まっていた苦しみを溶かしてくれたのは全部彼女だ。


 「……ねえリア」

 「なに」

 「死んでも離さないから」

 「死んだ後も生まれ変わっても……ずっと一緒だよ」


 彼女がなつめの世界をどんどん鮮やかにしてくれた。


 知らない景色を沢山見せてくれて、味わったことのない幸福感を与えてくれた。


 ホッと一息をつく暇もないくらい、リアといると毎日が賑やかで、楽しくて仕方ない。


 なつめが歌詞を描いて、リアが作曲をして歌う。

 共に作り出してきた楽曲はまるで二人の子供のように、掛け替えのない宝物。


 これから先、何があったとしても。

 リアが初めて作った曲を聴くのはなつめなのだ。


 その幸福感を噛み締めながら、7年前に交換した指輪の上に重ねるように、愛おしい彼女の薬指に婚約指輪を通していた。

 

 (了)

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