第33話
講堂に入る扉の前には係の生徒がチラホラいて、皆が驚いたようになつめを二度見する。
ヒールを履いているせいで身長は170センチを越えているため、屈みながら眞帆に赤いルージュを塗ってもらっていた。
終業式の前に、期末テストの答案用紙が返却された。全て90点代で平均点を大きく上回っていたが、その努力も今日で必要なくなるかもしれない。
優等生で頭の良い王子様の幻想を、これから壊すことになるのだ。
「……やっぱり可愛いね、春吹ちゃんは」
「先輩のおかげでもあるんです」
瞼にはマスカラが乗せられているため、いつもより重く感じてしまう。
前髪は流しやすい長さまで切ってしまったため、これからは扱いやすくなるだろう。
キラキラとした衣装を見下ろして、まるで魔法に掛けられたような錯覚を起こしてしまいそうになる。
「似合ってますかね?」
「もちろん、今ここにいる中で一番春吹ちゃんが可愛くて綺麗だよ」
だから頑張って来てね、と背中を押されて、もう一度大きく深呼吸をする。
係の生徒に肩を叩かれて、スタンバイのために扉の前に立った。
『続いてエントリーナンバー15番、五十嵐眞帆さんの作品です』
女子生徒のアナウンスと共に、扉が開かれる。
全生徒が集まる講堂へ入るため、大きな一歩を踏み出した。
くじ引きで順番は決まったそうだが、まさかの一番最後。
「……自信持ってね、春吹ちゃん」
振り向き様に頷いてから、魔法を掛けてくれた彼女に笑みを返す。
厚底ブーツではなくて、高いピンヒールを履いた足で、ようやく前に進むことが出来るのだ。
時はテスト期間最終日の1週間前まで遡る。
被服室にて、最後の衣装調整をしてもらっていた時。
帰り際に、五十嵐眞帆が大きな鞄から一着のドレスを取り出したのだ。
「実は言ってなかったんだけど……もう一着あるの」
白色を基調にしたタイトなドレスはスリットが入っていて派手さがある。
細かく装飾が施されていて、キラキラとしたスパンコールは全て手縫いで縫い付けられているようだった。
あまりに豪華で綺麗なドレスに、ジッと目を奪われてしまう。
「……春吹ちゃんに似合うだろうなって。イメージして実はもう一着作ってた」
「だから寝不足だったの」と眞帆が種明かしをするようにはにかんでみせる。
これほど手の込んだ衣装を2着も作っていたのだから当然だ。
「……でもこれ…」
絶対にここ最近で作り始めたものではない。
もしかしたら彼女は、なつめがモデルをすることが決まってからすぐに、並行して2着の衣装を作っていたのかもしれない。
何も伝えていないにも関わらず、眞帆はなつめの本質を見抜いていたのだろうか。
一度衣装を机に置いて、彼女がポケットの中から口紅を取り出す。
そして背伸びをしながら、なつめの唇に滑らせていった。
「やっぱり春吹ちゃんは可愛いよ」
「……ッ」
「…皆んな春吹ちゃんを王子様って言うけど……私はそうは思わない。王子様だろうと、お姫様だろうと……どっちでも良いと思うんだ」
自身が作った衣装を見つめながら、愛おしそうに指を這わせている。
一生懸命に作った衣装は、自分の子供のように愛おしい存在なのだろう。
「2つの衣装はどっちも春吹ちゃんをイメージして作ったの。綺麗なドレスも、中性的な衣装も……どっちも春吹ちゃんの魅力を引き立たせられる。だから……どっちを着るかは、当日までに決めておいて」
その場では答えを保留にしていたけれど、直感的にどちらを着るかは決めていた。
真っ白で綺麗なドレスを着れば、みんな驚くだろう。
そもそも王子様がドレスを着て出てくるなんて、誰も望んでいないかもしれない。
だとしても、これ以上自分から目を背けたくなかった。
みんなの理想を壊して、騙していたのかと野次を飛ばされたとしても、もう逃げたくなかった。
怖がる癖をやめて、本当の自分で生きていきたいのだ。
ヒールをコツコツと鳴らして眩しいスポットライトに照らされながら、壇上までの道を歩く。
センターラインに敷かれた薄手のシーツの上を歩きながら、囲むように両脇に座っている生徒たちの驚く声を聞き流していた。
「あ、あれ王子だよね…?」
「可愛い、あんなに可愛かったっけ…?」
「王子の女装姿とか見たくないんだけど…」
いろんな意見がある中、惑わされずに必死に前を見据える。
この選択が間違っているか、正しかったのかなんて分からない。
ドレスを着て、前髪を綺麗に巻いて。
顔には化粧を施して、気分を高めるために香水も付けた。
ずっと隠してきた本当の自分。
それをこうして解放したのは、自分自身のため。
そして、同じように苦しんでいるリアを勇気付けたかったのだ。
辛い過去があっても乗り越えて、こうして力強く前を見据えるなつめを見て何かを感じ取ってほしかった。
彼女が一歩を踏み出すきっかけでありたかったのだ。
壇上に上がるための階段を登って、他のモデルと共に一列に並ぶ。
『それでは全作品が出揃いました。これより評価に入りますので、生徒の皆さんは20分の休憩に入ります…』
アナウンスが終わるのと同時に、一気に緊張が込み上げる。
壇上から視線を張り巡らせて、ピンク髪の彼女を探していれば、ぱっちりとした大きな瞳と目線があった。
驚いた様子でなつめを凝視していて、予想通りの反応に笑みを浮かべてしまう。
何も言ってなかったのだから、驚かせて当然だ。
これでもう王子様ではいられないかもしれないけれど、それでも良いと思える。
ハリボテの王子から解放されて、ようやく肩の荷が降りたような気さえしてしまうのだ。
虐められた傷だって完全に癒えたわけではない。
けれど、たとえこれからの学園生活がどうなったとしても、リアさえいればそれでいいと思ってしまった。
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