第53話
思い返して見れば出会いは最悪だった。
転校してきた彼女を初めて見たあの日、校則もろくに守らない雅リアという女子生徒とは絶対に仲良くならないと思っていたのに。
人生というのは不思議なもので、何がどうなるか分からない。
まさか自分が大人気女性シンガー、ハルフキリアと同棲して、作詞家として活動しているなんて幼いなつめが聞いても信じないだろう。
人生のターニングポイントがあるとするなら、なつめの場合はどこだろうか。
あの日指輪を交換した時。
初めて曲を作った時。
王子として生活していたなつめを、リアが脅した時。
それとももしかしたら、中学3年生最後の公式試合初日。
当時好きだった人から酷い言葉を投げかけられて、地獄が始まったと思っていたあの日。
生まれて初めてリアの歌声を聴いたあの日が、なつめにとってのターニングポイントだったのかもしれない。
同棲して早5年。
かつて暮らしていた1Kのマンションとは違い、2LDKのセキュリティが頑丈なタワーマンションは広々としているにも関わらず、二人は相変わらず同じベッドに横たわっていた。
ゆっくりと目を覚ませば、なつめの人生を180度変えてしまった女性がスヤスヤと心地良さそうに眠っている。
「リア、起きて。今日リハーサルで朝早いでしょ」
「やだ、まだ寝る…」
「遅刻したらマネージャーさんに怒られるよ?」
彼女のマネージャーは良くも悪くもスパルタで、自由人のリアには案外合っているのかもしれない。
以前遅刻した時にこっ酷く怒られたのがトラウマらしく、のそのそと起き上がっていた。
なつめも布団から出るが、冬だというのに暖房が付いているため暖かい。
床暖房のおかげで、モコモコな靴下を履いていなくても裸足で廊下を歩けるのだ。
これも全て、ハルフキリアが世間的に人気があるからこそ。
かつて貧乏暮らしをしていた時に抱いた憧れを、彼女は全て叶えてしまったのだ。
化粧やヘアセットは向こうでするらしく、すっぴんにマスクを付けた状態でリアが玄関へと向かう。
見送るために、なつめも部屋着姿でその後をついて来ていた。
「いってきまーす。クリスマスなのにさあ、酷くない?」
そういえば4年前も、リアはなつめとクリスマスを過ごせないことに拗ねていた。
あれ以来一緒に過ごすようにしていたが、今年はクリスマスに開催される有名音楽番組から出演依頼が来たのだ。
「今が頑張り時でしょ?頑張って」
「大晦日もだし…有難いけど、なつめちゃんとゆっくりできない……」
「帰ってきたらご褒美あげるから」
「ちゅーしてくれるの?」
「それだけで良いの?」
煽るような言葉を吐けば、リアが見るからに嬉しそうに微笑む。
「考えとく」と喜ぶ彼女を見送ってから、羞恥心に耐えられずその場にしゃがみ込んでしまった。
随分と大胆な言葉を口にしたが、あちらは対して気にしていない。
きっと帰って来れば「マッサージして」や「髪の毛乾かしてよ」などと健全なお願いをしてくるのだ。
「……今日も可愛い」
こんなことを言ってるなんて、リアは知るよしもない。
あれから更に4年が経った。
リアへの想いを綴った片想いソングはかなり人気が出て、噂を聞きつけた芸能事務所から声が掛かってからはとんとん拍子だった。
なつめが作詞、リアが作曲とボーカルを務めることを条件に契約を結んで、少しずつ実績と人気を積み重ねて、今年人気ドラマの主題歌を務めた事でその人気は爆発。
かつての物言いをしてみれば、毎日唐揚げを食べて、ドライヤー代など電気代を気にしなくて済むくらいには贅沢ができる暮らし。
にも関わらず、何故かまだ一緒に暮らしている。
お金に余裕があるというのに、あの頃のようにくっついて毎晩眠りについているのだ。
「……はあ」
夢を叶えるまで、リアは恋愛をしないと言っていた。それよりもなつめと作った曲を広めることが大切だから、と。
それまでは告白せずに、ただ彼女の側で寄り添い続ける選択をしたのが4年前。
もうそろそろ、良いだろうか。
夢をひたすらに追い求め続けたけれど、そろそろ彼女自身とも向き合いたい。
好きな相手から同じように、想いを返してもらいたいという欲はどんどん込み上げてきているのだ。
一人でぼんやりとテレビを眺めながら、4年前の彼女の気持ちがようやく理解できるような気がした。
クリスマスに一緒に過ごすつもりだった相手は別の予定が入っていて、仕方なく一人で過ごすなんてあまりにも寂し過ぎる。
なつめは彼女に恋愛感情を抱いているのだから、余計に寂しさが増しているのかもしれない。
本当に申し訳ないことをしたなと、画面に映るリアを見ながら考えていた。
『続いて、ハルフキリアさんで……』
女性アナウンサーの紹介の後、イントロが流れ始める。
クリスマスに放送される生放送の音楽番組は人気があって、出演するのは容易ではなく名誉な事なのだ。
リアが歌うのは、人気ドラマの主題歌を務めた恋愛ソングだった。
主人公が恋と仕事に奮闘するドラマで、主に女性をメインに支持を受けた作品の主題歌。
作品の人気に比例するように、この歌もみるみるうちに多くの人から愛されるようになったのだ。
歌い終えるのと同時に、ホッと息を吐く。
今さらミスはしないだろうという信頼もあるが、何かハプニングが起きやしないかと不安になってしまうのだ。
愛おしい歌声は何度聞いても飽きず、これから先もなつめを虜にし続けるのだろう。
一人でこっそりと胸をときめかせていれば、室内に着信音が響き渡る。
着信相手は妹からで、テレビのボリュームを下げてからすぐに電話に出た。
「もしもし?どうしたの」
『今家なんだけどさ、お母さんが電話しろってうるさくて』
妹の京は雑誌のモデルを卒業後、女優の卵として日々演技の練習をしているようだった。
いつかは姉妹共々憧れている五十鈴南のようになりたいと息巻いており、脇役ではあるものの少しずつ作品にも出させて貰っているようだった。
そんな妹に代わって電話に出た母親の声は、いつにも増して興奮したように弾んでいた。
『テレビ見たわよ。リアちゃん相変わらず上手ね。なつめの歌詞もすごく良い』
リアが事務所に所属をするタイミングで、作詞をしていることを正直に打ち明けたのだ。
まさか娘がそんな努力を重ねていたなんて思いもしなかったらしく当然驚かれたが、今はこうして応援してくれている。
『正月はこっちに帰ってくるの?』
「元旦はリアとゆっくりするつもりだけど…行くとしたら2日以降かな」
『一緒に帰ってきなさいね…楽しみにしてるから』
プツリと通話が切れてから、こっそりとため息を吐く。
間違いなく、母親はリアとなつめが付き合っていると勘違いしているのだ。
数年前に実家に戻った際、「良い人はいないのか?」としつこく尋ねてくる母親に対して恋愛対象は同性だとカミングアウトをしたのが全ての始まりだった。
5年も同棲して、彼女と共に曲を作り続けているのだから付き合っているはずだと思い込んでいるのだ。
実際そうなればいいと長年思っていたけれど、最近は思うだけじゃ物足りなくなってきている。
同じ想いを返して貰って、恋人として彼女の側にいたい。そのためにもまずは想いを告げなければと、改めて自分自身を奮い立たせていた。
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