第14話
落ち着いたBGMが流れる店内には、店員は勿論来店客も女性しかいない。
ゆっくりとした足取りで可愛らしいデザインに囲まれた空間を堪能しつつ、ようやく目当てのものを見つけた。
「あった…」
色は水色と紫、ピンクに白色の4色展開。
こっくりと鮮明な色味で、巷では派手だと囁かれそうなデザインだ。
学校帰りにショッピングセンターへ立ち寄ったなつめは、お気に入りのランジェリーショップへとやって来ていた。
「可愛い…」
ネットで見た時は白色が可愛いと思ったが、実物だとピンク色が一番可愛く見える。新作のデザインが何とも魅力的で、つい発売日にやって来てしまったのだ。
「お客様、そんなに可愛らしい柄が好みなんですねえ」
「そうなんです……て、雅!?」
いるはずのない彼女の存在に驚いて、つい大声が出てしまう。
慌てて口元を抑えてから、なつめの声に反応した周囲の人へ謝りの言葉を入れた。
グッと感情を抑え込みながら、小声で雅リアに対して噛み付く。
「何でいるの…!」
「叔母さんに夜ご飯の材料買ってきてって、おつかい頼まれてて。偶然見かけた」
一階は食品売り場なため、運の悪いことに見られてしまったのだ。
面倒臭い人物に見つかってしまったと、思わずため息を吐きそうになってしまう。
手に引いた下着を元の場所へ戻せば、リアが同じものを手に取ってしまう。
「ピンクやめるの?」
「雅がいるから買うのやめる」
「私はこっちの紫もいいと思う」
「……話聞いてた?」
相変わらずマイペースで、少しでも気を抜けば彼女のペースに呑まれてしまいそうになる。
空き教室で見た、照れ臭そうにはにかむ可憐な少女とはまるで別人だった。
「けど王子も可愛いとこあるね」
「なにが?」
「私の髪色とお揃いの下着買うとか」
目線をリアから先ほど手にしていた下着へ移せば、確かに同じようなピンク色をしていた。
ニヤニヤと楽しげに雅リアは頬を緩めている。
「…っ、自意識過剰だから」
なつめが噛みついても痛くも痒くもなさそうに、相変わらずケラケラと笑っていた。
彼女のペースに乗せられているのが癪で、たまにはやり返してやろうと揶揄ってやる。
「雅はどんな下着着けるの」
恥ずかしそうに頬を赤らめる姿を想像していたが、なつめは雅リアという女性を舐めていた。
彼女は口元に手を置いてから、わざとらしく非難の声を上げたのだ。
「やだぁ、セクハラじゃん」
「本当イライラする…」
「王子、これ買うの?」
これ、とリアは手にしていたピンク色の下着をなつめに渡してくる。
ショーツとブラがセットになっていて、おそろいで身につけたら間違いなく可愛いのだ。
「まあ、買うつもりではあったけど…」
「じゃあ、王子とお揃いの買う」
「え、ちょっと…」
持っていた下着をなつめに押しつけて、リアは同じデザインの別のサイズの物を商品棚から手に取っていた。
スタスタとレジの方へ向かう彼女を追いかけていれば、人差し指を唇のすぐ目の前に持ってこられる。
「体育の着替えの時は、一緒につけないように気をつけなきゃね」
シッと内緒話をするかのような仕草。
直近で彼女の顔を見て、改めて雅リアが美形であることを思い出す。
揶揄われてばかりいるためつい忘れがちだが、顔だけで言えば雅リアはかなりなつめの好きな顔をしているのだ。
気に入っていた春限定桜パフェは終了してしまったらしく、仕方なく新商品のラズベリーソース添えのスフレチーズケーキを注文する。
先に運ばれて来たアイスティーを一口飲み込んでから、チラリと目の前に座っている雅リアに声を掛けた。
「…何で雅もいるの」
「王子と一緒にいたかったから」
「思ってないくせに」
下着を購入後、同じ施設内のスイーツカフェにやって来たのだが、どうしてか彼女もついて来てしまったのだ。
