第27話


 天候によって地獄の登山を回避したなつめ達一同は、片道1時間ほどのバスに揺られてようやく学校へと帰って来ていた。


 時刻はまだ14時ではあるが、そのまま解散となるため帰ろうとすれば、あの子にギュッと手を握り込まれる。


 離す気はなさそうで、まるで恋人繋ぎのように指まで絡めてくるのだ。


 「今日王子の家行っていい?」

 「なんで」

 「写真くれる約束じゃん。明日になったら覚えてないとか言われそうだし」


 流石にそんなセコイやり方はしないが、特に断る理由もなかったためコクリと首を縦に振った。


 二人で電車に揺られて最寄駅に到着してから、なつめの自宅までの道を二人で歩く。


 気づけば繋がれた手は離れていて、空いた左手でギュッとリュックの紐を握っていた。


 「そんなに昔の私の写真欲しいの?」

 「だって可愛いもん」


 過去のなつめに対して、リアは頻繁に可愛いと口にする。

 それも間違いなくなつめだというのに、無性にモヤモヤとしてしまうのだ。


 遠回しに今のなつめが可愛くないと言われているようで、僅かに胸がチクンと痛んでいた。


 「……ッ」


 確かに可愛くないのだ。

 長かったロングヘアをばっさり切って、自ら望んで女らしさを捨てて、こだわりも全て投げ打って今のスタイルになった。


 ボーイッシュな出立ちは似合うと評判で、そんな自分も受け入れようと努力していた矢先、リアが現れたのだ。


 王子と崇めたつられて、孤独で寂しいけれどいじめられるよりはマシだと。同性から反感を買うより余程マシだと思っていたけれど、彼女といると揺らいでしまいそうになる。


 ギュッと、カバンの紐を握る力が無意識に強くなっていた。


 今のなつめが彼女にとって可愛くないと思われているのだとしたら、酷くショックを受けてしまいそうになるのだ。





 彼女と共に帰宅してスリッパに履き替えていれば、いつも通り母親が出迎えに来てくれる。


 今日はパートが休みだったのか、ゆったりとした部屋着で寛いでいたようだ。


 「ただいま」

 「おかえり…あら、おともだち?」

 「……そう、同じクラスの子」


 みるみるうちに母親が嬉しそうに口元を緩ませ始める。


 高校生になって友達を連れてきたのは初めてなため、もしかしたら友達がいないのではないかと心配させていたのかもしれない。


 「やだ、来るなら言ってよ。部屋も片付けるのに……」

 「私の部屋行くから、リビングには行かないよ」

 「そうなの?せっかくだから何か買ってこようか?」

 「いらないって」


 クッション性のあるスリッパに履き替えてから、自室へ向かうため階段を登る。


 背後から声が掛かるが、振り返らずに真っ直ぐに前を見据えていた。


 「お母さん可愛いね」

 「結構天然だから」

 「王子はお母さん似?」

 「そうだね…私も妹もお母さんに似てるから」

 「妹は今日いるの?」


 ジッと前を見据えていて良かったと心底思う。

 こんなに穏やかではない顔を、彼女に見られたくない。


 妹の京はなつめと似た顔立ちで、女の子らしい長いロングヘア。

 服装も可愛らしく、過去のなつめに似た雰囲気を纏っているのだ。


 もし、リアが京を見て好きにでもなってしまったらと心配して、合わせたくないと思ってしまったのだ。


 「まだ帰ってきてないと思う」

 「へえ、会ってみたい」


 「ダメ」と言う言葉が喉元まで出掛かかって、寸のところで押さえ込む。


 やっぱりおかしい。込み上げてくる不可解な感情は益々大きく膨らんでいて、なつめを戸惑わせるのだ。




 室内は白色を基調としており、清潔感を重視していた。ベッドサイドに置かれている幾つかのぬいぐるみを指さして、リアが揶揄うような声を上げる。


 「これギュッてしながら寝るの?」

 「するわけないじゃん」


 たまにしか、という言葉は当然口には出していないため、リアには聞こえていない。

 認めようものなら、全力で揶揄ってくる姿が目に見えていた。


 戸棚からアルバムを取り出して、クッションに座り込んだ彼女に渡す。


 「ほら、写真選んで」


 中学生の頃の写真が詰まっているアルバムは、家族写真から学生時代の写真まで沢山収められていた。


 パラパラと捲る音が聞こえるたびに、どこか気恥ずかしい。


 過去の自分を見られると、どうしてか照れ臭く感じてしまうのだ。


 「可愛い、10枚くらいもらっていい?」

 「1枚の約束でしょ」

 「ケチ」


 アルバムをジッと眺めているリアを置いて、飲み物を取りに一度部屋を出る。


 ジャスミン茶の入ったペットボトルとコップを手にして部屋に戻れば、相変わらずアルバムに集中しているようだった。


 「飲み物とって来た」

 「ありがとう……この子たくさん映ってるね」

 

 この子、と指差したのは中学時代のかつての親友だった。

 明音あかね瀬良せらという女の子で、小学生の頃からずっと一緒だったのだ。


 懐かしさと共に、切なさが込み上げる。


 今は何をしているのだろう。

 卒業して2年近くが経つが、どんな高校生活を送っているか何も知らない。


 あちらだって、こちらの現状はちっとも興味がないのだろう。


 何も言えずに俯きそうになれば、パシャリと写真を撮られ、驚いて顔を上げる。


 「なに……」

 「これにする」

 「は?」

 「今の王子の写真が良い」


 ギュッと下唇を噛み締めてから、伏し目がちに声を漏らす。


 「可愛くないじゃん…今の私」

 「そんなことない」

 「今の私はタイプじゃ無いって…昔言ってたじゃん。可愛い女の子が、フェムしか無理だって」


 優しく肩を掴まれて、そのまま彼女の方へ体を引き寄せられる。


 伝わってくる温もりに、堪らなく愛おしさが込み上げて来て胸がキュンと音を立てるのだ。

 

 「そう思ってたんだけどさあ…人って不思議だよね。好みなんて簡単に変わっちゃうんだもん」


 髪をサラサラと撫でられてから、襟足に触れられる。

 うなじを指先で擽られて、その感覚が酷くもどかしかった。


 「なつめちゃんは可愛いよ。今も昔も」


 こういう時だけ王子と呼ばない所が本当にずるいと思う。 

 彼女の何気ない言葉が、なつめの心をじんわりと溶かしていくのだ。


 「こんなに優しい子、他にいないもん」

 「……雅」


 名前を呼べば、そっと顔を近づけられる。

 次第に輪郭がぼやけてしまう程、すぐ近くにリアの顔があった。


 少しでも動けばくっついてしまいそうな二人の唇。

 思わず身を任せてしまいそうになった時、タイミングが悪く部屋の扉が開かれる。


 「お姉ちゃん!友達連れてきたって本当… !?」


 制服姿で現れた妹の京。


 勢いよくリアを突き飛ばして、慌てて距離を取る。

 もし京がタイミング悪く入ってこなければ、間違いなくリアとキスをしていた。


 妹の登場をタイミングが悪いと思ったということは、なつめも彼女とキスがしたかったと認めているようなものなのだ。


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