第10話


 クラス全員分のノートを一度に運べばかなりの重量で、これでは肩が凝ってしまうだろう。


 頼まれて引き受けたは良いものの、なつめは運動神経は悪くないが握力はそこまで無いのだ。


 肩をトントンと叩きながら空き教室の扉を開けば、やはりそこには雅リアの姿があった。


 友達も沢山いるというのに、どうしてわざわざここに来るのかは結局謎のままだ。


 真剣な表情でジッとスマートフォンの画面を見つめており、なつめが来たことも気づいていないようだった。


 「……可愛い」


 もしかしたら片想いの相手の画像でも見ているのだろうか。

 散々振り回されたのだから、盗み見たとしても文句は言われないだろう。


 忍足で側まで近づいて、背後からこっそりと画面を覗き込んだ。


 「は…?」

 「あ…やば」


 低い声を漏らせば、リアが慌てたようにスマートフォンを両手で包込む。


 彼女が熱心に見つめていたのは、中学時代のなつめの写真。

 恐らく試合会場で盗撮した、ロングヘアでジャージ姿のなつめだった。


 「何してんの」

 「やっぱ可愛いなって」

 「だからそれ消してってば!」

 「やだよ、勿体ない」


 込み上げる怒りを抑え込んで、これもチャンスだと彼女に向き直る。


 今ここで写真を消してしまえば弱みはなくなるのだから、これから先雅リアに脅されることもなくなるのだ。


 「スマホこっちに貸して!」

 「嫌って言ってんじゃん」

 「背伸びしないでよ、ずるい…!」


 一生懸命背伸びをするが、リアの方が背が高いため届かない。

 それでも必死に手を伸ばせば、無理な体制を取ったせいでバランスを崩して倒れ込んでしまっていた。


 「いった…!」


 倒れる際に巻き込んでしまったらしく、雅リアが痛そうに顔を歪める。


 彼女がクッションになってくれたおかげで、なつめは殆ど痛みがなかった。


 すぐ目の前に彼女のスマホがある状態。

 思い切り手を伸ばして、スマートフォンを奪おうとした時だった。


 突然空き教室の扉が開いて、リアと共に入り口に視線を向ける。


 「ここでいいんだっけ?」

 「みたいだよ。空き教室とか初めて来…た……お、王子!?」


 余程驚いたのか、女子生徒2人組は持っていた画材を全て落としてしまっていた。


 確か隣のクラスで、一人は昨年なつめと同じクラスだったため見覚えがある。


 スケッチブックやキャンバスが床に散らばっているため、美術部の生徒で間違いないだろう。


 「お、お邪魔しました!」


 ガラガラと扉が閉められて、足早に彼女たちはその場を去ってしまう。


 なぜあんなに焦っているのか。

 わけが分からずぽかんとしていれば、自分の真下にいるピンク髪の存在を思い出した。


 「待って、ちが…って離してよ!」

 「やだ」

 「早く誤解とかないと!」


 急いで起きあがろうとすれば、背中に腕を回されて立ち上がれなくなってしまう。


 服の上から指で腕をつねってやれば、オーバーリアクションでリアが声を荒げた。


 「痛ぁっなにすんの!」

 「あんたのせいでしょ!」

 「だからってつねるとか…追って誤解とかなくていいの?」

 「……絶対いつか写真消させるから、覚えときなさいよ」


 なつめの捨て台詞を相変わらずヘラヘラと聞き流して、リアは再びスマートフォンを弄りだしてしまう。


 本当は今すぐにでも消してやりたいところだが、今はそれ以上にやるべきことがある。


 その後必死に女子生徒2人組を探してから、誤解を解くために20分にも渡って弁明するはめになった。


 かなりの時間を要したせいで、お昼ご飯も食べれずじまい。


 これも全て雅リアのせい。

 必死に空腹に耐えながら、やっぱりあいつだけは好きにならないと心の中で誓っていた。

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