第43話
あれ以来、リアは土曜日の夕方にあの公園で路上ライブをするようになっていた。
事前告知などはしていないが、路上ライブの映像を誰かがSNSに上げたようで鰻登りに評価は上がっていく。
とても路上ライブとは思えないほどの数だ。
SNSのフォロワーはあっという間に5万人を越えてしまったため、この勢いなら年内で倍まで増えたとしてもおかしくない。
真っ白な机が並ぶ室内で、大きなため息を吐く。
本当は全てのライブで側にいてあげたい所だが、夏休みに入ってから予備校へ通い始めたのだ。
やりたい事は特に見つかっていないため、都内でも有名な大学へ行くことを目標にした勉強はどうも身に入らない。
やりたい仕事も何もないなつめは、ただ学歴を得る事だけを目的に勉強を強いられているのだ。
これなら、真夏の空の下で一生懸命歌っている彼女の方が余程生きているという実感を得られるだろう。
「はい、じゃあテキスト開いて」
パラパラとテキストを捲るが、話はあまり聞いていなかった。
今は勉強よりも、ハルフキリアの新曲作りの方が夢中になってしまっている。
鰻登りで人気が出ている今こそ、良い曲を出してより彼女の知名度をあげたい。
ハルフキリアを支えて、リアと共に歌をつくり出すことが、今のなつめにとって1番の生きがいになっているのだ。
予備校を出れば、もう夜だというのにモワッとした暑さが広がっていた。
8月を後半に迎えても、一向に夏が終わる気配はない。
「あれ……」
マナーモードにしていたため気づかなかったが、スマートフォンにはリアからの着信が一件入っていた。
折り返し掛け直しながら、あの子が路上ライブをしている公園まで歩く。
もうライブは終わってしまっているが、新曲の相談も兼ねて一度会う約束をしていたのだ。
「どうしたの?」
『なつめちゃん……電話してごめん…その、えぇ…』
戸惑いと喜びを合わせたような声色に、小首を傾げる。
『とにかく、やばくて……やっぱり会ったら話す』
プツリと電話が切れて、不思議に思いながら歩く速度を早める。
通っている予備校と公園は歩いて10分ほどの距離なため、すぐにぼんやりと佇む彼女と合流した。
「な、なつめちゃん…」
「どうしたの。変な電話して来て」
「知らないおじさんから、これもらった…」
これ、といって彼女が差し出して来たのは一枚の名刺だった。
まさかと思いながらじっくりと見つめれば、そこには確かに芸能事務所の文字が記載されている。
「これって……」
「路上ライブの動画見てから、私が挙げてる動画も全部見てくれたって……デビュー目指して所属しないかって言われた」
息を呑んで、その場で大声を出してしまいそうになる。
「す、すごい!」
「けど待って、詐欺だったらどうしよう」
「一回、京に聞いてみるよ。名刺預かっても良い?」
「ありがとう……」
二人とも18歳の高校生ということもあって、手放しには喜べない。
悪い輩がスカウトを装って、若い女の子を食い物にしている事件を活動するにあたって調べたのだ。
リアが傷つけられない様に、不審な業者からの誘いは全てなつめが対応してきた。
だけどもしこのスカウトが本当だったら、リアは芸能デビューして、彼女の歌声をもっと色んな人に知ってもらえる。
なつめが好きで堪らない彼女の歌が、全国に轟くチャンスかもしれないのだ。
勉強机に向かってテキストを解いていれば、トントンと部屋をノックされる。
入って来たのは妹の京で、撮影終わりということもあっていつもより派手なメイクをしていた。
そんな姿も可愛くて、姉ながら目一杯可愛がりたくなってしまう。
「これ」
ネイルチップが付いた指で渡されたのは、以前リアがスカウトされた時に貰った名刺だった。
あれから1週間経ったが、妹に頼んで調べてもらっていたのだ。
「お姉ちゃん、頼まれてた名刺だけど。マネージャーに調べてもらったら本物っぽいよ」
「本当!?」
「けどリアさんがスカウトってすごいね、びっくり」
「他の人には黙ってて欲しくて……」
「当たり前じゃん」
妹が部屋から出るのを見送ってから、すぐにスマートフォンを手に取る。
勉強中は触らないようにしていたというのに、こればかりは仕方ないだろう。
電話を掛ければ、数コールした後に通話が繋がる。
「もしもし?京に調べてもらったらやっぱりあの名刺本物なんだって。写真撮って送るから、直ぐにでも電話した方がいいよ」
『ありがとう……!』
口元の緩みが抑えられず、電話越しにも関わらず笑顔で会話をしてしまう。
嬉しくて、通話を終えるのと同時に参考書ではなくてルーズリーフを取り出していた。
以前録音しておいた新曲を聴きながら、思い浮ぶ言葉を綴っていく。
勉強を優先しないといけないとわかっているのに、今はそれどころではない。
リアが作った曲に、なつめが歌詞を載せる。
ハルフキリアの歌がようやくプロに認められて、これから大きな一歩を踏み出すのだと思うと嬉しくて仕方なかったのだ。
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