第21話
人身事故による影響で電車が大規模な遅延をしているらしく、教室内は人がまばらだった。
なつめが利用する路線は巻き込まれずに済んだため、教室に入ってあまりの人の少なさに唖然としてしまったのだ。
教師も到着していないらしく、一限は自習となっていた。
ぼんやりと参考書を眺めてから、視線をそっと窓際にいるピンク髪へと移す。
「リア、今度ここ行こ」
「可愛い!しかも美味しそうだし」
「ちょっと遠いからさ、休みの日とかみんなで行くとか……」
自習にも関わらずちっとも勉強はしておらず、楽しげに談笑をしている。
あんな彼女の表情を、最後に間近で見たのはいつだろうか。
一瞬だけ、リアの大きな瞳と視線が交わるが、すぐに気まずそうに逸らされてしまった。
学園の王子様と、ピンク髪の問題児。
これが本来あるべき姿なはずなのに、どうしてこんなにも物足りなく感じてしまうのだろう。
昼休み時間に空き教室の扉を開いても、当然そこに彼女の姿はなかった。
シンとした室内にて、一人でお弁当を食べる。
「……今日も来ないのか」
勉強会以来、一度も雅リアはここに来ていない。
教室でも声を掛けて来ず、気づけば以前の様な日常が戻ってきていた。
時計の秒針の音はこんなにも大きかっただろうか。
昼休みだって、前はもっと短く感じていた。
ここで彼女の歌を聴いたのが、はるか昔に感じてしまう。
別に寂しくない。
これが春吹なつめにとっての日常で、ようやく非日常から日常に戻ったのだ。
そうやって割りきれたらどんなに楽だっただろう。
感情を理性で収め込めるのが大人であれば、なつめはまだまだ子供なのかもしれない。
結局学校に来てから帰るまでの間、一度も教師以外とは喋ることはなかった。
表情筋もほとんど使っておらず、これでは自分がどんな声をしていたのか忘れてしまいそうになる。
相変わらず、ピンク髪の彼女は他の女子生徒と共に楽しそうにしていた。
「今日どこ行くー?」
「ラーメン食べたい」
「がっつりすぎでしょ。リアは、行きたいところある?」
「私もどこでもいいー」
賑やかな4人組が楽しそうに教室を出て行くのを見送ってから、なつめも一人で学校を後にする。
帰り道に以前リアと共に訪れたカラオケ店を通り掛かったが、なるべく視界に入らないようにしていた。
一人で自宅のある最寄的に到着してからは、ショッピングモール内にあるお気に入りのカフェへ向かう。
悩んだ末に、普段あまり注文しないモンブランを注文していた。
てっぺんのマロンを口に運んでから、自然と過去の記憶が蘇る。
お揃いの下着を購入して、その足で雅リアと一緒にこの店へ来たことがあるのだ。
『あげる、ほらあーん』
そう言って、彼女はなつめにマロンを食べさせてくれた。
「……ッ」
つい先日の出来事のはずなのに、酷く懐かしく感じてしまう。
ギュッとフォークを握り締めながら、もうあの頃には戻れないのだろうかと、そんなことを考えて寂しさを込み上げさせていた。
「……は?」
寂しくなるではなくて、清正するの間違いだろう。
散々彼女に振り回されて、こちらも迷惑していたはずだと自分に言い聞かせるが、ケーキを食べても以前のような甘さは感じなかった。
女子中高生の愛読書として人気の雑誌にて専属モデルを務めている妹は、人気に伴うように忙しさも増しているようだった。
体重管理も徹底しているため、母親がケーキを買ってきても一向に手を付けようとしない。
現在減量中らしく、頑なに食べようとしないのだ。
成長期で育ち盛りに加えて、贔屓目なしに見ても妹の京は十分細いのだ。
我慢している妹に申し訳なく思いつつ、母親が購入してきたケーキを平らげていた。
放課後にカフェでケーキを食べて来たことは、心のうちに秘めている。
正直に言えば間違いなく、「だったら明日食べなさい」と言われてしまうだろう。
「お姉ちゃんあのケーキ屋さんのブルーベリータルト、本当に好きだよね」
母親が購入して来たケーキは、リアの叔母が経営するケーキ屋のブルーベリータルトだったのだ。
最後に彼女と話したあの日も、リアの部屋でブルーベリータルトを食べた。
あの時はあんなに美味しく感じたというのに、今はこの味に触れると切なさが込み上げるのだ。
『宝物だから、消さないで』
どうしてなつめの写真があの子にとって、宝物なのだろう。
頭を悩ませても当然答えは見つからず、より一層謎を深めていた。
食べ終わってから部屋に戻って、そのままゴロンとベッドに横たわる。
ワイヤレスイヤホンを耳にさしてから、雅リアが投稿している動画サイトのページを開いた。
新しい動画はアップされておらず、以前も聞いた曲を再生する。
「……やっぱり上手」
リズム感が良く、手首をしなやかに動かしているおかげでギターのストロークも上手で、あの子の繊細な歌声をより一層魅力的にしている。
もう2度と、なつめの目の前で歌ってくれないのだろうか。
「……はあ」
こんなにも日常の些細な部分にあの子の思い出が詰まっている。
なつめと違って、リアはどうなのだろう。
案外あっさりとこちらのことなんて忘れて、新しい人生を楽しく歩んで行ってしまうのだろうか。
心にぽっかりと空いた何かを満たそうにも、彼女の歌声をイヤホン越しに聴くことしか出来ないのだ。
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