第37話
何度も消しゴムで消しては書いてを繰り返しているせいで、ルーズリーフはヨレてきてしまっている。
必死にペンを走らせるがいまいち納得出来ずに、ここ何日も頭を悩ませているのだ。
あの曲を聞いて思い浮かんだのは切なさで、片想いの失恋ソングを描こうと思ったが、上手く描くことが出来ずにいた。
そもそも作詞経験なんてない素人は上手くできなくて当然なのだろうが、少しでも彼女の曲に合う歌詞を描こうと頑張りたくなってしまう。
一度頭の中を整理しようと、録音していたリアが弾いたギターの音色を再生していれば、一階からインターホンの音が聞こえてくる。
「なつめ、リアちゃん来てくれたわよ」
母親の呼ぶ声が聞こえて、慌てて時間を確認する。
気づけば待ち合わせ時刻を迎えていて、大慌てで準備をしてから階段を駆け降りていた。
「ごめん、歌詞書いてて時間見てなかった……」
「全然平気。行こっか」
玄関の扉を開けば、夏らしくモワッとした熱気が押し寄せてくる。
今年は猛暑らしく、暑さに負けないようにセミも一際大きな声で鳴いているような気がした。
暑さを和らげようと、手で風を仰ぎながら太陽に照らされた道を歩く。
「作詞中々上手くいかなくてさあ」
「ゆっくりでいいのに」
「せっかくだから早く動画にしてアップしたいじゃん。雅の曲、めちゃくちゃ良いから」
「なつめちゃんは本当に私の曲が好きだね」
「好きだよ、歌声も雅が作る曲も」
この世で一番、彼女の歌声の虜になっている自信がある。
繊細で綺麗な彼女が紡ぎ出す言葉を、軽い気持ちで決めたくないのだ。
二人で駅に着いて、改札を抜けてからピタリと立ち止まる。
遊ぶ約束はしていたが、どこへ行くかは何も決めていなかったのだ。
「今日どこ行く?」
「プールは?」
「水着持ってきてないし」
「じゃあ、水族館」
「いいよ」
30分ほど電車に揺られてから、ペンギンの群れが可愛くて有名な水族館に到着する。
当然のように二人の手は恋人繋ぎで握り合っていて、どこか不思議な感じがした。
嫌じゃないためされるがままだが、今年17歳になる女子高校生2人が手を繋いで歩くものなのだろうか。
ガラス越しに水中を泳ぐ魚を眺めながら、思い出したようにリアが言葉を口にする。
「なつめちゃん、髪伸ばすの?」
「ショートの方がいいなら切らないけど」
「どっちでもいい。絶対どっちも可愛いから」
伸び掛けの髪の毛は内巻きにワンカールをしていて、あと数ヶ月もすれば結べるようになるだろう。
可愛いと言う言葉に、密かに胸を弾ませているのはなつめだけの秘密だ。
時間がなかったため薄化粧だが、今日だって彼女のためにオシャレをしたのだ。
「水族館来ると眠くならない?」
「ならないよ、ちゃんと魚見て」
子供っぽい言動は水族館の雰囲気をぶち壊してしまうが、そんな彼女の一面も嫌いではない。
何でもハッキリと口にするリアの素直さが、最近は一緒にいて心地良いのだ。
深海魚コーナーへ移動すれば、先程に比べて辺りが暗くなる。
周囲に人がいないか確認をしてから、背伸びをして彼女の唇に自身のものを押し当てた。
「……目覚めた?」
「……もっと眠くなったかも」
「何言ってんの」
「あと3回してくれたら目覚める」
「ばか」
くだらないやり取りに、自然と笑みが溢れる。
つまらない冗談を言い合って歩いているだけで、心地良くて仕方ないのだ。
一緒にいると楽しくて、1秒でも長く彼女と一緒にいたいと思ってしまうのは、友情にしては度がすぎているのだろうか。
サクサクとしたミルフィーユ生地を味わいながら、ピーチの香りがするフレーバーティーに癒される空間。
店内には甘い香りが充満していて、噂通り可愛らしい内装とクオリティの高い味に大満足だ。
水族館を出て、なつめの希望で巷で人気のカフェへとやって来ていた。
「来週さ、栃木に帰るんだよね。ご飯行こうって両親に言われてて会ってくる」
「暫く泊まるの?」
「いや、日帰り」
伏目がちで、声がちっとも弾んでいない。
ここ最近毎日一緒にいるせいで、そんな些細な変化にも気付いてしまうのだ。
「仲悪いわけじゃないけど…なんか気まずくて、あんまり行きたくない」
「……一緒行こうか?」
「え……」
「日帰りなら、適当に時間潰して待ってるよ」
なつめの提案に、リアがホッとしたような表情を浮かべる。
怖いものなんて一つもない様に、いつも揚々としている彼女だけど、中身は年相応に傷つきやすい繊細な女の子。
父親と新しい母親のことは嫌いではなくても、互いが気を遣ってしまうせいで、上手く仲を深められないのかもしれない。
栃木は上京して以来一度も帰っていない。
虐められた苦い思い出のある土地に戻るのが怖かったというのに、リアと一緒だったら平気だと思うのだから本当に不思議だ。
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