第52話


 帰宅早々、彼女の声に不機嫌さが滲んでいることに気づいた。

 いつもだったら「おかえり、なつめちゃん」と明るく出迎えてくれるというのに、ミニテーブルの前で険しい顔をして座っている。


 「どうかしたの…?」

 「なつめちゃん、ここ座って」


 只ならぬ雰囲気を感じ取って、言われるがままにクッションの上に座る。

 機嫌の悪い彼女と向かい合っている状況に、酷く戸惑ってしまっていた。


 「……私に何か言うことない?」

 「え……」


 ため息を吐いた後、リアがテーブルの上に一枚の紙を置く。

 名前と連絡先が書かれたメッセージカードは、以前リアのファンから貰って、勝手に隠していたものだった。


 「なんで、それ……」

 「今日コンビニ行く時になつめちゃんのコート借りたら、ポケットに入ってた」

 「ご、ごめん…下心があったつもりじゃなくて…えっとその……」


 リアがその子に連絡するのが嫌だったなんて、どう伝えればいいのか分からない。

 必死に言い訳の言葉を考えていれば、畳み掛けるようにリアが不可解な言葉を口にする。


 「もう連絡したわけ」

 「連絡……?」

 「大学の子?バイト先の子?それとも…」

 「ちょ、ちょっと待って……!」


 ここでようやく、リアが勘違いをしていることに気づく。

 宛名が書いていなかったせいで、彼女はこのカードをなつめが貰った物だと勘違いしているのだ。


 「違くて…それ……」

 「何が違うの」

 「ごめんなさい………隠してたの。前差し入れで貰ったケーキの紙袋に入ってて…」

 「え……」

 「私じゃなくて、リア宛だから」


 どんな顔をすればいいか分からずに、俯いてしまう。

 恥ずかしさで前を向けず、みるみるうちに頬が赤らんでいくのが分かった。


 「リアがその子に連絡したら嫌だなって…勝手に隠して…本当にごめん」

 「……私、いまは誰とも付き合うつもりないよ?」


 肩を抱き寄せられて、ギュッと抱きしめられる。

 優しい手つきで髪を撫でられて、胸がキュンと音を立てていた。


 伝わる温もりに、優しい手つきに 堪らない愛おしさが込み上げてくる


 「だってなつめちゃんがいるもん。なつめちゃんと夢叶えるまでは恋愛はお預け……一緒に頑張るんでしょ?」


 何度も頷いて見せれば、リアが優しい笑みを浮かべる。


 「だから不安にならないで?」


 どうして不安になったのか。

 愛が滲んだメッセージカードを、リアに渡したくなかったのか。


 こんなにも簡単なのに、どうして4年近く気づかなかったのだろう。


 振り返って見ればいつからだろうか。

 初めて会った時はあんなにも印象が悪かったと言うのに、気づけばどんどん惹かれていった。


 リアといると楽しくて、毎日がどんどん色鮮やかに彩られていって。


 彼女にだったら自分の人生を賭けてもいいと思えるほど心酔していたくせに、肝心な想いの根源にはこれまで気づかなかったのだ。


 胸から込み上げる愛おしさや、彼女に対する普遍的な愛情。


 恋と呼ぶにはどこか軽い。

 人間として、女性として。なつめは長年もの間彼女に愛情を抱いていたのだ。





 寝る暇を惜しんで、歌詞を描いたのはいつぶりだろう。もしかしたら初めて歌詞を描いたあの日以来かもしれない。


 込み上げてくる想いを書き殴るように、ひたすらにペンを紙に走らせていた。

 ベッドからモゾモゾと彼女が起き上がる頃に、ようやく納得のいくものが出来上がる。

 

 「…おはよ、なつめちゃ…」

 「出来た」

 「え……」

 「歌詞、出来たよ」


 ベッドから飛び上がって、リアが紙を凝視する。

 今までは何も思わなかった、彼女の寝癖にすら愛おしさを感じていた。


 「……ラブソング?」


 昨年のクリスマスに二人で海に行った時、リアが作った曲に載せた想い。


 あの時感じた想いを、全てこの歌に乗せたのだ。

 目の前で彼女への恋心を読まれているようで、どこか気恥ずかしい。


 何度も読み返しているリアの目は、キラキラと輝いているように見えた。


 「これ、凄くいいかも……」

 「本当?」

 「今までで一番好き…ちょっと、今からこれ合わせて歌うから聴いてて」


 足をもつれさせながらベッドから降りて、パジャマ姿のままギターを掴む。

 綺麗な音色と共に、なつめの彼女への恋心が、繊細な歌声で響き始めた。


 愛おしい声に乗せられた、自分の恋心。

 好きな人に好きだと言う感情を歌って貰えるなんて、なんて贅沢なのだろう。

 

 「……今までで一番自信あるかも」


 彼女の言葉に力強く頷く。

 なつめ自身、何も不安がなかった。


 これで良いのだろうかという迷いはどこにもなくて、胸を張って披露できる。


 生まれて初めてかもしれない。

 絶対にこれならいけると、自信を持って書いた歌詞。


 「今度のライブで歌う…あ、動画サイトにも載せたいし、あとは……」


 リアも興奮した様子で、次々とこれからの予定を口にしていた。

 胸を弾ませながら、2人ともきっと同じことを思っている。


 この曲が、ハルフキリアを大きく動かす一曲になると。

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