第51話
ケーキは一つ一つが大きくて、普段メイン料理に使用する大皿に盛り付ける。
フィルムを丁寧に剥がして、入っていた紙袋に纏めて捨てようとすれば、袋の奥底に一枚紙が入っていることに気づいた。
「え……」
良かったら連絡くださいと、名前と共に連絡先が書かれたメッセージカード。
間違いなく、あの綺麗な女性がリアに宛てて送ったものだ。
「なつめちゃん、コーヒー淹れようか?」
ひょこりと彼女がキッチンに顔を出して、慌ててそのカードをポケットに仕舞う。
何故咄嗟に隠してしまったのか自分でも分からぬまま、声を上擦らせながら返事をした。
「あ……お願いしようかな」
「えー、3つも入ってたの?わーい」
「有難いけど…やっぱりファンの人とは適度に距離取った方がいいよ。これからは特別扱いせずに、差し入れとかもあんまり……」
「やっぱそうだよね…出待ちが常習化したらライブハウスの人にも迷惑掛かっちゃうし」
何も知らずにインスタントコーヒーを淹れてくれる彼女に対して、ジワジワと罪悪感が込み上げてくる。
「次からは断る」
こちらの気持ちなんてお構いなしに、ケーキを前にニコニコと笑みを浮かべるリアが、改めて可愛いと思ってしまう。
派手だったピンク色の髪はピンクベージュに落ち着いて、それが違和感なく似合ってしまうくらい整った容姿。
スタイルだって良くて、聞いたところ173センチもあるそうだ。
女性シンガーだというのに、ファン層は男女半々ほど。男性からはもちろん、女性からも人気がある彼女は、これから先もっと沢山の人からアプローチを受けるのだろう。
もしかしたら、なつめの知らないところで既に連絡先を沢山渡されて、それに返事をしてしまっているかもしれない。
「……ッ」
ケーキを食べ終わってから、彼女が風呂に入ったことを確認して、先程隠してしまったメッセージカードを眺めていた。
「……渡した方がいいよね」
高いケーキを貰っておいて、この手紙は渡さないなんてあまりにも卑怯だ。
分かっているのに、どうしてかジクジクと胸が痛んでしまう。
「あの人可愛かったな……」
リアは女性が好きな同性愛者なのだから、あんなに綺麗な年上の女性にアプローチをされたら案外コロッと落ちてしまうかもしれない。
そのうちこの家にも帰って来なくなって、彼女と暮らすと言い出してしまったら。
なつめにするようにキスをして、その先を想像するだけで醜い感情がドロドロと流れ込んでくる。
「……っ」
体育座りをして、自身の膝に顔を埋める。
何を彼女ヅラしているのだろうか。
二人は付き合っていないのだから、互いの恋愛に口を出すなんてルール違反だろうに。
高校を卒業してからずっと、2人とも音楽だけに夢中になる日々を送っていた。
「ハルフキリア」の歌声が1人でも多くの人に知られる事だけを目標に、彼女と共にここまで突っ走ってきたのだ。
だからこそこんなにもリアに執着して、取られたくないと思ってしまっているのかもしれない。
結局あのメッセージカードをリアに渡すことは出来ず、かといって捨てることも出来なかった。
悩んだ末に、普段あまり使っていないオーバーサイズのコートのポケットに隠してしまったのだ。
言えない罪悪感はどんどん大きくなっていて、1週間も経てば罪の重さに押し潰されそうになってしまう。
悶々とした気分の中、なつめは久しぶりに高校時代の友人と共にカフェへとやって来ていた。
「五十嵐先輩、会うの久しぶりですね」
向かい合って座りながら、派手な金髪になってしまった五十嵐眞帆と語り合う。
高校卒業後すぐに髪を染めた彼女は、一度も黒髪には戻さずにハイトーンカラーを貫いているのだ。
「本当だよね、元気してた?」
「はい…先輩は今年から社会人ですよね」
「そうなの。大学生活終わりたくないよ」
眞帆は高校卒業後、より被服について学ぶために四年生の大学へ進学した。
サークルに所属して沢山の友達が出来て、楽しい大学生活を謳歌しているのだ。
今年の春からアパレル会社に就職予定で、本当に彼女は洋服が好きなのだとしみじみ思う。
「いつか独立するのが夢だから頑張るよ」
「先輩なら有名デザイナーなれますよ」
なつめがハリボテの王子をやめられたのは、彼女が素敵なドレスを作ってくれたおかげだ。
あんなに人の心を惹きつけるドレスを作る彼女であれば、これから先も人を魅了する服を作り続けるのだろう。
「そういえば春吹ちゃん、まだあの子と一緒に暮らしてるの?」
「リアですか?そうですよ」
「付き合ってるの?」
お茶を吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。
まさかそんな質問をされるとは思わなかったのだ。
「な、何言ってるんですか」
「だって春吹ちゃんって実家からも大学通えるのに、なんであの子と一緒に暮らしてるのかなって……」
「……仲良しなんです」
「そっか。けどいいな…私も毎日一緒にいても飽きないくらい仲良い友達欲しいや」
「……やっぱり私たちって、世間的に見たら仲良しすぎるんですかね…?」
なつめの言葉に、彼女が力強く頷いてみせる。
冷やかしではなく、ただ淡々と事実を述べているようだった。
「そう思うよ?友達より恋人…ていうか、もう夫婦くらいの貫禄感じる」
まさか夫婦とまで関係が飛んでしまうとは思わずに笑ってしまう。
言われてみれば確かに、最近はお互いが何も言わなくても伝えたいことは何となく分かってしまう。
阿吽の呼吸があって、2人の間だけで流れるペースがあるのだ。
お互い一緒にいて心地良くて、一緒にいるのが当たり前。
だからこそ、忘れていた。
なつめとリアは、お互いのことをどう思っているのだろうか、と。
夢にひたむきに駆け走るばかり、女性として彼女をどう思っているのか、そんな当たり前のことに目を逸らし続けてきたのだ。
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