第34話


 見慣れた空き教室の窓から、下校する生徒たちを眺めていた。

 明日から夏休みなため、皆んなどこか浮き足立っているように見える。


 コンテストが終了してから真っ直ぐにこの場所へ来たため、皆の反応は知らないままだ。


 批判されているのか、受け入れて貰えているのか。

 分からないけれど、どちらでも構わないと思ってしまう。


 白色のドレスを着たままジッと待っていれば、ようやく空き教室の扉が開かれる。

 呼び出してまだ5分しか経っていないというのに、リアはすぐにやって来てくれたのだ。


 「……優勝おめでとう」


 10センチ近くあるヒールは履き慣れず、一歩を踏み出すのと同時によろけてしまう。

 ステージ上で転倒せずに済んだのは、緊張で気を張っていたからだろう。


 そのまま転びそうになっていれば、慌てて駆け寄って来たリアによって抱きしめられていた。


 ヒールのおかげで身長差がないため、彼女のいじけたような表情がすぐ間近で見れる。


 「……おもしろくない」

 「どういうこと」

 「自分でもよく分かんない…けどなんかモヤモヤした」

 「似合ってないってこと?」

 「ちがう!めっちゃ似合ってる……だから…なにこれイライラする…っ」


 まるで子供のように抽象的な表現に、笑みを溢してしまう。


 「意味わかんないんだけど」

 「……だって今までは私だけのなつめちゃんっていうか…なつめちゃんが実は可愛いのは私だけが知ってたのに、もう皆んなにバレちゃったから」


 今度はなつめの方から、彼女の体を優しく抱きしめる。

 勇気を出して背中に腕を回して、励ますようにトントンと叩いた。


 「……私は先に進んだよ」

 「なつめちゃん……」

 「雅はどうするの?」


 僅かに挑発するように尋ねてみれば、リアが困ったように笑みを浮かべる。

 彼女の方から力を込められて、更に体を密着させられていた。


 「……本当、なつめちゃんには敵わないよ」


 まるでチークキスをするように、二人の頬がピタリとくっついている。

 

 ヒールを履いているため、いつもより顔の位置が近いからこそ出来るキスだ。


 「……なつめちゃん見てるとさ、頑張りたくなっちゃったの」


 頬が離れていって、今度は互いの額をくっ付け合う。

 至近距離で互いを見つめ合いながら、近づいてくる唇に胸を高鳴らせた。


 「……どんな時もなつめちゃんは味方でいてよ」

 「雅こそ」


 そっと目を瞑れば、唇にふわりとした感触が触れる。

 暫く味わっていなかった感触に、体の奥底から熱が込み上げてくる。


 彼女とのキスは初めてではないというのに、慣れる事はなく照れてしまうのだ。


 「もう慣れた?」

 「まだ……ていうか1ヶ月近く練習してなかったじゃん」

 「じゃあ、また一から練習しよ?」


 コクリと頷けば、再び触れるだけのキスを落とされる。

 僅かに頬が染まった彼女があまりにも可愛らしくて、ずっと見ていたいと思ってしまう。


 「……雅、やっぱり化粧変えたでしょ」

 「変えてないって。今日も前と同じで眉毛と口しかやってない」


 じゃあどうして、こんなに可愛く見えるのだろう。

 以前から可愛い顔をしているとは思っていたが、その頃とは比じゃないくらい可愛く思えて仕方ないのだ。


 「カラコン変えたとか?」

 「そもそも入れてないし」

 「じゃあ、えー……なんでだろう」


 どれだけ頭を悩ませても、結局その答えに辿り着くことはなかった。

 暇さえあれば彼女を眺めていたいと思うくらい、リアという存在が可愛くて、同時に愛おしいのだ。


 「……夏休みどこいく?」

 「赤点取らなかったんだ」

 「もちろん、なつめちゃんのおかげでね」


 彼女の体温に触れ合っていたくて、されるがままに体を擦り合わせる。

 首筋に額を擦り付ければ、柔らかな肌の感触が伝わってきた。

 

 「海行きたい。あとは遊園地と、ショッピングもしたい」

 「またお揃いの下着買う?」

 「今度は雅が選んでよ」


 予想外の返事だったのか、リアが驚いたような顔をする。

 きっといつものように、なつめが可愛くない言葉で噛み付いてくると思ったのだろう。


 今まで彼女に翻弄されてばかりだったけど、たまにはなつめだってリアを戸惑わせてみたいのだ。


 「雅が選んだ下着着けたい」


 耳元で囁いてみせれば、彼女の耳がジワジワと赤く染まっていく。

 勇気を出してなつめの方からキスをすれば、唇を舐められて慌てて顔を背けた。


 「……ッ舐めるとか聞いてない」

 「言ってないもん…急に可愛くなりすぎないでよ」


 今更ながらにとてつもない羞恥心が込み上げて来て、頬が真っ赤に染まっていくのを感じていた。


 彼女の温もりに包まれながら、リアに可愛いと言ってもらえた事実に胸を弾ませる。

 

 「……雅こそ」


 なつめだって、これ以上リアが可愛くなってしまったら心臓がもたない。

 

 優しく背中を擦る手つきに安心しながら、勇気を出して良かったと考える。


 逃げ続けるのをやめて、本当の自分と向き合う決心をしたからこそ、今こうして彼女と本音でぶつかり合える。


 キスもハグも全て、頑張った自分へのご褒美のように思えるのだ。

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