第54話


 大晦日はのんびりと過ごすのが、なつめとリアにとっての当たり前だったが今年は違う。

 朝早くに彼女を見送ってから、こちらの方が落ち着かずにソワソワしてしまう。


 今年は一緒に年越し蕎麦は食べられないが、そんなこと気にしていられない。

 毎年恒例の年末音楽番組に、とうとう「ハルフキリア」の出演が決まったのだ。


 リハーサルで朝早くからリアは出掛けており、一人で留守番をしていたなつめは友人を家に招いていた。


 お互い忙しく中々都合が付かなかったため、会うのは半年ぶりだ。


 「久しぶりだね、春吹ちゃん」


 相変わらず派手なハイトーンカラーの髪で、服装は以前に増してオシャレになっていた。


 大学卒業後はアパレル会社に数年勤務した後、今では独立してデザイナー。

 着々と夢への道を突き進んでいるのは、高校の先輩である五十嵐眞帆だった。


 主にネット販売がメインではあるが、彼女がデザインした服は予約の段階で殆ど売り切れになってしまうほどの人気。

 可愛らしいレディース服はSNSを中心にクチコミが広がり、最近は有名なファッションビルで期間限定のポップアップストアを開いていた。


 いつか自分のお店を持つことを夢に頑張っている彼女は、とてもキラキラして見える。


 「先輩のポップアップストア行きましたよ。ちょうど休憩に行ってたみたいで会えなかったんですけど」

 「ええ、呼んでくれたらよかったのに…」


 お土産で貰ったショートケーキを食べながら、他愛もない話を繰り広げる。

 人気デザイナーの彼女とは休みを合わせるのも中々難しく、年に数回会えれば良い方だ。


 だからこそ、短い時間で濃い時間を過ごしたいのだ。


 「まさかうちの高校から大人気スターが生まれるとはね……しかも、春吹ちゃんが作詞家なんて」


 付けっぱなしになっていたテレビから、軽快な音楽が流れ始める。

 時計を見れば既に20時を迎えており、丁度リアの出演する歌番組が始まる時間だった。


 「小さい頃から見てた音楽番組に友達が出るって変な感じしない?」

 「はい…昔、先輩が聞いたじゃないですか。私たちが付き合ってないのかって」


 あの時はまだ、リアに対する感情を自覚していなかった。

 本人よりも周囲の人の方が恋愛感情に気付いていたなんて、一体どれほどなつめは分かりやすいのだろう。


 「……私は好きなんです、リアのこと。だから…告白しようと思ってて」

 「ええ!」


 驚いたように、眞帆の目が見開かれる。

 しかし瞳はキラキラしていて、なつめの恋心を応援してくれているのが伝わってきた。


 「いつ?」

 「まだ悩んでるんですけど……」


 照れ臭くて頬をかけば、眞帆が一旦席から立ち上がる。

 そして、ソファの上に置いていた紙袋から一着の服を取り出していた。


 「これさ、私のブランドの新作なんだけど…良かったら」


 落ち着いたピンク色のワンピースは、大人っぽいけど可愛らしいデザインだ。

 ふんわりと広がったスカートはなつめ好みで、眞帆にはすっかり好みを熟知されてしまっている。


 「作りながら春吹ちゃんのスタイルに合いそうだなって、持ってきたの」

 「すみません、いつも……」

 「いいのいいの……私、春吹ちゃんには本当に感謝してるから。皆んなから王子様って言われてた春吹ちゃんが、あの日私の作ったドレスを選んで着てくれた」


 あれは一体何年前だったろうかと、懐かしんでしまうほど遠い昔のことのように感じる。


 必死に王子様を演じていた頃、彼女のドレスがなつめの背中を押してくれた。勇気を出せる魔法を彼女が掛けてくれた。


 「……嬉しかったんだ。王子様を捨ててでもドレスを選んでくれたことが」

 「先輩……」

 「結構可愛いデザインだし、告白の時とかぴったりなんじゃないかな」


 本当にこの人の服は、なつめの背中を押してくれてばかりいる。


 まるで魔法使いのように、なつめを勇気づけてくれる。

 本当の自分を引き出してくれて、ありのままで良いのだと……そんな優しい魔法を掛けてくれるのだ。





 ホットココアの入ったマグカップを両手で抱えながら、ソファにもたれ掛かってテレビを眺める。


 中学時代から付き合っていた恋人と結婚をした眞帆は、あれから直ぐに旦那の待つ家へと帰って行った。

 やはり年末くらい、大切な人と過ごしたくなるものなのだろう。


 なつめだって本当は彼女の側にいたかったけれど、こうして画面越しで眺めることで満足するしかないのだ。


 順番は最後から10番目なため、かなり遅い。

 歌うのは事前に発表されていた通り、大人気ドラマの主題歌だ。


 「あ……」


 いよいよリアの番が訪れて、急いでテレビのボリュームを上げる。

 お気に入りのアコースティックギターを手にした彼女は、珍しく髪の毛をポニーテールに束ねていた。


 ピンク髪は相変わらず派手で目立つけど、それが彼女の良さだと思う。


 唇を開いて、紡ぎ出されるリアの歌声。

 あまりに綺麗で、彼女自身はもちろん、歌声にもすっかり恋をしてしまっているのだ。


 あれほどリアの番が来るのが待ち遠しくて、長く感じていたというのに、出演時間があっという間に感じてしまう。


 拍手が聞こえてきて、それで終わりだと思ったのに、リアは再びギターを優しく掻き鳴らしていた。


 司会者や会場に焦っている様子はないため、恐らく視聴者へのサプライズだったのだろう。


 「ッ……」


 続いて彼女が弾き語っているのは、ハルフキリアの運命を大きく変えた曲。

 リアへの恋心を綴った、4年前に二人で作った曲だった。


 懐かしさが込み上げて、自然と涙が一筋零れ落ちる。


 「懐かしいな……」


 クリスマスの日に、二人で真冬の海へ訪れた思い出が込み上げてくる。

 潮風がとても冷え込んで寒かったはずなのに、彼女が側にいるだけで温かくて仕方なかった。


 歌声をずっと聴いていたくて、何度もリクエストをして沢山の歌をなつめだけに聴かせてくれたのだ。


 彼女がクリスマスをイメージして作った曲に、なつめが恋心を綴った歌詞。


 堪らなく愛おしさが込み上げて、今すぐにでも会いたくて仕方ない。

 

 貰ったばかりのワンピースに着替えて、急いで化粧直しをする。


 いつ告白するのがベストか、ずっと考えていたけど。

 想いが溢れ出して、零れてしまい始めた今が、きっとその時なのだ。

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