第15話
全身鏡に写るピンク色の下着をジッと眺めながら、改めて可愛いと思ってしまう。
雅リアとお揃いだけど、チェーン店の商品なため言ってしまえば見ず知らずの何百人ともお揃いなのだ。
そこまで深く考えないようにするが、どこか擽ったい気分になるのはどうしてだろう。
もし誰かに見られても、偶然だとはぐらかせばいい。そもそも恋人もいないなつめは下着を誰かに見られる心配もないのだ。
いつも通り制服を着込んで学校へ向かい、授業開始の10分前には自身の席に腰をかける。
「今日、1限は体育だったよね」
「そうそう、これだから水曜は嫌なんだよ」
背後から聞こえてくる声に、ピタリと動きを止める。
用意していた数学Bの教科書を一旦机の上に置いてから、慌ててスマートフォンで今日の曜日を確認した。
「水曜日だ……」
曜日を1日勘違いして、木曜日の時間割のつもりで登校してしまったのだ。
当然体育着は持ってきておらず、同時にあることを思い出す。
「あ……」
いつも体育がある日は万が一見られても良いようにスポーツブラを付けてくるが、今日は購入したばかりピンク色の可愛いランジェリーを着けてしまっている。
キャミソールを着ているが、肩紐の部分の繊細なレースは見えてしまうだろう。
1限が体育の日は着替えのためにホームルームが免除されるため、登校して来た生徒は次々と教室を後にしていく。
「王子、移動しないの?」
顔色を青ざめさせるなつめに声をかけて来たのは、体育着を抱えた雅リアだった。
「あ、もしかして体育着忘れた?」
正直に首を縦に振る。
長袖のジャージはロッカーに置いてあるが、スカートで体育の授業を受けられるはずもない。
「はい、これ」
机の上に綺麗に畳まれた体育着を置かれて、戸惑いつつリアを見つめる。
「王子でも忘れ物するんだ」と揶揄ってくることを予想していたが、彼女の反応は全く違うものだった。
「これ使えば」
「けど、そしたら雅が……」
「隣のクラスの子から借りるし」
それ以上返事を聞かずに、リアはさっさと教室を出て他のクラスに入っていった。
甘いお花のような香りがする体育着を、両手で掴む。
散々揶揄われて、彼女の掌で転がされてばかりいる手前認めたくないけれど、僅かにときめいてしまったのだ。
彼女から借りた体育着と、ロッカーに置いていた長袖ジャージを抱えて、一人更衣室までの道を歩いていた。
すぐ前には雅リアと特に仲の良い女子生徒が3人組で歩いていて、なつめの存在には気づかずに楽しそうに談笑している。
「あれ、リアちゃんいなくない?」
「体育着忘れたから他のクラスに借りに行くらしい」
「もう他クラスにも友達いんの?本当コミュ力高…」
転校して来て一ヶ月も経っていないのに、他クラスにまで知り合いがいる。彼女たちの言う通り雅リアはコミニュケーション能力が高く、人からも好かれるのだ。
フランクで話しやすい雰囲気も、人を惹きつける魅力かもしれない。
「また今度カラオケ行こうよ」
「リアも誘おう。今度こそ歌わせるんだから」
「歌うの苦手って言ってたじゃん」
「えー、リアって声綺麗だし歌も絶対上手いよ」
彼女たちの言葉に違和感を覚える。
あれほど歌が上手いにも関わらず、どうして苦手だと嘘をついて歌わなかったのだろう。
「フリータイムで一曲も歌わないって、確かに不思議だよね」
なつめの前ではあんなに沢山歌ってくれた。
リクエストすれば嬉しそうに答えてくれて、最近はなつめに言われるがまま動画投稿サイトにもカバー曲をアップロードしていたというのに。
どうして雅リアは、他の人の前では歌いたがらなかったのだろう。
全員が着替え終わったのを確認してから、一人でこっそりと更衣室に入る。
本当はトイレの個室で着替えようかと悩んだが、混雑していたため仕方なく待っていたのだ。
一番隅っこの空いているロッカーに荷物を置いてから、リボンを外した後にセーラー服を脱いでいれば、ガチャリと更衣室の扉が開く。
驚いて肩をすくませれば、派手なピンク髪の彼女が室内に入ってくる。
「あれ、王子まだいたの?」
「体育着貸してもらえた?」
「もちろん、けど話してたらギリギリになっちゃった」
チラリとリアの視線がなつめの肩にうつる。
慌てて隠そうとするが、彼女の視線は既になつめのブラ紐を捉えてしまっただろう。
他のクラスメイトに見られるよりはマシだけど、どうしてか雅リアに見られるのは気恥ずかしいのだ。
「…それ、お揃いのやつじゃん」
キャミソールではブラ紐を覆い隠すことができないため、今日なつめが彼女とお揃いの下着を付けていることにあっさりと気づかれてしまう。
肩紐は繊細なレースがあしらわれていて、色もピンクで目立つのだ。
だからこそ見られないように、誰もいなくなるまで待っていたというのに。
さっさと体育着に着変えようとすれば、背後からブラの肩紐をピンっと引っ張られる。
「きゃっ……」
驚いて高い声を出してしまい、羞恥心で一気に頬を赤らる。
ゆっくりと振り返れば、予想通りニヤニヤとした雅リアの姿があった。
「きゃっだって、可愛い〜」
「…最低!」
それ以上何も言えなかったのは、雅リアが下着姿だったから。
背が高い分彼女のブラがすぐ目の前にあって、慌てて目線を逸らす。
「……っ」
くっきりとした谷間が鮮明に脳裏に焼き付いていて、必死に忘れようと気を逸らす。
「きゃ、キャミソールとか着ないわけ」
「着てるよ?けど白だったから、下着透けないように予備の黒色に着替えんの」
「インナーの予備とか置いてるの…?」
「汗かいた時用にね。ロッカーにいつも置いてる」
性格はあれなくせに、こういう一面を見ると彼女も女の子なのだと実感する。
ブリーチをしたハイトーンカラーにも関わらず毛先が綺麗なあたり、きちんとケアに力を入れているのだろう。
相変わらず胸がドキドキしていて、そっと自身の心臓付近に手を当てる。
いくら女性が好きな同性愛者と言っても、下着姿の女性全員にドキドキするわけではない。
なるべく見ないようにはするが、罪悪感なども抱いたりしないというのに。
どうしてか、雅リアの下着は見てはいけないもののような気がした。
それがなぜか分からないからこそ、胸の高まりに戸惑ってしまっているのだ。
「それ見られたくないから、誰もいなくなるの待ってたんだ」
「…何でもいいでしょ」
「可愛いんだから堂々としてればいいのに」
さっさとジャージを羽織って、リアが先に更衣室を出て行く。
置いていかれた室内で、なつめはその場にへたり込んでしまっていた。
「何なのこれ…?」
ドキドキとして、時折キュンと胸が弾む。
必死に押さえ込もうとしても、自分の意思でどうこうできるものでもない。
必死に頬の赤らみを抑えようとしても、先ほどの雅リアの姿を思い出すだけで更に赤味が増してしまいそうになるのだ。
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