第40話


 以前録音した、リアが作曲した曲をイヤホン越しにリピートして聴いていた。

 クーラーの効いた深夜の自室にて、シャープペンシルを片手にジッと考え込む。


 今まで描いた歌詞は、失恋の苦しさを歌ったものだった。

 爽やかだけど切ない曲調には、失恋ソングがピッタリと思ったけど、夏らしい爽やかな曲に失恋の歌詞は重過ぎる。


 相手への未練を書き綴っていた歌詞は全て消して、また一から新しく書き直していた。


 失恋はただ重苦しいものではない。

 失ったからこそ、前に進めることもあるのだと今年の夏リアから教わったのだ。


 「……よし」


 失恋当初は苦しくても、時間と共に癒えていく。

 かつて好きだった人のことも次第に忘れ始めて、気づけばまた希望に満ちた一歩を踏み出せる。


 ただの失恋ソングではなくて、そんな前向きな歌にしたい。


 そう考えると、どんどんと手が動いていく。

 夢中になって作詞をしながら、こんなにワクワクしたのはいつぶりだろうと考えていた。


 言葉を書き連ねることが楽しくて、知らない世界に来てしまったかのように、浮き足立った高揚感に駆られていた。


 カーテンから朝日が差し込み始めた頃、そっと机の上にペンを置く。


 「で、出来た…!」


 おそらく小学生が夏休みのラジオ体操をしているくらいの時間。そんな朝早くに、朝ごはんも食べずに家を飛び出していた。


 1秒でも早く見せたくて、部屋着のまま日焼け止めも塗らずに彼女の元へ向かう。


 息を乱しながらインターホンを押せば、眠たげに瞼を擦ったリアが出迎えてくれる。


 「はよ…朝早くにどしたの、なつめちゃん」

 「これ、雅に見せたくて」


 一枚紙を差し出してから、画像を撮ってSNSで送れば良かったことに気づく。

 完成した喜びで、少し考えれば分かる事にも頭が回らなかったのかもしれない。


 「歌詞、出来たの?」


 何度も頷いて見せれば、眠気が吹き飛んだようにリアの瞳がキラキラし始める。


 「すごい……ちょっと、今から歌ってみるから聞いてよ」


 入ってと招き入れられて、誘われるままにリアの部屋へ。

 ベッドの上に座れば、すぐにギターを取り出してリアが歌い始めた。


 ギターの音色に合わせて、なつめの描いた詩がメロディーに乗って歌になる。

 彼女の綺麗な声に乗って、一つの曲が完成するのだ。


 心臓が震えて、身震いしてしまう。

 感動と興奮が同時に押し寄せて、どうしてか涙が出てしまいそうになるのだ。


 「……すごい」


 引き終えるのと同時に、リアが嬉しそうに顔を綻ばせる。

 なつめと同じように、彼女も高揚感に駆られているようだった。


 「めっちゃ良いよ!これ」

 「本当に?よかった…なんか、すごいね。私が描いた詩が歌になって、それを雅が歌うなんて…」

 「もうちょっと修正したら、動画に上げてみる」

 「SNS作って、宣伝してみるのもどう?今よりもっと色んな人に見てもらえるかも」

 「いいかも、それ」


 新しく踏み出した一歩に、二人でワクワクしてしまう。曲を作り上げる喜びは癖になって、みるみるうちに虜になってしまったのかもしれない。

 

 「じゃあ、新しい曲作ったからまた作詞お願い」

 「もう出来たの…!?」

 「なつめちゃんに歌詞書いてもらえると思ったら嬉しくて。あと3曲ある」


 彼女は本当に歌うことが好きなのだ。

 独自の世界観をきちんと持っている彼女は根っからの芸術肌で、自分を一番に表現できる方法が歌なのかもしれない。


 これまでよく我慢して押さえ込んできたものだと思うが、それはなつめも同じかもしれない。


 可愛いを封印して偽りの自分を演じてきたなつめを、解放してくれたのはリアだ。


 お互いのおかげで、自分の好きに誇りを持つことができた。

 本当の自分を受け入れて、前に進むことが出来た。


 彼女と共に、これから先も鮮やかな世界を歩んでいきたいのだ。

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