第50話
年越し蕎麦を啜りながら、年末恒例の歌番組をぼんやりと眺める。
何十年も歴史がある番組で、この舞台に立てるということは国民的に人気があると認められたも同然なのだ。
サクサクとしたかき揚げを頬張りながら、ジッとテレビを眺めていた彼女がポツリと声を漏らす。
「……これに出られたらさ、凄いよね」
「そりゃあ、凄いけど……」
出られる歌手は一握りで、決して容易ではないのだ。
「もし私が出られたら、なつめちゃんは嬉しい?」
「当たり前じゃん」
「よし、じゃあこれに出たら結婚しよう」
戯けたような口調に、またいつもの冗談かと聞き流す。
なつめを揶揄うことが好きな彼女は、時折こうした言葉を口にするのだ。
「はいはい、そのためにも頑張らなきゃね」
「もちろん」
蕎麦を食べてからは、お互い眠気に襲われたため年越し前にベッドに横たわっていた。
真っ暗な室内。一つのベッドに二人で寝転んでいるため、互いの肩はピタリとくっついてしまっていた。
「……ベッドも狭いね」
「いまさら一人じゃ寝られない。なつめちゃんもでしょ?」
返事の代わりに唇にキスをすれば、暗闇で彼女が嬉しそうに笑う声が聞こえて来る。
「おやすみ」
胸元に顔を埋めてきた彼女を、優しく抱き締める。
いつもはなつめが抱きしめられて眠るため、彼女が胸の中にいるのは珍しい。
優しく髪を撫でてあげながら、彼女の温もりを胸元で感じる。スヤスヤと心地良さそうに眠るリアの姿に、なつめも愛おしさを感じながら夢の世界へ羽ばたいていた。
ゆったりとしたバラードは久しぶりで、目を瞑りながら彼女の作った曲を聴き込んでいた。
最近はライブで盛り上がるアップテンポな曲ばかり作っていた。落ち着いた曲を彼女が紡いだのは、一体いつぶりだろう。
「どうかな……?」
「凄くいい」
「良かった。これね、なつめちゃんと海に行った時をイメージして作ったんだ」
新年の挨拶もそこそこに、良いイメージが浮かんだと叩き起こされたのだ。
優しい曲調は耳触りが良く、彼女が早く聴かせたくて興奮してしまう気持ちも分かるような気がしてしまう。
「歌詞、考えとく」
「期待してるよ」
改めて「あけましておめでとう」と挨拶を言い合ってから、身支度を整えて近所の神社へ向かう。
地元の人に愛されている神社なため、都心の有名所に比べれば人はごった返していない。
屋台で腹ごしらえをしてから、並んでおみくじを引いていた。
恐る恐る紙を開いてみれば、そこに書かれていた文字についはしゃいでしまう。
「大吉だ……!
「嘘、なつめちゃんも?」
嬉しそうに、リアもおみくじをこちらに見せてくる。
同じく「大吉」と記載されていて、新年早々二人で顔を見合わせながら喜んでいた。
「私たち、今年は良い年になりそうだね」
力強く頷いて、これからの日々に想いを馳せる。
冷え込んだ空気は澄んでいて、呼吸をする度に心が洗われていくような気がした。
どうしてか、今年は二人にとってとても良い事が起きるような予感がしてならないのだ。
まるで特等席だと思いながら、ステージで歌う彼女を舞台袖からジッと見つめていた。
ドラムとベースは活動を通して知り合った友人に頼んでいるらしく、何とも迫力のある演奏がリアの歌をより魅力的にしていた。
「……贅沢だなぁ」
こんなに近い場所で、彼女の歌声を聴くことができる。
客席は多くの人で賑わっていて、皆リアの歌を聞きに来たのだ。
彼女のために、わざわざこのライブハウスまで足を運んで来てくれた大勢の人がいる。
改めて「ハルフキリア」の魅力を痛感させられながら、なつめも彼女の歌に魅了されてしまうのだ。
終了後、片付けを終えてから一緒に裏口から外に出る。
ライブ終わりはいつもリアは興奮していて、瞳をキラキラと輝かせながら熱を持て余しているのだ。
「ねえなつめちゃん、今日どうだった?」
「すごく良かったよ。3曲目のアレンジとか特に好きだった」
「なつめちゃん好きそうだなって思ってたんだよね」
ニコニコと嬉しそうに話す彼女に癒されていれば、背後から声を掛けられて二人で足を止める。
「ハルフキリアさん」と呼び止めたのは社会人と思わしき女性で、スーツを着ているため仕事帰りだろうか。
コツコツとヒールを鳴らしながらこちらに近づいてきた女性は、少し大きめな紙袋を差し出してきた。
「ハルフキリアさん、これよかったら」
以前テレビでも紹介されていた、大人気なケーキ屋の紙袋。
値段がかなり張るそうだが、それでも人気で中々買えないと噂の店だ。
「え……これケーキじゃん」
「ライブ終わってすぐに買いに行ったんです。そこ、美味しくて人気らしいから」
「ライブも見てくれてたんだ…あ、三列目あたりにいた……」
覚えて貰えたのが嬉しかったのか、女性がそっと笑みを浮かべる。
綺麗な人で、切長の瞳が大きくてとても目力があった。
「これからも頑張ってくださいね」
足早に去っていく女性を見送って、隣に立つリアにぽつりと尋ねる。
「……差し入れ、基本断ってなかった?」
「…だってこれ、なつめちゃんが前食べたいって言ってた高いお店のやつだったから…」
それを言われたら、何も言えなくなってしまう。
とても高くて買えないため「いつか一緒に食べれたらいいね」と二人で話していたのだ。
「……せっかくだから頂こうか」
ホッとしたように、リアがこちらの手を取って握ってくる。
もしかしたら、差し入れを受け取って怒られると思ったのかもしれない。
それくらいで怒らないと言うのに。
先程の綺麗な女性の姿が脳裏に焼きついてしまっていた。
彼女のリアを見る瞳が、まるで恋する女性のようにキラキラとしていたせいだろう。
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