第36話


 クーラーの効いた室内で、ふかふかのベッドの上に横たわる。

 数ヶ月前に購入したばかりだというベッドはスプリングもしっかりとしていて、寝心地がとても良いのだ。


 「なつめちゃん寝るの?」

 「んー……」


 ケーキを食べたおかげで食欲が満たされ、代わりに睡眠欲が込み上げてくる。


 夏休みに入ってからは、ほぼ毎日互いの家に入り浸る日々を過ごしていた。

 お互い徒歩で行ける距離なため、暇さえあれば転がり込んでしまっている。


 大体リアはギターを弾いていて、なつめはその歌声をBGMに本を読むことが多かった。


 こんなにも綺麗な歌声をさらりと聞き流してしまうなんて、何とも贅沢だ。


 「ちょっと寝ようかな…」

 「そっか。曲出来たら聞いてもらおうと思ったのに」


 襲って来ていた眠気が一気に吹き飛んで、慌ててベッドから起き上がる。

 今までカバー曲しか聴いたことがないため、オリジナル曲を作っていたことすら知らなかったのだ。


 「雅、作曲してるの!?」

 「まあ…昔から作ってはいる」

 「聞きたい、聞かせてよ」


 お願いと強請れば、彼女が大きく頷いて見せる。

 綺麗な左手が弦を押さえて、もう片方の手で器用に弾き始めた。


 ゆったりとしたバラード調で、彼女の心の中で生まれた曲が音になって届いてくる。


 夏の爽やかさを滲ませながら、どこか切ないような気もする。

 秋の訪れを感じつつ、まだ僅かに夏の香りも残っているような、夕暮れ時に聴きたくなるような曲調だった。


 「爽やかだけど、なんか切ない曲だね」

 

 全てを聞き終えてから簡潔に伝えれば、彼女がギターから移した視線をこちらに向けてくる。


 「なつめちゃんはそう感じたの?」

 「なんとなくだけど……」


 酷くキラキラとした瞳をしながら、リアが両手を力強く握り込んでくる。


 興奮したように身を乗り出して、僅かに上擦った声で言葉を溢れさせていた。


 「じゃあ、なつめちゃんがこの曲に歌詞描いてよ」

 「は……?」

 「私、作曲はできるけど作詞出来ないから…なつめちゃんと私で一緒に曲作ろう」

 「待ってよ、私だって作詞なんてしたことない……」

 「曲聴いただけで直感的にそう感じたんでしょう?十分だって、頭に浮かんだ言葉をそのまま紙に書いて……」


 新しい挑戦に酷く楽しげな彼女を見ていると、不思議と断る気にはなれなかった。

 なつめもまた、彼女と共に何かを生み出したくなってしまったのかもしれない。


 失敗して上手くいかなかったとしても、リアが側にいれば頑張れるような気がしてしまうのだ。


 「…上手くできるか分からないよ?」

 「私も一緒に考えるし…曲出来たら動画も上げよう?」


 二人で「楽しみだね」と顔を見合わせながら、また新たな一歩を踏み出せたようでワクワクしてしまう。


 本当にリアと一緒にいると飽きなくて、毎日が楽しくて仕方ない。


 なつめの手を取って、どんどん知らない世界を教えてくれる。

 気づけば彼女の色に、世界が鮮やかに彩られていくのだ。

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