第30話


 パラパラとページを捲りながら、懐かしさに想いを馳せる。

 一時期は見るのも苦しくて、ずっと仕舞い込んでいたアルバム。


 お風呂上がりにそれを引っ張り出して、ジッと眺めてしまっていた。

 タオルドライで髪の水滴を拭き取りながら、何とも言えない思いが込み上げてくるのだ。


 心の底から楽しかったとは言えない、辛さを滲ませた思い出が詰まったアルバムを、捨ててしまいたいとは思えなかった。

 

 暫く眺めていれば、数回ノックされた後扉が開かれる。


 「お姉ちゃん、化粧水切らしちゃったから借りて良い……?あれ、アルバム見てる」


 これから風呂に入るらしく、妹の手にはパジャマとタオルが握られていた。

 

 隣にしゃがみ込んでから、テーブルの上に置かれたアルバムを覗き込んでくる。


 「……お姉ちゃんが中学の卒業アルバム見るなんて珍しいね」

 「たまにはね」

 「そういえば、リアさんだっけ?前来たお友達」


 頷けば、京が嬉しそうにニコニコとする。過去に友達を連れてきたことは何度かあったが、ここまで気に入っているのは見たことない。


 「気に入ったの?」

 「だって高校に入ってはじめての友達じゃん。この部屋にいれたってことは、本当のお姉ちゃんを知ってる人なんでしょ?」


 部屋はコスメボックスの他にぬいぐるみも置いてあるため、どちらかと言えば女性らしさに溢れている。

 王子様が住むにしては可愛らしく、本当のなつめを知っている人でなければ絶対に招き入れられない。


 「良かったね」

 「まあ、友達って言って良いのか分かんないけど……」

 「でも、今の格好いいお姉ちゃんじゃなくても受け入れてくれる人なんでしょ?可愛いお姉ちゃんも、格好良いお姉ちゃんも、どっちを知っても仲良くしてくれるんだから…本当に、お姉ちゃんが好きなんだね」


 濡れた髪にヘアミルクを塗りながら、照れ臭さで笑ってしまう。

 アルバムは既に閉じられていて、もう過去には目もくれない。


 雅リアの話をしていると、勝手に胸が弾んでワクワクとしてしまうのだ。


 「……お姉ちゃんを大切に思っている人は、たくさんいるんだよ」


 妹はきっと気づいているのだ。


 中学時代に何かがあって、ずっと悩んでいたことも。

 結局和解することが出来ないまま、離れ離れになってしまった苦悩にも。


 今のなつめが頑なに、学校で格好良くあろうとする背景にも。


 全てとは言わずとも、何かを感じ取っている


 「リアさんのこと大切にね」


 それが友達としてである事はわかっているのに、どこか照れ臭くなってしまう。

 まるで妹に大切な人を紹介したような空気感に、気恥ずかしく思ってしまったのだ。






 気づけばジメジメとした梅雨は終わりを迎え、カラッとした暑い季節がやって来ていた。

 室内はクーラーが効いているため涼しいが、窓から差し込む日差しはどんどん強くなっている。


 日焼け止めをまめに塗り直さなければいけないため、消費量が益々増してしまうだろう。


 空き教室にて、彼女と一緒に並んでお弁当を食べる。期末テストまで1週間を切っており、最近は些細な隙間時間にも勉強をするようにしていた。


 「食べ終わったら勉強する?」

 「……それより…あのさ、これ……」


 そう言いながら彼女が見せてくれたのは自身のスマートフォン。


 画面上には新しく公開された彼女によるカバー曲の動画が表示されていた。


 「テスト1週間前だから遊んでるって怒られるかなって、黙ってたんだけど……」

 「聞いていい?」


 ワイヤレスイヤホンを片耳分渡されて、いそいそと耳に差し込む。

 再生ボタンをクリックすれば、好きで堪らない彼女の繊細な歌声がイヤホン越しに聞こえて来た。


 本家は男性が歌っているアップテンポな曲調は、かなり難しそうだというのに軽々と歌っている。


 「……やっぱり上手だね」

 「本当?」

 「……私、雅の歌すごく好きだよ」


 照れ臭そうに微笑むリアは、やはりとても可愛らしい。

 ぷっくりとした涙袋も、以前は何も思わなかったくせに一つ一つが可愛くて仕方なく見えるのだ。


 「なつめちゃんに喜んでもらいたくて、その曲歌ったから」

 「せっかくだから生で聞かせてよ」

 「しょうがないなあ」


 すぐにイヤホンを外して、彼女の口から紡がれる美声に鼓膜を震わせる。


 優しい歌声に胸をときめかせながら、ずっと聴いていたいと思ってしまうのだ。


 梅雨が明けて、暑さが本格的になり始めた季節。

 夏服に着替えて、クーラーのひんやりとした感触と、窓から差し込む太陽の眩しさ。


 この初夏の景色があまりにも愛おしくて、きっといつまでも覚えているのだろうとリアの歌声に酔いしれながらそんなことを考えていた。

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