第4話


 頻繁に利用する体育館や更衣室。他にも分かりにくい場所にある美術室を案内する。


 校舎をぐるっと囲むようにグラウンドは位置しているため、そこは説明せずとも既に知っているようだった。


 放課後で人気のない廊下を歩きながら、夕日に照らされたピンク色の髪に視線をやる。


 綺麗なEラインにスッとした鼻筋。

 どこから見ても隙のない美人は、ピンク色の髪も違和感がなく馴染んでしまう。


 「これくらいで良いかな…友達とカラオケ行かなくて良かったの?」

 「別にまた今度行けば良いし…それに」


 それ以上彼女の口から言葉は紡がれず、代わりにジッと視線を注がれていた。


 「なに…?」

 「なんでもない…王子ってスタイル良いけどモデルとかやらないの?」

 「私には無理だよ。雅こそモデル向いてそうなのに」

 「めんどいし」

 「その髪色も…普通に生活するなら目立たない?」


 言わんとしてることを察して、雅リアが纏う空気が変わる。


 彼女がその場に立ち止まったことで、なつめも半歩進んだところで足を止めた。


 「目立っちゃダメなの?」

 「校則違反だから」

 「好きだからやってる。誰に何と言われようとやめる気ないよ」

 「前の学校がどうかは知らないけど、ここは髪の毛染めるの禁止だから」

 「王子も髪明るいじゃん」

 「これは、地毛で…雅も髪色であれこれ言われるの嫌でしょう?」


 なるべく角が立たない言い方をしたつもりだが、リアは納得がいっていない様だった。


 「嫌じゃない。目立つのも別に良いし」

 「そう言う問題じゃないって。その制服を着てる限り、雅は椿野山女子校の生徒なんだから…」

 「真面目。良い子の優等生…で、その顔とスタイルだから王子って呼ばれてるんだ」


 彼女が半歩こちらに近づいたことで、至近距離で見下ろされる。


 気分を害した美人の顔は随分と迫力があった。


 「王子の言い分は分かるよ。けどさ、それって教師が言うことで生徒の王子が言うことじゃないよね」

 「…っそれは」

 「どうせ教師から注意しろとか言われたんでしょ。面倒ごと押し付けられて、クラスメイトからは遠巻きに見られるとか大変そうだね」


 そう言い残して、雅リアはなつめを置いてスタスタと歩いて行ってしまう。


 彼女に返す言葉がなかった。

 正論をぶつけたつもりで、同じように正論を返されれば何も言い返せない。


 どこかフラフラしているように見えて、確信的な所ばかり突いてくる。

 物事の本質を本当の意味で理解出来ているのは、一体どちらなのだろう。





 購入したばかりの春物のワンピースを着込んで、いつも通り前髪をコテでふんわりと巻く。


 唇には先日妹がくれたコーラルピンクのリップを塗って、自分の機嫌を治そうと自宅近くのケーキ屋へ足を進めていた。


 放課後に雅リアと衝突した際に生まれた心のモヤモヤを解消しようと、大好物のケーキを食べようと思ったのだ。


 中年女性が一人で経営しているケーキ屋は、街の商店街でやっていくには勿体無いほどの味。


 特にブルーベリータルトが絶品で、なつめはすっかり虜になっていた。


 学校と自宅が離れているからこそ、素の姿で出歩ける。

 こんな女の子らしい格好、学校の関係者に見られたら一瞬にして王子の称号が剥奪されてしまうだろう。


 特に見られたくないのは雅リアだ。

 つい先ほど衝突したばかりの人気者な彼女に見られてしまえば、間違いなく言いふらされる。


 カランとした鈴の音と共にケーキ屋の扉を開けば、ふんわりと甘いクリームの香りが鼻腔を擽った。


 「いらっしゃいませー…は?」


 レジの前に立っていたのは、ここの店長である中年女性ではなかった。


 一気に冷や汗が込み上げて来て、顔色が悪くなっている自信がある。


 「王子、何してんの…?」


 白いワイシャツに、黒いパンツとブラウンカラーのエプロンを腰に巻いた若い女性は、間違いなく転校生の雅リアだった。


 勢いよく、手の甲でリップを拭う。

 慌てて前髪もいつも通り斜めに流そうとするが、コテで巻いているため上手く流れてくれなかった。


 ぐしゃぐしゃになった前髪で、恐る恐る雅リアを見る。


 よりによって良い印象を抱いていない、おしゃべりそうな転校生に見られるなんて最悪だ。


 「ケーキ買いに来た。雅は…」

 「ここ、うちの叔母ちゃんの店だから。手伝ってるの」

 「そうなんだ…」

 「なんで前髪ぐしゃぐしゃにすんの」 


 手を伸ばされて、優しく前髪を梳いてくれる。

 

 「王子もそんな格好するんだね」


 弾かれるように、彼女から距離を取る。

 口を開くが、上手い言葉も浮かんでこない。


 予想外の出来事にパニックになっていたこともあって、口止めもせずに気づけば店を飛び出していた。


 走ったせいで息を弾ませながら、絶望感に襲われる。

 あんな事があったのだから、雅リアは間違いなくなつめに良い感情を抱いていない。


 良い話のネタが出来たと、言いふらしてしまうのだろうか。


 「どうしよう…」


 もし、言いふらされたら。

 またあの頃みたいな地獄を味わうのだろうかと、想像するだけで涙が込み上げてしまいそうになるのだ。

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