第2話


 母親の実家である2階建ての一軒家は、古い作りではあるが中々に広い。


 2年前から住み始めたなつめと京にそれぞれ一人部屋をくれてしまうほど、部屋が余っていたというのだから驚きだ。


 父親は栃木にて単身赴任中なため、この家では母親となつめ、妹の京。

 そして、母親方の祖父母との5人暮らしだった。


 可愛いものが好きと言っても、自室はあまり女の子らしいわけではない。


 ぬいぐるみやファンシーな置物にはそこまで興味がなく、それよりも化粧品や洋服ばかり集めてしまう。


 そのため、この部屋に高校の知り合いを呼ぶことはまずないだろう。


 見れば驚いて、今まで作り上げた王子のイメージが崩れ去ってしまうだろうが、そもそも家に招くほど親しい友達もいないのだ。


 「お姉ちゃん、入っていい?」


 風呂上がりに髪の毛を乾かしていれば、妹の京がひょこりと部屋に顔を出す。


 ドライヤーを切ってから、彼女の方へ体制を直した。


 「どうしたの?」

 「じゃん、見てこれ」


 そう言って妹が机の上に出したのは、まだ発売されていないコスメのサンプルだった。


 「今日撮影で使って、サンプルだけどあげるって」

 「いいの?」

 「私そんなに興味ないし」

 「ありがとう」


 手の甲に色を出してみれば、夏らしいコーラルピンク。

 可愛らしい色味に思わず顔を綻ばせてしまう。


 「…髪伸ばさないの?」

 「なに急に。短いの似合ってなかった?」

 「そうじゃなくて…」


 何かを言いたげな様子で、妹が口をつぐんでしまう。

 優しい彼女が言わんとしていることを察して、それ以上心配させないようにそっと髪を撫でた。


 「いいの、これで」


 昔から優しくて、察しの良かった妹は気づいているのだ。

 あんなにロングヘアに拘っていた姉が突然ショートヘアにして、何かあったのだと心配している。


 貰ったコスメを仕舞おうとコスメボックスを開けば、今まで集めた化粧品が沢山入っている。


 きっと学校の生徒が見れば、酷く驚くのだろう。

 だからこそ、隠さなければいけない。

 

 学園の王子様が実は可愛いものが好きなんて、誰も望んでいないのだ。





 指定のスクール鞄を机の横に掛けてから、室内がやけにザワザワしていることに気づいた。


 朝のホームルーム前は登校した生徒によって賑わいを見せているが、今日はいつにも増して教室中が浮き足立っているのだ。

 

 「皆んなどうかしたの?」


 一人で朝読書をしていた隣の席の女子生徒に声を掛ければ、驚いたようにビクッと肩を跳ねさせている。


 「きょ、今日転校生が来るんだって」


 目線は合わず、小さい声で返事をされる。

 僅かに頬と耳は赤くなっていて、恐らく彼女もなつめを王子様と崇拝する生徒の一人なのだ。


 決して嫌われてはいないのだろうが、素っ気ない態度に寂しさを覚えてしまう。


 振り返って見れば、窓際の一番後ろの席に新しい机と椅子が置かれていた。

 

 2年生に上がって2週間後という、何とも中途半端な時期の転校生。


 「…どんな子なんだろう」


 スマートフォンを弄って時間を潰していれば、ホームルーム開始と同時に教室の扉が開く。


 女性の担任教師と共にやって来たのは、噂の転校生。


 教室中の好奇心が彼女に向けられているが、ちっとも気にしていない様子で転校生は堂々としていた。


 なつめも彼女をジッと見つめながら、その出立ちに驚いてしまう。


 「…めっちゃピンクじゃん」


 ぽつりと誰かが呟いた言葉は、皆んなの心の声を代弁しているだろう。


 真新しい制服を着込んだ女子生徒は、おそらく学年で一番背が高い。

 すらっとした手足はまるでモデルのようで、170センチは超えているかもしれない。 


 おまけに顔立ちがはっきりしていてかなりの美人だ。


 そして何より、腰まであるロングヘア。

 綺麗にコテでウェーブ巻きにされているロングヘアは、間違いなく地毛ではないピンク色だったのだ。


 「じゃあ、挨拶して」

 「みやびリアです。中学までテニスやってて…あと何言えばいいんすか?」

 「じゃあ、どこから来たとか…」

 「栃木。けど生まれはここで、住んでたのは3年くらい」


 栃木というワードに、一番前に座っていた女子生徒が反応する。

 

 「あれ、王子もたしか中学は栃木じゃ…」

 「王子?」

 「あ…廊下側の方に座ってるショートカットの…」


 女子生徒の言葉に釣られて、転校生がこちらを見やる。

 長いまつ毛はぱっちりとカールされていて、二重幅もくっきりとしているためとても目力がある。


 一瞬、彼女と視線が合う。

 すぐに逸らされると思ったのに、転校生である雅リアは数秒ほどこちらを凝視していた。


 「じゃあ、雅は一番後ろの空いてる席に座って」


 案内されるのと同時に、ようやくリアが視線を逸らす。

 何かを確かめるように、雅リアはなつめを観察しているように見えた。

 

 会ったのは今日が初めての初対面なはずなのに、どこか引っ掛かる。言いようのない違和感を覚えてしまうのだ。

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