第28話


 制服姿の妹と向き合いながら、頬が赤くなっていないかと心配になってしまう。


 今にも唇が触れ合ってしまいそうなほど、誰かと顔を近づけたのは初めてで、先ほどから心臓が煩くて仕方ないのだ。


 「その人がお姉ちゃんの友達?」

 「そうなの…京、お仕事は…?」

 「早く終わった!お母さんがお姉ちゃんが友達連れてきてるって言ってたから嬉しくて……あれ、お友達頭抱えてるけどどうしたの?」


 突き飛ばした際、運の悪いことに机に頭をぶつけたようで、リアは痛そうに後頭部を押さえていた。


 心の中で謝りながら、妹にバレずに済んで良かったとホッとしてしまう。


 「初めまして、春吹京です」

 「痛……雅リアで……あれ、モデルの子じゃない?」

 「そうです、知っててくれたんですね

 「お姉ちゃんに似てるなって雑誌とかポスター見るたびに思ってたけど、姉妹だったんだ」


 まさかリアが京を知っていたとは思わなかった。

 確かに年齢のわりに人気はあるが、まだまだ知名度は高くないのだ。

 

 「そうなんてすよ、あ……ていうか邪魔してすみません、ごゆっくり!」


 バタバタと去っていく足音を聞きながら、我が妹ながらに台風のようだと思ってしまう。


 再び二人きりになった室内で、こっそりとリアの横顔を盗み見た。


 てっきり妹相手にデレデレすると思っていたが、その様子はちっともない。

 

 「……京みて、デレデレしないんだ」

 「なんでそうなるの」

 「昔の私に似てるじゃん。しかも、ロングヘアで女の子らしいし……」

 「え、全然違うじゃん」


 訳がわからないと言った様子で、リアが眉根を寄せてしまう。


 「似てるけど別人だし。なつめちゃんのほうが可愛い」

 「それは流石に……」


 世間からすれば、妹の京の方が整った顔立ちをしているのだ。


 謙遜していれば、再びグッと顔を近づけられる。


 「……さっき、京ちゃん来なかったらどうなってたと思う?」

 「え……」

 「続きしていい?」


 キスをして良いか、その主導権を完全にこちらに握らせている。


 つまり二人が唇を合わせるかどうかはなつめ次第で、どうするべきか目線を彷徨わせてしまっていた。


 「ずるい」


 そう言いながら、目を瞑るなつめだって同じようにずるいのかもしれない。

 肩に手を置かれて、彼女がこちらに近づいてくるのが雰囲気で分かる。


 ドキドキしながらジッと待っていれば、柔らかい彼女のそれが触れたのは唇ではなく頬だった。


 「……今はここで良いや」


 てっきり口にされるとばかり思っていたため拍子抜けしてしまう。


 それでも初心ななつめを照れさせるには十分で、たったこれだけで頬を赤くさせてしまうのだ。


 おでこ同士をコツンとくっつけ合いながら、至近距離で彼女と言葉を交わす。


 「……緊張した」

 「雅、そういう経験あるじゃん」


 転校して僅か数日で、出会ったばかりの先輩と空き教室でそういう行為に及ぼうとしていたのだ。


 忘れたかった記憶を思い出して、モヤモヤと嫌な気分が込み上げてくる。


 「……誰とでもするの?」

 「前はね。今はしないよ」

 「なんで」

 「したくないから」


 他の人とは体を絡ませ合うことを許すのに、なつめ相手であればキスもしてくれない。

 気づけば強がって、とんでもない言葉を口にしていた。

 

 「別にいいよ、キスくらい」


 慣れているような物言いをしているが、本当は一度もしたことがない。


 それでも強気な言葉を吐いてしまったのは、人には言えない醜い感情のせいだ。


 「……王子様の唇、簡単に奪えないって」

 「なにそれ……」


 散々「なつめちゃん」と呼ぶくせに、こんな時だけ王子様扱いをするなんてあまりにも狡い。


 勇気を出して、彼女の頬に手を添える。

 緊張でグッと目を瞑ってから、なつめの方からリアの唇にキスをしていた。


 初めて触れる人の唇は柔らかくて、思ったよりもふわりとしている。


 数秒ほどくっ付けてから離せば、リアは目を丸くさせながら顔を真っ赤にしていた。

 

 「雅には王子様扱いされたくない」


 強がっているなつめだって、リアと同じように顔を赤色に染めてしまっている。


 自分で言っておいて、何を口走っているのだと恥ずかしくて仕方なかった。


 「……いいよ」


 後頭部に手を回されて、グッと顔を引き寄せられる。

 今度はリアの方から重ねるだけの口付けをされて、同じように数秒で彼女の唇が離れていった。


 「……開けて」

 「え……」

 「口。舌出して」


 確かにキスをしろと言ったのはなつめの方だが、激しい口付けは想定外。


 恋愛初心者でろくに経験もないなつめにとって、ディープキスはあまりにもハードルが高過ぎた。


 いきなり舌を絡ませ合うキスなんて無理だと、混乱で泣きそうになっていれば優しく頭を撫でられる。


 「冗談だって」


 揶揄う雰囲気はどこにもない。

 まるで愛おしいモノを見るかのように、リアは優しい瞳をこちらに向けてくれていた。


 「"今日は"触れるだけのにしておこう?」

 「今日はって…」

 「ちょっとずつ慣れてね」


 追い討ちを掛かるように再びキスをされて、羞恥心に耐えられず顔を両手で覆ってしまう。


 これ以上キスをされてしまったら、平常心でいられる自信がなかった。


 「……ッ」

 「……やっぱりなつめちゃん、めちゃくちゃ可愛い」


 その言葉が嬉しくて、恐る恐る覆っていた手を解けば、リアがこちらに向かって両手を大きく広げて見せる。


 ドキドキしながら彼女の胸の中に飛び込めば、ギュッと抱きしめてくれた。


 そのまま背中に腕を回されて、優しい手つきで撫でられる。


 相変わらず胸はドキドキと早く鳴っているにも関わらず、彼女の腕の中はあまりにも心地良くてどこか安心してしまうのだ。






 暗闇に包まれた室内で、そっと自身の唇に触れる。

 昼間のキスの感触を思い出すだけで、頬が赤らんでベッドの上でジタバタしてしまいそうになるのだ。


 「3回もしちゃった……」


 ベッドサイドに置かれたぬいぐるみを手繰り寄せて、ギュッと抱き締める。

 未だに心臓がドキドキしていて、ベッドに入るまでの間何度も思い出してしまっていた。


 今日確かに、この部屋で雅リアとキスをしてしまったのだ。


 触れるだけのキスで終わったが、そのうち慣れてきたら何をされるのか。


 「……雅は私のこと、どう思ってるのかな」


 無意識に出た言葉。

 それが恥ずかしくて、隠れるように布団をずっぽりと被ってしまう。


 どう思って欲しいのか、それを考えれば自ずと自分の気持ちも見えてくるのは明らかだというのに、必死に考えるのをやめようとしてしまう。


 発芽し始めたそれに気付かぬフリをしてしまうのは、僅かなプライド。


 雅リアを絶対に好きにならないと決めていたからこそ、簡単に認めたくないのかもしれない。

 

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