第7話


 なつめと京の春吹姉妹はどちらも身長を165センチ超えているため、二人でいるとかなり目立つ。


 おまけにモデルの妹はマスクと帽子がなければ出歩けないため、余計に人の目を引いてしまうのだ。


 休日で人がごった返した道を、妹と共に歩く。

 久しぶりの姉妹でのお出かけに胸を弾ませながら、声を潜めて話しかけた。


 「初日の抽選当たるとかラッキーだよね」

 「お姉ちゃん…私のコネ使えばいつでも来れるって言ったじゃん」

 「自分で当てたいの」


 妹は納得行っていない様子だが、わざわざ休日について来てくれるのだから本当に優しい子だ。


 今日は憧れている女優がプロデュースするコスメのポップアップストア初日。


 入場するためには抽選で、期間限定ストアということもあって絶対に足を運びたかったのだ。


 「本当、五十鈴いすずみなみさん好きだよね」

 「可愛いじゃん。声も綺麗だし演技も上手」

 「お姉ちゃんがファンって伝えたら喜んでたよ」

 「言っちゃったの…?」

 「だめだった…?前事務所で会った時に…」

 「なんか、それってズルくない…?」


 五十鈴南は妹が所属する芸能事務所の先輩であり、元アイドル。


 かつて大人気グループのセンターを務め、引退後は元子役としての演技力が認められて、女優として華々しいキャリアを積んでいる。


 おまけに可愛らしく愛らしいルックスをしているため、老若男女問わず慕われているのだ。


 「それくらいズルにならないって。オタクめんどくさい。あ、呼ばれてるじゃん行くよ」


 手を引かれるままに、恐る恐る店内に足を踏み入れる。

 五十鈴南プロデュースのコスメなため、店内には彼女のポスターが至る所に貼られているのだ。


 その可愛さにこっそりと癒されつつ、渡されたカゴにどんどん商品を入れていく。


 「ねえ京、アイシャドウとリップどっちも買ったらアホかな?流石に買いすぎ?」

 「たまにはいいんじゃないの?」

 「全色は…?」

 「え…それは流石にやめとこう」

  

 買いすぎだと注意を受けて、渋々商品を幾つか棚に戻す。

 

 憧れの女性に近づきたくて、愛用しているものやプロデュース品はなるべく集めたくなってしまうのがオタクの性だ。


 「…南さんってお姉ちゃんの憧れの人だよね」

 「そうだよ」

 「それって南さんみたいに…可愛らしい女の人になりたいってことじゃないの?」

 

 全てを見抜いているような視線から逃れるように、五十鈴南のポスターに目線を移す。


 可愛らしく微笑む彼女からも、何かを訴えかけられているように感じるのは、なつめ自身に後ろめたさがあるからだ。


 「…それとこれとは別。尊敬とかそういう意味の方が近いし」

 「じゃあどうして私の髪いじりたがるの」


 妹の鋭さにそれ以上言い訳が思い浮かばなかった。


 頭をぽんぽんとしてやるが、当然それで納得するほど子供ではない。


 「誤魔化さないでよ」

 「京は優しいね」

 「もう髪の毛触らせてあげないから……何があったか知らないけど…我慢ばっかりするのやめなって」


 拗ねたようにそっぽを向かれてしまい、中途半端に上げた手が宙ぶらりんになってしまう。


 妹にはあの出来事は黙っているというのに、やはり何かを感じ取って、姉の本心に薄々気付いている。


 姉妹というのは、本当に隠し事は出来ないものだ。




 キュルキュルとした黒目がちな瞳をした、可愛らしいキャラクターのぬいぐるみがひしめく空間。

 

 店内は女性客ばかりで、皆が幸せそうなオーラを振り撒いてくる。


 そこまで興味はなくとも、いざ目の前にすると骨抜きにされてしまうのだからキャラクターの力は偉大だ。


 憧れの女優、五十鈴南プロデュースのコスメストアを出た後、キャラクターグッズを取り扱うお店へやって来ていた。


 迷わずに「にゃんぴょん」というキャラクターコーナーへ妹と共に向かう。


 「新作出てるじゃん」

 「ね、これ買うよ。鞄の内ポケットにつける」


 子供にも広く愛されているキャラクターで、なつめも幼少期よりずっとにゃんぴょんが好きなのだ。


 可愛らしくこてんと首を傾げたにゃんぴょん柄のハンカチとストラップを二つ購入する。


 「見えるところに付けたらいいのに」

 「私学校だと、クールって思われてて、こういうグッズとか付けないキャラなの。付けて色々言われるのもめんどくさいし」


 それを聞いても、京は納得がいかない様子だった。

 とても姉想いな妹だからこそ、色々我慢しているのが分かっているのだ。


 「お姉ちゃんに何があったかよく知らないけど…そのままのお姉ちゃんで良いって言う人絶対沢山いる。だから…他のやつに何言われようと、そのままのお姉ちゃんでいればいいじゃん」


 至極当然な正論は、なつめの心の前で足踏みをしてしまう。


 何も間違ったことはいっていないと、受け止められる素直さを失ったのはいつからだろう。


 「うん…けどまだ、怖いや」


 引き攣った笑みを浮かべる姉を見て、京が「ごめん」と呟く。

 申し訳なさそうな顔をする妹の姿を見たくなくて、喜んでもらいたい一心から向かいにあるスイーツ店を指さした。


 「帰り、パフェ食べて帰ろうか」

 「食べる!」


 パッと妹の顔が明るくなってホッとする。

 散々気遣ってもらった挙句、あんな顔をさせるなんて姉失格だ。

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