第35話


 夏服のセーラー服に着替えてから、丁寧に畳んだドレスを両手に抱えて被服室を訪ねていた。

 やはりそこには今年のコンテスト優勝者の眞帆の姿があって、軽く会釈をする。


 もう衣装合わせをする必要はないというのに、何となくここにいるような気がしたのだ。


 「先輩、衣装ありがとうございました」

 「こちらこそ…まさか本当に優勝しちゃうなんて」

 「先輩のおかげですよ」


 彼女が魔法を解いてくれなければ、なつめは今もずっとハリボテの王子様を演じていた。


 同時に新たな魔法を掛けてくれたから、自信を持ってステージに立てたのだ。


 「そんな、お礼を言うのは私の方……」

 「これでやっと本当の自分でいられます」


 もうステージから降りて、校舎内にはまだ人も溢れ返っているのに、化粧も巻いた前髪もそのままだ。


 制服姿で自分らしくいられることが何よりも嬉しかった。


 本当はメイクやヘアアレンジなどを沢山研究して、可愛らしい姿で女子高校生生活を送りたかったのだ。


 「……最初はね、本当にちょっとだけ下心もあったの。学園の王子に着てもらったら有利かなって…けど、春吹ちゃん良い子なんだもん」

 「……っ」

 「春吹ちゃんを一番輝かせられる服を作りたくなっちゃった…それに、王子様の力を借りるなんてズルだし」


 深々と頭を下げられる。

 その姿から感謝の想いがヒシヒシと伝わってきていた。


 「こちらこそ、本当にありがとう……本当に辛かったけど、頑張って通い続けて良かったと思えたのは今日優勝出来たから」


 頭をあげた彼女の瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。

 いじめられても毎日学校へ来て、強い人だと思っていたけれどやはりそうではなかった。


 強がっているだけで、彼女の心は何度も痛めつけられて深い傷を負ってしまっているのだ。

 

 「これからは本当に着たい服を着て、なりたい自分でいてね。自分に似合うスタイルも勿論大切だけど…一番は、春吹ちゃんがどうありたいかだと思うから」


 辛くても学校へ通い続けられた1番の理由は、彼女の洋服作りへの愛なのかもしれない。


 この場所で服作りの基礎を学んで、大好きな洋服のデザインを考えることで、ギリギリのラインを保つことが出来ていた。


 それくらい情熱的な人間が作る服なのだから、魅力的で当然だ。


 改めて、こんなにも洋服作りに真剣な彼女の服を着られた事を誇りに思う。


 「……もしファッション科の人に何かされたら私に言ってください」

 「春吹ちゃんに?」

 「友達として、私が先輩を助けます」


 照れ臭くてはにかみながら告げれば、眞帆が堪えきれなかったのか涙を流してしまう。


 必死に目元を拭いながら溢す彼女の言葉は、酷く暖かいものだった。


 「……やっぱり春吹ちゃんイケメンじゃん」


 顔を見合わせて、二人で笑い合う。

 あれほどイケメンと言われるのが複雑だったというのに、今はすんなりと受け取ることができる。


 偽りの自分ではなくて、ハリボテの王子様でいることをやめて、ありのままでいられるから。


 どんな褒め言葉も素直に受け取って、喜ぶことが出来る。


 本当の自分を出すことがあんなにも怖かったというのに、偽った自分を褒められて罪悪感に苛まれていた頃より余程生きやすい。


 格好付けた姿で100人から好かれるよりも、本当の自分を僅かな人から好いて貰えるほうが何百倍も幸せなことなのかもしれない。





 被服室を出てから、壁にもたれ掛かっていた彼女の元へ駆け寄る。

 一緒に帰る約束をしていたが、てっきり空き教室で待っているかと思っていた。


 ピンク髪の彼女はなつめの手を取って、そのまま指を絡めた恋人繋ぎにしてしまう。


 「……あんな言い方したら勘違いするんじゃないの、あの先輩」

 「先輩、中学の頃から付き合ってる彼氏いるよ」

 「まじ?」

 「女の子は可愛いと思うけど、私たちと違ってノンケの人だから」


 ホッとしたようにリアが胸を撫で下ろしている。

 被服室から聞こえてくる声を盗み聞きしている間、ずっと割り込んで侵入してしまおうかと悩んでいたらしい。


 「良かった」

 「なんで雅が喜ぶの」

 「内緒」


 靴を履き替えて外に出れば、眩しい直射日光に晒される。

 あまりの強さに目を細めながら、額に汗を滲ませていた。


 すらっと背の高い彼女と歩いているだけでも目立つのに、おまけに手まで繋いでいるのだから、すれ違う生徒たちからジロジロと視線を向けられていた。


 「手繋いでるの誰かに見られちゃうよ」

 「もう皆んなの王子様じゃないんでしょ?」

 「……そうだったね」

 「これくらい、いいじゃん」


 この暑さの中手を繋いで歩くだなんて、まるでバカップルのようだ。


 それでも振り解かないのは、彼女と手を繋いで歩くのが嫌ではないから。

 

 夏の暑さに照らされながら、額に汗を滲ませる。

 頬が赤いのを暑さと夕日のせいにしながら、リアと共にようやく一歩を踏み出したのだ。


 

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