「お待たせしましたぁ、こちらスフレチーズケーキとモンブランですぅ」
ようやく運ばれて来たスイーツに、つい瞳を輝かせる。
フォークを刺すたけで柔らかい感触が伝わってきて、口内に招き入れてみれば程よい甘さが広がり始めた。
あまりの美味しさに夢中になって頬張っていれば、真正面から注がれる視線に気づく。
ケーキに夢中なあまり、彼女の存在をすっかり忘れていた。
「本当にケーキ好きなんだね」
既に知られていることだというのに、改めて言われるとどこか気恥ずかしい。
ケーキや甘いものが好きなんて恥じるべきではないと分かっているが、どうにか話題を変えようとしてしまっていた。
「……雅ってケーキ屋の店長と一緒に住んでるの?」
「叔母さん?そうだよ」
「両親は…?」
「よくある話だよ。父親が再婚して、仲悪い訳じゃないけど…なんか気まずいから叔母さんの所に来たの」
知らなかったとはいえ、無神経に土足で踏み込んだ自分が恥ずかしくなる。
「ごめん、無神経だった……」
「王子だったら別にいいし。それよりさ、これ……」
そう言いながら彼女は自身のスマートフォンの画面をなつめに見せて来た。
表示されているのは有名な動画投稿サイト。
誰でも動画を投稿することが出来て、視聴する側も無料で閲覧することができる。
その手軽さから世界中の人が利用しており、誰しもが知っている有名な動画投稿サイトだった。
「これって……」
リアというアカウント名で二つの動画が投稿されていて、一つは以前空き教室でなつめがリクエストした女性シンガーのカバー曲だ。
もう一つは数十年前に流行った有名な洋楽。どちらも有名曲のカバー動画で、再生数もかなり付いていた。
ワイヤレスイヤホンを片方渡されて、言われるままに差し込む。
「再生するよ」
コクリと頷けば、アコースティックギターの音色が耳に届いた。
伴奏が終われば、続いてリアの綺麗な歌声が鼓膜を振るわせる。
心地よいリアの歌声は、やはり何度聴いても飽きない。
聞けば聞くほど虜になって、どんどん欲しくなってしまうのだ。
「王子が言うから…あの後、動画サイトにあげてみた」
再生数はそこそこあって、コメント欄は封鎖されているが高評価ボタンがかなり押されている。
投稿日は数日前なため、それにしては反応は良い方だろう。
間違いなく、多くの人がリアの歌声に惹かれているのだ。
「すごい…やっぱり雅の歌声、みんな好きなんだよ」
届いてくる歌声はかなり音質が良く、雑音などのノイズは全く入っていない。
編集も凝っており、とても素人とは思えなかった。
「なんか編集上手くない?」
「まあ、昔ちょっとやってたし」
「なんでやめたの?」
「色々あって」
「…じゃあ、何でもう一度始めようと思ったの」
返事の代わりに返ってきたのは、おでこへの疎い痛みだった。
デコピンされた額を抑えながら、文句の言葉を口にする。
「いった、何すんの!」
「うっさい、鈍感王子」
モンブランのてっぺんに位置するマロンを器用にフォークで刺してから、なつめの口元まで持ってこられる。
訳がわからぬまま、どうするべきか戸惑ってしまう。
「あげる」
「でもモンブランのマロンとかメインなのに…」
「ほら、あーん」
口を開けば、そっと甘く加工がされたマロンを食べさせられる。
その美味しさに顔を綻ばせながら、何故くれたのだろうかと疑問に思う。
シュガーで味つけられたマロンは甘さたっぷりで美味しくて。
どうしてマロンをもらったなつめよりも、リアの方が余程嬉しそうな表情をしているのだろうか。
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