第12話


 ホームルームを終えて放課後を迎えるのと同時に、急いで教室を飛び出して何とかファッションデザイン科の先輩を巻いていた。


 あの積極性であれば放課後までやってくるのは目に見えているため、その前に逃げてしまおうと思ったのだ。


 「……はあ」


 下駄箱からローファーを取り出しながら、ため息が零れ落ちる。


 デザイン科の生徒は派手なため、噂では他校に彼氏がいる生徒も多いらしい。


 なつめに対して遠慮なく声を掛けてくるのも、王子様扱いしていないからだろう。

 自分にとっての本物の王子様が既にいるから、ハリボテの王子に目が眩んだりしないのだ。


 普段校舎が別なため忘れがちだが、なつめを王子様扱いしているのは普通科と料理科の生徒だけなのだ。


 「あ、あの!」


 背後から声を掛けられて、恐る恐る振り返る。  

 可愛らしい声の持ち主は、なつめより恐らく15センチは背が低い。

 

 目線を下げれば、愛くるしい黒目がちな瞳と視線が交わった。


 緑色のリボンタイをしているため間違いなく上級生で、おそらく彼女もファッション科の先輩だろう。


 「春吹なつめちゃんだよね?」

 「あ、はい……」


 言葉を詰まらせてしまったのは、王子と呼ばれないことに驚いてしまったからだ。


 この学園でなつめのことを王子と呼ばないのは教師くらいで、時折名前を覚えられているのか不安になるほど。


 「お願いがあって…夏休み前に開催されるコンテストのモデルになって欲しいの。私のモデルになってください」


 もはや聞き慣れてしまったお願いに、どう返事をするべきか悩んでしまう。


 「春吹ちゃんに私が作ったドレス着てもらいたいの」

 「……ドレス?」

 「これ……」


 渡されたスケッチブックをパラパラと捲れば、沢山のドレスのデザインが描かれている。


 女性物の服が大半を締めており、ドレス以外にも普段着として着られるワンピースやスカートのデザインもあった。


 勿論メンズ服やタキシードも細かくデザインされていて、彼女の多彩さが十分に伝わってくる。


 「ドレスって…タキシードの間違いじゃなくて…?」

 「どうして女の子の春吹ちゃんが…?」


 もしかしたら、彼女は噂を知らないのかもしれない。

 棟が違うため、なつめが王子と呼ばれている噂が伝わっていないのではないだろうか。


 「私が何て呼ばれてるか知らないんですか?」

 「王子でしょ?けど春吹ちゃん小顔でスラッとしてるから、ドレスとか似合うだろうなってずっと思ってた。私が作った服を綺麗に着こなしてくれるだろうなって」

 「……すみません、ドレスは着ません」


 そんな姿で大勢の生徒の前を歩けるわけがない。

 可愛らしくドレスで着飾った王子様なんて、皆の理想を壊してしまう。


 散々積み上げて来たものを一瞬で壊すような行為を、なつめが出来るはずなかった。


 「けど…先輩のモデルはやります。先輩が作った服なら着たいです」

 「ほんとう!?」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべる彼女は、笑うとえくぼが出来て可愛らしかった。


 小柄で加護欲をそそられる黒目がちな瞳は、共学だったらさぞモテたのだろう。


 「よかった…他の子も春吹ちゃんに声掛けるって言ってたから、殆ど諦めてたの」


 この人はきっと好きでたまらないのだ。

 服を作るのが楽しくて、楽しくて堪らない。


 だからこそこんなにも沢山の服をデザインして、使用する生地や着心地なども細かく考えている。


 そんな彼女が作る服であれば、着てみたいと思ったのだ。


 「私ね、五十嵐いがらし眞帆まほっていうの」

 「よろしくお願いします」

 「こちらこそ。最初にサイズ測らせてもらえれば、6月の半ばくらいまでは週に一度調整に付き合ってもらうことになるんだけど…」

 「平気ですよ。けど、着る服は男性っぽいデザインでお願いします」

 「ドレス、嫌い…?」

 「そうじゃなくて…」


 思考を張り巡らせながら返事を選んでいれば、眞帆は察したように言葉を繋いでくれた。


 「じゃあ、中性的な服は?女の子でも男の子でも、どっちが着ても魅力的に見えちゃう服」


 3年生の晴れ舞台。本来であれば自分が理想とするデザインの服を目一杯作りたいだろうに、ちゃんとなつめの意見も取り入れてくる。


 こんな人が作った服は、きっとみんなに好かれるだろう。


 彼女の洋服が好きだという思いを伝える役割を、微力ながらでも支えられるのであれば手を貸したいと思ってしまったのだ。

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