第42話
夏ともなれば、夕暮れのオレンジ色の光が辺りを照らす時間帯になってもまだまだ暑い。
都内でも有名な自然あふれる公園は、家族連れや友達同士、カップルと沢山の人で賑わっていた。
通りに椅子を置いて、リアが持っていたギターケースを降ろす。
「アンプは繋がないの?」
「アコギにしたんだ。うるさいって怒られても嫌だし。私声だけはデカいから」
「声量あるって良いなよ」
二人でくすくす笑いながら準備をしていく。
休日ということもあって、準備段階からチラチラと視線を向けられていた。
ピンク髪の美少女がどんな歌を歌うのか、気になっているのかもしれない。
「空き缶は置く?」
「ベタだからやめとくよ。けど、これは飾っとく」
そう言いながら側に置いたのは、ミニ看板だった。
ハルフキリアという名前と共に、SNSと動画サイトのアカウントがチョークで記載されている。
いよいよ初めての路上ライブが始まるのだ。
「一曲目は何が良いかな」
「……二人が初めて作った曲にしよう」
提案して見せれば、リアが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……じゃあ、聴いててね」
ギターを掻き鳴らせば、通行人がこちらに視線を寄越す。
それを不敵な笑みで返してから、リアが口を開いた。
マイクは勿論アンプだって繋いでいないため、遠くまでは届かないけれど、側にいた人は彼女の歌に驚いたように足を止める。
ずっと好きで堪らなかった、リアの歌声。
一人でも多くの人に聞いて欲しいというなつめの願いが、また一歩前進したような気がした。
「あの子上手だね…」
「ていうかあれ、聴いたことある気がする……」
ひとり、またひとりと足を止めて、少しずつ人だかりが出来てくる。
彼女と顔を見合わせて、嬉しくて笑みを浮かべてしまっていた。
「声綺麗」
「てか、めっちゃ可愛くない?」
「しかもすごい上手…」
若者が多く集まる公園ということもあり、次々と人が集まってしまう。
中には「ハルフキリア」の投稿動画を見ていた人もいたらしく、興奮したように彼女の歌に聴き入っていた。
通路を埋めてしまいそうなくらいの人が集まり始めたため、当初の予定よりも早く切り上げる。
僅か3曲だというのに、彼女の魅力を伝えるには十分過ぎた。
「ありがとうございました」
頭を下げれば、辺りから拍手が送られる。
嬉しそうに頬をかく姿は可愛らしくて、これからは歌声だけでなくルックスでも多くの人を虜にするのだろう。
「あの、握手お願いしてもいいですか?」
「えっと……」
「お金入れたいんですけどどこに入れれば…」
次々と話し掛けられて、おかしそうにリアが笑う。
ここで焦らないのが、あの子らしい。
人のペースに乱されず、自分をしっかりと持っているのがリアなのだ。
「お金はいらないです。あんまり長居してたら迷惑なので、握手だけでお願いします」
一列に並び始め、次々と握手をしていく。
頑張ってと声を掛けられる度に、なつめも同じように嬉しくなってしまうのだ。
ようやく人が去って、高揚感に駆られている彼女へ近づく。
頬はピンク色に染まって、酷く嬉しそうに笑みを浮かべているのだ。
「まさかこんなに集まるとは思わなかった……」
「だって雅だよ?それに、SNSでは割とフォロワーいるじゃん」
「ネットだとなんか数って感じするじゃん…実際に目の前に来ると、なんというか……」
手を取られて、彼女の胸の間に押し当てられる。
柔らかな膨らみの間にある心臓は、とてつもなく大きな音を鳴らしていた。
「さっきからずっとバクバクいってる…楽しかった、めちゃくちゃ」
それだけで、喜びが十分に伝わってくる。
額には僅かに汗が滲んでいて、この暑さの中でよく歌い切ったものだ。
「……皆んな、雅の歌が好きなんだよ」
「……嬉しい」
「私も大好きだから…これからもっと沢山の人に雅の歌声を聴いてもらいたい。色んな人に好きになってもらいたい」
なつめだって彼女に負けないくらい、胸が高鳴っている。
二人で作った曲を初めて人前で披露して、色んな人から応援の言葉を掛けてもらった。
作詞をしてまだ1年しか経っていないけれど、最初の頃よりは自信だって付いてきている。
天才的に人を惹きつける雅リアの歌声に、少しずつ追いつけているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます