第16話
5月を迎えたとはいえ、半袖で野外を過ごすのはまだ肌寒い。
動けば体温も上がるだろうが、我慢ができずになつめは長袖のジャージを羽織って整列していた。
番号順で並ばされながら、前にいる女子生徒が寒そうに肌を摩っていることに気づく。
ジャージを忘れてしまったのか、くしゃみまでしてしまっていた。
自分より10センチ近く小柄な女の子が、半袖で寒そうにしているのが見ていられず、トントンと背後から肩を叩く。
自分が寒くなるのは分かっていたが、羽織っていたジャージを脱いで彼女に渡していた。
「これ使って」
「お、王子の…?いいよ、王子が寒くなるし…」
「動けば熱くなるし、着てていいよ」
「あ、ありがとう…!」
配られたラケットのグリップを握り直して、指定された通りコートへ向かう。
種目はテニスだがまだ試合はしないらしく、2人一組でコートを挟んだラリーをさせられていた。
それも15分ほどすれば終わりを迎え、残りは自由時間。
ラリーやサーブの練習、練習試合と皆さまざまな方法でテニスを楽しむ中、なつめは木陰に座って休んでいた。
「雅だ……」
テニス部にサッカー部、他にはバレー部と運動神経の良い女子に混ざって、雅リアはダブルスの試合をしていた。
一番活躍するのはテニス部所属の生徒かと思ったが、皆の視線を集めいてるのはリアだ。
「リア、めっちゃ上手いね」
「テニスやってたって言ってたもんね」
近くにいた女子の話通り、中学の頃にテニス部に所属していたリアはかなり上手く、テニス部相手に優勢で戦えている。
「性格がふざけすぎな所あるけど、あの顔とスタイルで運動神経も良いってかなり優秀だよね」
「たしかに、勉強って出来るの?」
「死ぬほど苦手らしい」
「勉強が意味分からない」と嘆く姿が想像できて、つい笑いそうになってしまう。
中間テスト前になれば、教えてと泣きついてきそうだ。
「ちょ、怒られない?」
「いいじゃん!先生いま教官室だし!」
「え、あたしもやりたい!」
やけに賑やかだと振り返れば、水道前を陣取っていた女子生徒たちは楽しそうに水風船をしていた。
高校生とは思えないくらい水風船に夢中になっているが、もしバレたら間違いなく怒られるだろう。
おまけにドッジボールのように激しくお互いに水風船を投げ合っており、ぶつけられてしまえば水浸しになってしまう。
巻き込まれぬ前に離れようと腰を上げた時だった。
「お、王子!避けて!」
ぱしゃん、という破裂音と共に、後頭部から水浸しになっていく。
上半身は完全に濡れていて、キャミソールを着ていなければ下着も透けてしまっていただろう。
叫ぶような女子生徒の声は大きかったため、皆んなの視線がなつめに集中する。
遠くにいた生徒は水風船で遊んでいたことすら知らなかったたらしく、突如なつめが水浸しになって酷く驚いているようだった。
「お、王子大丈夫…?」
側にいた女子生徒から心配そうに問われて、首を縦に振ってから、あることを思い出す。
慌てて視線を下げれば、予想通りブラ紐まで透けてしまっていた。
まだ誰も気づいていないようだが、完全に透けてしまっているため、バレるのも時間の問題だろう。
「……ッ」
カランとラケットが地面に落ちる音が響いてからすぐに、リアが慌てた様子でなつめの元まで駆けてくる。
腰に巻いていたジャージを解いて、そっとなつめの肩に掛けてくれた。
「これ、持ってて」
下唇を噛み締めながら、顔を俯かせてしまう。
風邪を引かないように掛けてくれたのではなくて、なつめの秘密を守ろうと隠してくれた。
ポタポタと滴っていく水滴を、優しい手つきで拭ってくれる。
「ジャージ濡れるし…」
「別にいい……寒くない?」
しゃがみこまれて、心配そうに顔を覗き込まれる。
その姿に涙が込み上げてきそうになるのは、どうしてだろうか。
「……ちょっと、寒い」
「風邪引いたら大変だし、着替えた方がいいよ」
行こうと手を引かれて、2人で更衣室へ移動する。
ロッカーからタオルを取り出して、優しい手つきで濡れた髪を拭いてくれた。
「下着濡れてない?」
「下は平気…上は、びしゃびしゃだけど」
「保健室行ったら貸してもらえるはず」
「……何で、助けてくれたの」
「下着見られたくなかったんでしょ?」
「…そうじゃなくて……」
写真を盾に脅してきたくせに、なつめの秘密は守ろうとしてくれた。
あの時走って駆け寄って来た姿に、どうしてか胸が変な音を立てたのだ。
雅リア相手に胸をキュンと弾ませたなんて、認めたくない。
こういう時だけ優しくするなんて卑怯だ。
「可愛い下着つけてる事は、まだ二人だけの秘密ね」
幼子を慰めるように優しく頭を撫でられて、素直に首を縦に振ってしまう。
心の中でどれだけ悪態を吐いても、それを口に出す気にはなれなかった。
リアの方が背が高いため、されるがままに頭をよしよしされてしまう。
「…勉強、苦手なんでしょう」
「何で知ってるの?」
「そんな気がしたから」
「失礼な」
あまりにも彼女のことを知らなさすぎて、盗み見聞きで仕入れた情報。
考えてみれば、なつめは雅リアのことをそこまで知らないのかもしれない。
「……再来週の中間テストの勉強、してないなら教えようか」
「……いいの?」
「嫌なら、良い」
ぷいと顔を背けようとすれば、腕を掴まれてそのまま体を抱き締められていた。
正面から彼女の温もりに包まれて、慌てて抜け出そうとしても、背中に腕を回されているためかなわない。
「ちょっと…濡れるよ」
「……このままじゃ王子が風邪ひくから」
「けど、雅も濡れちゃう…」
「いいから」
ドクン、ドクンと速いペースで鳴る心音は、なつめではなくて雅リアのものだった。
だけど同じくらいなつめも鼓動を速くさせていて、きっと彼女に気づかれている。
恐る恐る手を回そうとするが、羞恥心から勇気が出ない。
恥ずかしくて堪らないというのに、不思議と離してという言葉は出てこない。
あまりにも温かくて、良い香りで、彼女との抱擁が酷く心地良かったせいだろう。
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