第8話


 相変わらずガヤガヤと賑やかな教室で一人、なつめはこっそりと自身の鞄の中を覗き込んでいた。

 休日に妹と出かけた際に購入したキーホルダーを、鞄の内ポケットに付けているのだ。


 教科書を取り出すついでに、キーホルダーを外してから制服のポケットに仕舞い込む。


 あまりの愛くるしさに、こまめに見られるように忍び込ませたのだ。


 「王子おはよ」


 驚いて顔をあげれば、眠たげに瞼を擦る雅リアの姿があった。

 まさか教室でも声を掛けてくるとは思わなかった。


 学園の王子と破天荒なピンク髪の美人転校生。

 一見何の接点もない二人の絡みに、当然辺りがザワザワとどよめき出す。


 「え、無視?」

 「お、おはよう…」

 「なんで驚いてんの」


 相変わらず派手なピンク髪をしている彼女は、コンビニ袋から紙パックのアップルティーを取り出しつつ、何故かなつめの前の席に座ってしまう。


 「王子、土日は何してたん」

 「妹と遊びに行ってた」

 「妹いるんだ。何歳?」

 「3個下で今中学2年生」

 「似てる?」

 「どうだろう…系統は違うかな」

 「まあ王子の妹なら絶対可愛いか」


 咄嗟に嫌な考えが過ぎって、思わず眉間に皺を寄せる。


 サラサラのロングヘアに、モデルというだけあって整った容姿。

 可愛らしい女の子が好きな彼女が妹に手を出しやしないかと警戒してしまうのだ。


 グッと顔を近づけて、雅リアにしか聞こえないくらいのボリュームで低い声を漏らす。

 

 「妹に手出すつもり?」

 「嫉妬?」

 「別にシスコンじゃない。ただ、姉として…」

 「じゃなくて、私が王子じゃなくて妹に手出したら寂しいのかなって」

 「は……?」


 まるでなつめが彼女に好意を寄せているかのような物言いに、信じられない思いで彼女を睨み付ける。


 何だこの勘違い女は、と教室じゃなければ大声で否定していた。


 「あんたにだけは会わせないから」

 「別に取って食ったりしないよ?」

 「信用ない」

 「ひっど」


 かなり失礼な物言いをしても、相変わらず雅リアは傷ついた様子もなくヘラヘラしていた。


 彼女の相手をするのも中々に大変だけど、必死に王子様ぶらなくて良いのは心理的に楽だった。






 一歩空き教室に足を踏み入れれば、なつめは王子という役割から解放される。


 ポケットに忍ばせていた買ったばかりのキーホルダーと、五十鈴南プロデュースのリップを取り出していた。


 可愛らしいピンク味の強い赤色。

 塗りたい所だが、王子様が化粧なんて出来るはずがない。

 ティントなため、いま軽く塗って落としたとしても色が唇に残ってしまうのだ。


 「付けたいな…」


 昨日、一度試し塗りをしてみたが、パキッとした色味はかなり濃い。

 間違いなく教師陣に怒られる色味で、そもそも優等生のなつめが校則を破れるはずもなかった。


 それでも可愛らしいパッケージをジッと見つめていれば、ガラリと扉を開く。


 見ずともそれが誰か分かって、慌ててリップとキーホルダーをポケットに仕舞った。


 「いま何しまったの?」

 「鼻噛んだティッシュ」

 「ちゃんとゴミ箱入れなよ」


 咄嗟の言い訳にしては品がなかったかもしれない。

 雅リアに正論を言われてどこか複雑だが、使いもしない化粧品を眺めていたとバレるくらいならマシだろう。


 「王子に挨拶しただけでさ、めっちゃ皆んなから質問攻めよ?どう言う関係、なんで仲良いのって。本当に王子って皆んなの憧れなんだね」

 「……分かったでしょ。もうここまで来たから、今更お姫様なんて言えないの…あの子たちの憧れを壊したくない」


 牽制するつもりで睨みつければ、雅リアは気にしていない様子で食べかけのパンをこちらの口元に持ってきた。


 「なに」

 「いいから」


 恐る恐る口を開いて一口頬張ってみれば、途端に甘いクリームと甘酸っぱいブルーベリージャムが口内に広がる。


 モグモグと頬張りながら、あまりの美味しさに凝視してしまう。


 「余った生クリーム、パンに入れたやつ。ブルーブリージャムもいれてる」

 「美味しい…パンも高いやつじゃないの?これ売れるよ」

 「それ4つで100円のパン。意外と庶民的だね、王子なのに」

 「なんか腹立つ…」


 腹は立つが食欲には抗えない。

 食べていいよと言われるままに、結局渡された分は全て食べ終えてしまっていた。


 「美味しい…」

 「そのリップ何色?」

 「一応赤なんだけど、マットじゃないから使いやすい…って、見てたんじゃん!」


 おかしそうに、ケラケラとリアが笑い出す。

 

 「ポッケ入れちゃうくらい気に入ってんだ。なんか子供みたいで可愛い」


 本当に彼女には全てお見通しで、それがどこか悔しかったはずなのに。

 

 可愛いと言いながら笑う雅リアは、決して馬鹿にしている訳ではないと表情を見れば分かるのだ。


 根から嫌な奴ならそれ相応の態度を取れるが、リアに対してどんな態度でいれば良いのか時折分からなくなってしまうのだ。

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