第26話
薄い敷布団は寝心地が悪く、先ほどから何度も寝返りを打ってしまっていた。
就寝時刻と共に部屋の明かりを消してから1時間は経過しているだろう。
皆寝静まってしまったらしく、一番隅っこで暇を持て余していれば、隣から声を掛けられる。
ピンク髪の彼女とは布団が隣同士で、どうやらなつめと同じで眠れないらしい。
「王子、もう寝た?」
「起きてるよ」
返事をすれば、背後からゴソゴソと物音がしてくる。
不思議に思って振り返れば、リアがこちらの布団に侵入しているのだ。
一体何をしているのかと声をあげようとすれば、口元を手で覆われてしまう。
「みんなもう寝てるから、静かに」
コクコクと頷いて見せれば、彼女の手が離れていく。
限界まで声のボリュームを落としてから、至近距離にいる彼女に声をかけた。
「何してるの」
「暇なんだもん」
「相手しないから、一人で寝て」
壁の方を向いてリアに背中を向ければ、背後からギュッと抱きしめられる。
少しでも動かせばまずい場所に触れてしまいそうで、ジッと大人しくすることしか出来ない。
一気にバクバクと心臓を早くさせるなつめに追い討ちを掛けるように、リアが耳元で囁いて来た。
「何してんの……」
「……お願いがあって」
「……な、なに」
林間教室の夜に、布団に忍び込んでのお願い。
まさかえっちな要求だったりしないだろうかと、ドキドキが増してしまっていた。
普通だったら、嫌いな人に背後から抱きしめられたら嫌なはずなのに、嫌悪感よりもドキドキのほうが優っている。
時折胸がキュンと弾むなんて、やはりなつめはどこかおかしくなってしまったのだろうか。
「その…えっと…」
「…近い…耳元で喋らないでって」
「耳弱いの?」
下手な誤魔化しはどうせ彼女に見抜かれてしまう。必死に言葉を選んでいれば、リアは無言を肯定だと受け取ったようだった。
咄嗟に手で耳を隠そうとすれば、掴まれてしまう。
彼女にだけは知られたくなかった弱味を、無防備にも晒してしまっているのだ。
「離して」
「離したら隠すでしょ」
「当たり前でしょ……」
唇が耳に触れてしまいそうなくらいの距離で、リアがそっと言葉を漏らす。
彼女の綺麗で繊細な声は、なつめを揶揄うように挑発して来た。
「何想像してんの、王子のえっち」
「……ッ」
暗闇とはいえ、ここまで至近距離であれば顔色が赤くなったことは気付かれてしまっている。
誤魔化すことも出来ずに、ジッと羞恥心に堪えることしか出来ないのだ。
「誰に聞かれるかも分からない場所で、王子にそんなことするはずないじゃん」
リアの唇が耳元からなつめの首筋に移る。
決していやらしい意味合いはない、子猫が甘えるような擦り寄りだった。
「……写真ちょうだい」
「写真…?」
「昔の王子の…なつめちゃんの写真、消しちゃったから」
寂しそうな声色に、彼女の切ない思いが伝わってくる。
以前写真を消したとは言っていたが、嘘ではなく事実だったらしい。
消したフリをしてこっそり持っておくことだって出来ただろうに。
「何でもいいの。ブレてても、後ろ姿でもお風呂上がりでも……」
「最後、本音混じってない?」
「いらない一枚でいいから…変なことに使わないからください」
振り返って見れば、暗闇にも関わらず彼女の表情が分かった。
月明かりが差し込んでいるため、想像よりも鮮明に相手の顔が見れるのだ。
きっとなつめの照れた顔も見られてしまっているだろう。
「……誰かに見せたら許さないから」
「くれるの…!?」
「まあ、一枚だけなら…て、ちょっと」
抱きしめられる力が強められて、正面から彼女の首元に顔を埋めてしまう。
肌が滑らかで、良い香りが鼻腔を擽った。
「なにしてんの……」
「嬉しくて」
体がぴたりと密着しているせいで、リアのドキドキとした心音が伝わってくる。
なつめと同じで、彼女もときめいているのだろうか。
足が彼女の太ももと絡んで、そこから柔らかさと体温が伝わってくる。そっと手を伸ばせば、お風呂上がりでストレートのピンク髪に触れることが出来た。
いつも綺麗だと思っていたが、サラサラで手触りがとても良い。
「……そんなに昔の私がいいわけ」
「え……」
自然と溢れた言葉に、なつめ自身が一番驚いていた。
拗ねたような、まるで嫉妬する彼女のような言葉。
結局は、今の王子ではなくて昔の女の子らしいなつめの方が好きなのかと、過去の自分に嫉妬するような言葉を吐いてしまったのだ。
「どういうこと?」
彼女からの問いには答えずに狸寝入りをする。
甘いリアの香りに包まれながら、弱点である耳を晒しながらギュッと羞恥心に耐えていた。
太陽光の明かりが眩しくて、自然と意識が浮上していく。
あれほど寝心地が悪いと思っていたのに、気づけばぐっすりとした深い眠りについてしまったのだ。
やけに辺りがザワザワしているため、同じ班員の子は起きているのだろう。
「王子遅いね」と揶揄うリアの顔を想像すれば、自然と笑みが溢れそうになる。
ようやく、リアといつも通りの関係に戻れたのだ。
「ん……?」
起きたらすぐにスキンケアをして日焼け止めを塗ろう。
そう思いながら目を開いて、すぐ目の前にあるリアの寝顔に一気に眠気が吹き飛んでいく。
結局あのまま一緒に眠ってしまったのだ。
恐る恐る辺りを見渡せば、同じ班員のクラスメイトが2人を囲うように、じっと見つめていた。
「お、王子とリアが何で…?」
「ち、違う!違うから、雅が勝手に布団に入ってきただけで」
「けど、二人ともお互いの体抱きしめあって寝てたよ…?」
必死に弁明をしても疑惑の目からは解放されず、慌ててリアの体を揺する。
「ちょっと雅も起きて説明して」
「なに…なつめちゃん朝から大胆だね」
「だ、大胆!?」
とんでもないワードをチョイスするものだから、余計に辺りが響めき始める。
狼狽するこちらなんてお構いなしに、目を覚ましたリアは天使のように可愛らしい笑みを浮かべるのだ。
「おはよ」
状況を理解してないリアの腑抜けた表情が、不覚にも可愛いと思ってしまったことなんて、絶対に知られたく無い。
その後言い訳は全てリアにさせたが、暫くの間好機の目がついて回ったのだ。
これも全て、リアが忍び込んできたせい。
本当にあの子と一緒にいると苦労に巻き込まれてばかりだけど、ようやく戻ってきた騒がしい日常を喜んでいるのはなつめの方なのだ。
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