第6話
何か嫌な事があった時、近所のケーキ屋で甘いものを買って帰るようにしていたが、生憎あの店にはあの子がいる。
他にストレス発散方法も思い浮かばず、込み上げてくる怒りを解消出来ずに帰り道を歩いていた。
一体何なのだあの子は。
人の弱みにつけ込んで、それをダシに交換条件を出してくるなんて信じられない。
家までの帰り道にケーキ屋はあるため、必然的に店の前を通り掛かる。
外看板には「本日のおすすめ!紅茶のシフォンケーキ」と描かれていて、それがなつめの食欲をそそった。
シフォンケーキは今までプレーンしか取り扱いがなかったため、新商品だろう。
「……あ」
店内を除けば、カウンター内には誰もいない。
さっさと帰ってきたため、雅リアも帰宅していないようだった。
今ならチャンスだろうかと不審者のように店前でウロウロしていれば、背後から声を掛けられて肩を跳ねさせる。
「入らないの?」
手には箒とちりとりを持った、ここの店主である女性。
外観の掃き掃除をしていた彼女こそ、雅リアの叔母だ。
いつもニコニコと優しく穏やかな彼女と、雅リアが血縁関係にあたるだなんて信じられない。
「いつも買いに来てくれるよね?その制服…」
「…どうも」
「最近姪っ子が同じ高校に転校したの。リボンの色も同じだから同級生だと思う」
引き攣った笑みをかろうじて浮かべられるのは、普段散々美味しいケーキを食べさせてもらっているから。
その姪っ子に今日脅迫されて、渋々条件を飲んだという事実はグッと心の中に留めていた。
「すごく優しくて繊細で良い子だから…周りに馴染めているか心配で…」
「は…?」
優しい。繊細。良い子。
一体彼女がどこに当てはまるというのか。
校則違反であるピンク髪で転校初日から登校するような彼女は、どちらかと言えば鋼のメンタルの持ち主だろう。
喉元まで言葉が出掛かったが、それをぶちまけてしまう程子供ではない。
「…転校初日から友達も出来てるし、問題ないと思います」
「え…リアのこと知ってるの?」
コクリと首を縦に振れば、女性の顔がみるみるうちに嬉しそうに綻び始める。
無邪気に喜びを表現する素直さも、雅リアとは大違いだった。
「よかった…そうだ、ケーキ買いに来たのよね?あの子の友達ならどれでも好きなのをプレゼントするよ」
「大丈夫です…ダイエット中だから」
「そんなに細いのに…?」
やんわりと彼女の言葉を否定してから、後ろ髪を引かれつつ店を後にする。
結局新発売の紅茶シフォンケーキも、好物のブルーベリータルトも買えずじまいだ。
あんなに優しい叔母がいて、どうして姪っ子はあんなにも捻くれているのか。
同じ血が通っているとはとても思えず、雅リアの顔を思い出すだけでまた怒りが再熱してしまいそうだった。
誰も立ち入らない空き教室はなつめにとって秘密基地のような場所。
ここでだけは、王子という役目を気にせずに済む。
ほっと息をつける唯一の昼休み時間だと言うのに、なぜかなつめの秘密基地には彼女の姿があった。
眉間に皺を寄せながら、ぎろりと雅リアを睨み付ける。
「何してるの」
「別にいいじゃん」
「友達他にいるんだから、その子達と食べないの?」
答えたくないのか、返事がない。
彼女は自分が答えたくないと思った質問にはまるで聞こえていないかのように無視をしてしまうのだ。
しかし昨日散々彼女に対する怒りを込み上げさせたせいで、怒るのも疲れてしまった。
気にしていないように振る舞いながら、母親が作ってくれたお弁当箱を開いた。
「美味しそう」
「母親が作ったから。雅のも美味しそう」
「私も叔母さんが作ってくれた」
「料理上手なんだ」
「そう、やっぱ一番美味しいのはケーキなんだけどね」
好きな時にいつでもプロの味を堪能できるなんて羨ましい。
リズム良く会話を交わしながら、すっかり彼女のペースに呑まれていたことに気づいた。
昨日脅された相手と、なぜ当たり前のようにお喋りをしながらお弁当を食べているのだろうか。
「…もうここに誰か連れ込まないでよ。私の隠れ場所なの」
「王子ってマジで友達いないんだね」
「…っ関係ないでしょ」
「恋愛対象は?女の子?男の子?」
「雅は?」
「女の子。けどここに通ってる子はさ、特殊な環境で一時的に勘違いしてる子の方が多いよね」
それは入学して常々感じていたことだった。
異性がいないから、同性を変わりにしている。
なつめを王子と崇拝するのも、一番手軽に疑似恋愛気分を味わえる方法だったからだ。
卒業して、いざ異性のいる環境に戻ればまた異性愛者に戻るのだろう。
「私も答えたんだから王子も答えてよ」
「……女の子」
「やっぱりか。まあ女子校でモテるなら王子みたいな格好するのが正解だよね。ここに女の子連れ込んでんの?」
「は、はあ!?」
丁度卵焼きを飲み込む所だったため、驚いた衝撃でむせそうになってしまう。
慌てて水を飲み込んで、息が落ち着いてから雅リアに噛み付いた。
「何言ってんの…変なこと言わないでよ」
「連れ込んでないの!?あんなにモテてるのに」
「モテてない。みんな遠巻きに見てくるばかりで話しかけてくる子の方がレア」
予想外の返事だったらしく、驚いたように目をパチクリさせていた。
ずっと人をおちょくるような態度ばかり見ていたため、その様がどこか新鮮だった。
「じゃああんまり経験ないんだ」
あんまりどころか一度もないなんて、正直に告げれば更に彼女を驚かせるのだろう。
しかし、それを雅リアに言う必要もない。
全力で揶揄って、それをネタに更におちょくってくる未来が目に見えていた。
「…雅には教えたくない」
「言いふらさないし。まあ、王子の過去の相手とかここの生徒全員から火炙りにされそうだよね」
昨日脅しあって交換条件を呑んだ相手にも関わらず、気づけばペースに乗せられてテンポ良く会話をしている。
改めて、雅リアのコミュニケーション能力の高さに驚かされる。
転校初日でクラスの人気者に上り詰めるだけあって、とても話しやすいのだ。
コロコロと表情が変わって、次から次に言葉が出て、返事も単調じゃないため話していて飽きない。
だからこそ、そんな雅リアがなぜ自分とお昼を食べたがるのかちっとも分からなかった。
友達は沢山いるというのに、何故可愛げのないなつめの元へやって来たのか。
「実は結構初心だったりして」
「そんなわけないじゃん…」
「今声うわずってたよ」
「うわずってない」
「可愛い〜」
やはり17歳ともなれば、そういう経験があってもおかしくないのだ。
雅リアが昨日この場所で何をしようとしていたのか思い出して、頬を赤らめそうになる。
友達も恋人もいないなつめが、世間的に見てどれだけ寂しい青春を送っているのか改めて認識させられていた。
「明日もここに来ていい?」
「……好きにすれば」
壁時計の秒針だけが鳴り響いてた室内が、突如として騒がしくなった。
入学して初めて誰かと一緒にお昼を食べたが、こんなに賑やかな休み時間は初めてで。
もう桜は全て散ってしまった春の終わりに舞い込んだ、ピンク髪の彼女が遅咲きの桜のように思えた。
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